吉祥寺と周辺の街散歩

吉祥寺を中心に、中央線沿線の街のお気に入りの喫茶店、公園に咲く花、美術館、散歩レポートなどを紹介しています。

日立中央研究所庭園 春の一般公開

2006年04月15日 | 野川

日立中央研究所庭園内の大池

 国分寺駅の北口から歩いて5分ほどの日立中央研究所の庭園は、春の桜の開花と秋の紅葉の時期にそれぞれ一日だけ公開されています。昨年11月20日の秋の公開に続き、4月9日の春の公開にも訪れました。
 秋の幾分さびし気な雰囲気とは打って変わって、うららかな春の日、たくさんのお花見の人たちで混雑していました。


 この庭園の池の水が野川の源流のひとつとなっていますが、池の周囲に植えてある満開の桜(ソメイヨシノやシダレザクラなど)の花と、ユキヤナギ(バラ科シモツケ属)の白い花、ヤマブキ(バラ科ヤマブキ属)の黄色い花が色彩の交響楽を奏でていました。




 

(参考)
 ・日立中央研究所庭園HP
 ・秋の日立中央研究所庭園(当ブログ)


(地図情報)
 ・日立中央研究所


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滄浪泉園:国分寺から野川公園まで(2)

2006年02月26日 | 野川

滄浪泉園 入口(12月11日撮影)

 滄浪泉園は武蔵小金井駅南口から徒歩15分ほどのところにある庭園で、もともとは個人の庭園であったものを、昭和52年に緑地保全地の指定・買収を受け、保全管理されることになったとのことです。
 現在残されている部分は、当初の約三分の一程度の約1万2千平方メートルの広さなのだそうで、10分程度で一周できるほどのこじんまりとした庭園です。

  園内はアカマツ、スギ、モミジなどが混成する森が主体で、国分寺崖線(通称:はけ)の起伏のある地形と、湧き水による池を中心にした庭園造りは、先に紹介した殿ヶ谷戸庭園と同じですが、いかにも庭園風の殿ヶ谷戸庭園に比べると、こちらはずっと手をかけない自然のままといった風情です。
 開園時間は9時から17時、入園料は100円(一般)です。毎週火曜日が休園。

(参考)
 ・殿ヶ谷戸庭園の紹介(当ブログ) 
 ・野川源流(日立中央研究所庭園)と村上春樹的世界探訪(当ブログ)

(地図情報)
 ・殿ヶ谷戸庭園


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殿ヶ谷戸庭園: 国分寺から野川公園まで(1)

2006年01月22日 | 野川

茶室前から眺めた次郎弁天池

 昨年11月にNASCIさんが主宰するコミュニティ"村上春樹的世界"が企画した"「世界の終り」のお散歩"に参加し、国分寺から野川公園まで散策しましたが、12月の半ばに、今度は奥さんとほぼ同じコースを歩いてみました。今回は11月には寄らなかった殿ヶ谷戸(とのがやと)庭園と滄浪(そうろう)泉園も訪れてみました。
 殿ヶ谷戸庭園は国分寺駅南口のすぐ近くにあって(徒歩2分)、大正2年から4年にかけて、後の満州鉄道の副総裁江口氏の別荘として造られ、昭和4年に三菱財閥の岩崎彦弥太氏に買い取られ、昭和49年に東京都が買収した和洋折衷の回遊式林泉庭園だそうです(一般公開は昭和54年から)。

 国分寺崖線(「はけ」と呼ばれる)の南の縁に位置しているため起伏のある庭園内には、「はけ」の湧き水が流れ込んでいる次郎弁天池を臨む茶室「紅葉亭」や芝生、萩のトンネル、藤棚、竹林など四季の折々に変化に富んだ眺めを楽しみ事ができます。
 茶室の脇には清水を利用した「鹿(しし)おどし」と名づけられた僧都(そうず "添水"とも)があり、石を拍(う)つ竹の清冽な音が響いていました(一周20分ほど)。
 開園時間は9時から16時、入園料は150円(一般)です。

(参考)
 ・殿ヶ谷戸庭園(東京都公園協会のサイト)
 ・野川源流(日立中央研究所庭園)と村上春樹的世界探訪(当ブログ)

(地図情報)
 ・殿ヶ谷戸庭園


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野川源流(日立中央研究所庭園)と村上春樹的世界探訪

2005年11月23日 | 野川

日立中央研究所庭園内の大池

 ねえ、誰かが言ったよ。
 ゆっくり歩け、そしてたっぷり水を飲めってね。
 「1973年のピンボール」/村上春樹


 ネット友達のNASCIさんのお誘いで、11/20の日曜日、NASCIさんが主宰するコミュニティ"村上春樹的世界"が企画した"「世界の終り」のお散歩~君なら南のたまりに飛び込むか?"に参加させていただいて、この日一般開放された国分寺の日立中央研究所の庭園から小金井の野川公園に至る散歩を楽しみました。
 国分寺駅南口(右上)に集合したメンバーは17名、夢読みとなり日の光を見ることができなくなった僕は、黒いガラスの入った眼鏡をかけました。

 日立中央研究所の庭園は、春の桜の開花と秋の紅葉の時期にそれぞれ一日だけ公開されています。所内は予想以上に広くて、東京ドームの約5倍もの敷地があり、約27,000本の樹木があるそうです。
 周囲約800mの白鳥が泳ぐ池は、構内の湧き水が流れ込んだもので、あふれた水が四方を囲む高い壁を潜り抜け、野川の源流の一つとなっています。
 門が閉ざされた時、この世界の終りから逃れ外の世界に至るには、南のたまり(左上)に飛び込むしか術(すべ)がないのです。

