tokyo_mirage

東京在住・在勤、40代、男。
孤独に慣れ、馴れ、熟れながらも、まあまあ人生を楽しむの記。

無題の旅~水戸・日立 1日目

2012-11-03 23:00:00 | 旅と散歩と山登り
8:00 上野駅。スーパーひたち7号。昨日の午後、土日はどこか近郊へ1泊旅行に行こうと思い立った。伊豆半島で海と天城山、山梨の温泉、三浦半島からフェリーで房総半島へ…いろいろなプランが思い浮かんだけど、なんとなく「茨城の北の方」はどうだろう、と思った。思い浮かんだ中ではいちばん「観光地っぽくない」。それが、秋も深まってきたこのどこかうら寂しい季節に合うような気がした。小さめのショルダーバッグひとつ肩に懸けての身軽な旅立ち。


車窓に筑波山。最初の停車駅の松戸までは随分押さえ気味のスピードだったが、このあたりはさすがに飛ばしている。このE657系という車種は今年走り始めた最新型で、走行音がとても静か。窓は区切りのない前後2席分の大きさで、見晴らしがよい。


9:18 水戸着。ホームに降り立つと結構寒い。もう少し着込んできてもよかったか。歩いていて暑くなって上着が邪魔になるのが嫌だったんだけど。まずは…駅ビルのマクドナルドでマフィン2つの朝食。新聞読みながら。旅先なのに日常っぽい。


10:05 駅の北口に出る。水戸黄門と助さん・格さん像。ドラマの「水戸黄門」は見たこともないし、思い入れもないのに、我ながら無感動に、水戸に来たというアリバイ的に撮っている。こうやって3人で歩いてるのって、史実に即してるのか?史実よりテレビドラマのイメージの方が優先されていいのか?ここは駅ビルの陰となっており、風も吹きさらしで寒いので、早々に歩き出す。


かつては城があった高台を上っていく。掘割のようなところを水郡線が通っているので覗き込んでみると、線路を跨ぐ道路の橋桁の中央に聖書の「札」が。「キリストの血は罪を清める」「死後さばきにあう」。10歳の時神奈川から埼玉に越してきたが、そこで驚いたことの一つが、町中の塀のあちこちにこれと同じ札が貼ってあったこと。書かれた言葉自体もさることながら、「黒地に黄色い字」(ここは白字だけど)という色調のおどろおどろしさで、とても薄気味悪く思ったのをおぼえている。最近は見かけなくなったが。それにしても橋桁のこんな場所に、自殺志願者へ向けてのメッセージなんだろうか。


高台を上りきったところにある水戸第三高校。自分の出身高校は田んぼの中にできた開設10年程度の「成り上がり」進学校で、入試で県内トップ高を落ちた、屈折した奴ばかり集まっていた。地方の中心都市によくある(そして大概はここと同じく城跡にある)「歴史ある名門校」へのコンプレックスが、僕にはある。さらに歩くと国立大学の附属小学校もあって、これもまた「名門」感を出しているけれど、校門に「いつも元気に附属っ子!」という垂れ幕が懸かっていて、「附属っ子」というおまけみたいな呼び方はどうなの?と思う。


10:30 藩校「弘道館」。震災で壊れた建物を修復しており、室内に入れないためか、入園は無料だった。


かつての藩校から現代の小・中・高校まで、とにかく学校ばかり集まっている高台を越えると、川が見えたので、橋まで下りてみる。那珂川。空も水もいいブルーをしている。


写真を撮ってくれと言わんばかりのフォトジェニックなフォルムの建物が。昭和7年にできた配水塔。先の震災でも被害はなかったそう。


このタワーを目指そうと思う。水戸芸術館。それにしても、このあたりが役所関係の施設ばかり建ち並んでいるせいだとも思うが、人通りがまったくない。空気も冷たく乾燥しているので、なんだか正月の町のようだと思う。


