ときぶーの時間

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約束通り今日から書くね!

2011-11-16 08:48:24 | 日記
昨日の夜に、人生初めてブログに参加したけれど、アクセスしてくれた人がいてくれて、嬉しかった。原発事故の避難民になり、ぽっかり穴が開いたように生活していたから、何かをするという意味では、少し前進したと思うさて、本題に入ろう。

昨日、僕が書いてみたいと言った男の物語だが、東京で再会した時から書いてみる。ある日、彼から僕の携帯に電話が入った。折りしも3月11日の東日本大震災から、約2ヶ月経とうとしていた頃のことである。

僕には、それがあまりに突然だったため、驚きの何ものでもなかった。彼から「明日、東京へ出て行く用事があるんだけど」と。これは、会ってくれ?の意味だなって思ったし、避難生活してまだ二ヶ月しか経ってないのに、僕にはその二ヶ月がとても長く感じられて、彼の事をなぜなのか懐かしく感じ、僕も会いたいと思ったのだ。

その時は、同じ被災者の恨み辛みを語るわけでもなく、同郷のよしみで酒でも飲めたらいいなと、軽い気持ちで翌日、上野で待ち合わせをして、彼と会った。その時、あの大津波で僕らの足である常磐線が富岡駅からいわき駅まで運休していたのを、すっかり忘れていて今までの感覚で上野って言ってしまい彼には迷惑をかけてしまった。

僕が東京に出る時は、常磐線一本で出てくるのが通常の事だったから、彼が最終到着駅大宮駅の高崎線で来ていて、彼にとって僕が避難していた新宿の方が近く、早い待ち合わせ場所になったのだ。

ちなみに僕も、当時は福島の避難所から東京の娘の所に二次避難中で、新宿の7畳のワンルームに親子3人で暮らし、それは仲良し親子といっても、なかなか大変な生活であった。僕らより娘の方が大変だったと思う。

一人娘で僕らが福島の避難所に入っていた時に、放射能で危ないからそんなところにいないで!と泣かんばかりに言われて、避難所を出て来たわけだが体育館にしろ親族の家にしろ、プライバシーとか何とか言ってられない状況が続く中で、彼と再会し、その暮らしぶりを聞いてびっくりした。

彼の名は松村直登52歳。インターネットの検索で、富岡町まつむらなおとで検索すると松村直人で出てしまう。名前が違って報道されているが、まぎれもなくその男の正体は、松村直登(本名)である。

彼も同じ福島県の原発事故による避難民で、放射能汚染により強制避難地区に指定された富岡町で、避難勧告を無視し、たった一人で町に残って生活している人間である。このまま聞けば人は、彼のことを馬鹿な奴で、どうしようもない人間だと思うのが妥当だと、僕も思う。

しかし実際に彼は、鎖につながれたまま餌も与えられずに、飼い主を黙って待ち続ける犬や、家人のいなくなった家に残された猫や、鳥小屋から放たれた鳥や、家畜である豚などに、たった一人で餌を与え続け、電気も水道も無い廃墟の町で、今も暮らし続けている男なのである。

僕も最初は彼の口から、強制避難区域の富岡町に住んでいると聞いて、なんて無茶苦茶なことをしているのだと、めちゃくちゃ驚いた。それと同時に、何で避難しないのだ!放射能で被曝するぞ!と少し怒りにも似たものが込み上げ、何としても彼を止めなくちゃと強烈に思ったのだが、彼の話を聞き、彼がとても大変でとても大切なことをしている気がして、その日から彼への偏見を僕は捨てた。

今日はここまで、明日から本編に入るからね。明日は鎖に繋がれたままの犬の話を書きます。僕はありのままを書きますので、避難所の話やその他色々な事など嘘なしの直球で書きますのでみんな宜しくね。
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1 コメント

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Unknown (da)
2012-02-28 18:13:21
文字の配列はどうしたら見やすいのか教えて欲しいです。


甘ったれんな、自分で調べろや、ボケ
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