  秋の花が野原を彩り、木々の葉は鮮やかに紅葉し、その中央に波紋ひとつない鏡のような水面のたまりがあった。たまりの向うには白い石灰岩の崖がそそり立ち、そこに覆いかぶさるように煉瓦の壁が黒くそびえていた。たまりの息づかいをのぞけば、あたりはひっそりとして、木の葉さえみじろぎひとつしなかった。
 「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」/村上春樹


 国分寺駅の立川寄り、JRと西武線が分かれる部分の三角地帯に家が建っていました。若くて結婚したばかりだった僕と彼女は、玄関の戸を開けると目の前を電車が走り、裏側の窓を開けるとそれはそれでまた別の電車が目の前を走っている家賃の安いその家に2年住んでいました。

 冬が終わると、春がやってきた。春は素敵な季節だった。春がやってくると、僕も彼女も猫もほっとした。四月には鉄道のストライキが何日かあった。ストライキがあると、僕たちは本当に幸せだった。電車はただの一本も線路の上を走らなかった。僕と彼女は猫を抱いて線路に降り、ひなたぼっこをした。まるで湖の底に座っているみたいに静かだった。
 「チーズ・ケーキのような形をした僕の貧乏」/村上春樹


 ランチは国分寺駅南口から小金井方向に5分ほどの「ほんやら洞」でカレーを食べました。食べた後で唇がひりひりしたけど、おいしかった。「ほんやら洞」は、70年代のカリスマ歌手で、現在も活動している中山ラビさんの店で、1974年、25才で作家デビュー前だった春樹さんは、この店のすぐ近くのビルの地下にジャズ喫茶「ピーターキャット」を開店しています。

 ジャズという音楽にあるときふと魅せられて、それ以来、人生の大半をこの音楽とともに暮らしてきた。僕にとって音楽というのはいつもとても大事なものだったけれど、その中でもジャズはとくべつな位置を占めているといってもいい。ある時期にはそれを仕事にまでしていたくらいだ。
 「ポートレイト・イン・ジャズ」/村上春樹


 "ハケの道"を歩き、途中の貫井神社にお参りをして野川の河川敷に到達、ワインを飲んで一休み。美食家の鴨はクラッカーなど見向きもしなかった。
 "ハケ"とは、国分寺崖線(がいせん)の通称で、この崖線(がいせん)は、昔の多摩川が武蔵野台地を侵食してできた、世田谷の等々力渓谷まで約25km続く河岸段丘です。貫井神社の裏や、そこここからの湧き水は、武蔵野台地に降った雨が関東ローム層を通過し、その下の武蔵野礫層に貯められ、地下水となって国分寺崖線に沿って噴出したものです。

 武蔵小金井のカフェ「broom&bloom」でチーズ・スフレを食べて小休憩。それから近くのお屋敷の庭を見学させてもらいました。ハケの湧き水を貯めた池には鯉やら金魚が泳いでいました。ハケの道沿いには、春樹さんのエッセイ「日本マンション・ラブホテルの名前大賞が決まりました」に登場するマンション「ボヌールはけのみち」が建っていました。

 小金井には「ボヌールはけのみち」というマンションがあるという報告もきています。いったいボヌールって何だ? はけのみちって何だ?
 「村上朝日堂はいかにして鍛えられたか」/村上春樹


 お屋敷を出てハケの道沿いに歩き、美術の森の脇を通って武蔵の公園のくじら山を経て、本日の散歩の最後の目的地の野川公園に着いたときには夕闇が迫っていました(右は別の日に撮った野川公園)。
 今は国際基督教大学(ICU)のキャンパスになっている丘には、かつては屋外エスカレーターがついたゴルフ場があり、僕と双子の姉妹は近くのアパートに住んでいました。

 僕はテニス・シューズをはき、トレーナー・シャツを首に巻いてアパートを出ると、ゴルフ場の金網を乗り越えた。なだらかな起伏を越え、12番ホールを越え、休憩用のあずまやを越え、林を抜け、僕は歩いた。西の端に広がった林のすきまから芝生に夕陽がこぼれていた。
 そして小川にかかった小さな木の橋をわたり、丘を上ったところで双子をみつけた。双子は丘の反対側につけられた露天のエスカレーターの中段あたりに並んで座り、バックギャモンで遊んでいた。
 「1973年のピンボール」/村上春樹


 本日の散歩は、西武多摩川線の新小金井駅まで歩いて解散となりました。この後吉祥寺の「ハモニカ・キッチン」で行われた二次会「あしか祭り」には、用事があって参加できず残念でした。

 皆と別れ、夢読みの資格を失い、影をも失った僕は自分が宇宙の辺土に一人で残されたように感じられました。

 僕はもうどこにも行けず、どこにも戻れなかった。そこは世界の終りで、世界の終りはどこにも通じていないのだ。そこで世界は終息し、静かにとどまっているのだ。
 「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」/村上春樹


(参考)
 ・NASCIさんのサイト「サロン・ド・カフカ」
 ・日立中央研究所庭園HP
 ・カフェ「broom&bloom」HP
 ・武蔵野公園HP
 ・野川公園HP
 ・美術の森 中村研一記念美術館(NASCIさんのHP)
 ・国際基督教大学(ICU)HP
 ・1973年のジャズ喫茶(メインサイト)

(地図情報)
 ・ほんやら洞
 ・三角地帯と中央研究所庭園の大池
 ・国際基督教大学(ICU)


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