11:28 タワーの下の券売機でチケットを買うと、そばで2人の女性係員がサササ…と持ち場につくのが横目に見え、1人にチケットを切ってもらい、もう1人がドアのボタンを押さえているエレベーターに乗り込む。高さ85mの展望台までをゆっくりと昇っていくエレベーターの中で、係員が案内をしてくれるけれど、2人きりでなんか気まずい。着いた展望台も自分1人きりだった。それにしてもこの「閉塞感」。周囲に高層ビルの見当たらない街、360°の開放的な眺望を楽しめるかと思ったのに、小さな丸窓に顔を押し込んで覗き込まないと外が見えない。「芸術館」だけに、この高さからの単純な見晴らしより、「小窓で敢えて区切った視界」に“芸術性”を見出そうとしたのか。なんとも余計なお世話だ。しかも、弘道館や筑波山など、見たいと思う目標物の方向にちょうど隅柱が通っていて、絶妙に邪魔をしてくれる。


南側、千波湖方面を望む、いや、覗き込む。すぐ下に京成百貨店が見えて、「京成のデパート」というもの自体あまり聞かないけれど、水戸も京成の文化圏に入るのか、と思う。意外と新しくて小奇麗なビルだ。見ている間におじいさんが1人上がってきて、さらに親子連れが上がってきたところで、入れ替わりでエレベーターに乗って下りる。展望台のあの窮屈さのことを思うと、開業時は相当な順番待ちになったんだろうなと思う。今はすごく穏やかな時間が流れているけれど。


タワーを下りた後、現代美術ギャラリーの『3・11とアーティスト:進行形の記録』展を見た。被災地でのヘドロ除去のボランティア活動の記録(「ツアーのしおり」を作っている。現場で土嚢を美しく積み上げて、目元を隠して=匿名にこだわって記念撮影をしている。行った先で貰ったワニの剥製などを、それにまつわるエピソードとともに展示している)や、震災で壊れた食器などの日用品を、会場でアーティスト自らが実演修復しているのなども面白かったが、それを「アート」と呼べるのかどうかはわからない。その点、被災者らと一緒にペンライトで空中に絵を描き、それをデジカメの長時間露出で撮影するというアニメーションは、人々が夢を持って参加できるところ、そうしてひとつの「作品」が形作られるところなど、アートがアートとして成り立ったままうまく機能した例ではないかと思った。
13:09 室内空間にずっといたため、外の陽光が眩しい。芝生を赤ちゃんが駆けている。


京成百貨店の横を抜けるとすぐに住宅地になり、路地を入るとその先に谷戸へ下りていく階段が。水戸の市街地は思ったより起伏の変化に富んでいて楽しい。のっぺりと平坦に広がった町、整然と区画された町、用途が画一的な町というのはつまらない。デパートのある繁華街からわずか2~3分歩くだけでこの変化。


13:34 常盤神社。七五三のシーズンで着飾った子どもたちがいる。お参りする。このところどの神社や寺に行っても祈ることは一つ…「良縁」。



神社に隣接する偕楽園へ。よく整備された庭園ではあるけれど、梅の季節でないとどこが見どころになるんだろう…と、漫然と中に進んでいく。


道は崖に通じ、そこを下りていくと、木立の暗闇に白く浮かび上がる岩が。吐玉泉。県内の山から採掘した大理石に管を通して水を湧き出させているという。開園当初からあり、今のは4代目だというが、人工構造物のようで、どこか周囲の環境と不似合いな感じが否めない。


再び崖を上がる。千波湖が見渡せる。すぐ下を常磐線が走っている。


14:15 千波湖畔へ。黒鳥が珍しくてシャッターを切る。黒鳥も白鳥もいる湖だが、どちらも最初はよそから連れてこられたつがいの2羽が始まりで、それが今のように増えたのだという。


この湖の眺めが気持ちいいのはなぜだろう…?と思って気がついた。水際に柵がないのだ。転落事故を過剰に警戒すれば全周にびっしりと野暮な柵を張り巡らせているところだろうけど、敢えてそうしないのは英断だと思う。


湖の向こうに水戸中心街のビル群。こんなに開放的な空間を市街地の間近に擁する町とは、なんとも贅沢。この公園一帯は、「中心市街地に位置する都市公園としては、ニューヨークのセントラルパークに次ぐ世界第2位の広さ」なのだそう。やはり特別な存在なのだ。東京にもこういう空間があるといいのにな。超高層ビルばかり建てた後は、その分空いた地面を開放して欲しいものだ。


14:54 水戸駅前。納豆の記念碑。まさかこのモチーフで像を建てようと思うとはな…と失笑をおぼえつつも、カメラを向けている時点で、この像を建てた人の思惑にはまってしまっているんだろうな。どうせなら水戸芸術館のタワーもこのデザインで建てればよかったんじゃない?「糸を引く豆」を藁から空中に飛び出させて、宙吊りのゴンドラにするとか。楽しそう。駅を出てから駅に戻ってくるまで、歩いたのはおよそ9km。


水戸から30分揺られた常磐線。全車両ロングシートで嫌になる。JR東日本は地方にどんどんロングシート車両を蔓延らせていて、旅情が損なわれること甚だしい。いや、別に旅人ではない日常の利用客だって、座席数は減るわ、「集団お見合い」状態で視界もよくないわ、風がスースー通り抜けるわで、ロングシートでいいことなど一つもないだろう。ロングシートというのは、慢性的な混雑に苦しむ都心部の路線だけで「仕方なく」有効なのであって、地方で、まして日中に走らせる意味などまったくない。地方でロングシートに頼らなきゃいけないような混雑があるのだとすれば、列車の編成かダイヤが根本的に間違っているのだ。基本的には鉄道贔屓の僕だが、帰りは高速バスを使おうと思い定める。
15:41 日立着。


駅舎は日立市出身の建築家・妹島和世の設計で昨年リニューアルしたのだという。海を臨む高台に全面ガラス張りの箱が突き出していて、なかなか印象的。空港の搭乗口へのアプローチを連想させる。改札を出ていちばん海側まで行ってみると(突端はカフェになっている)、ガラスの向こうはすぐに崖が落ち込んでいて、その下には海岸沿いに細く家々が連なり、海上には国道バイパスのコンクリート橋が架かっている。津波は大丈夫だったんだろうか。山側から海側を貫く長いコンコース(貨物ターミナルを跨いでおり、動く歩道が設置されているくらい長い)を風が通り抜け、どこからか入り込んだ落ち葉がツーとコンクリートの床を滑っていく。日が落ちて寒さが募ってきた。


コンコースを抜けて駅舎を振り返る。駅前広場はまだリニューアル工事中で、そこで働くショベルカーはやっぱり「HITACHI」なのだった。


「シビックセンター」なる巨大な凱旋門のようなホール、その前の大きな広場。自分の長い影。シビックホールといい、それと向かい合わせに立つイトーヨーカドーといい、大型ビルが余裕をもって建ち並ぶのは、この工業都市で工場が撤退でもして、広大な跡地が生まれたためだろうか。


寂しい佇まいのスナック街。スナックというのはどこもなぜか当て字の店名がお好きで、そのネーミングセンスには苦笑させられることも多いが、ここの「巣馴付く」という当て字はなかなかのものではないか。確かに馴付いて居付いてしまう「巣」みたいなものなんだろうからな、スナックって。丸の中に縦字であしらった「田園」のロゴも、時代を一回りして味わいを感じさせる。だが店のドアには閉店の挨拶の貼り紙が。周辺で店を開ける準備をしているのは、店先に水を撒いている1軒だけだ。もう日は山の端に隠れようとしている。熱い風呂が恋しくなってきた。16:30頃、宿に入る。


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