江戸から明治にかけ、北前船の寄港地として栄えた港町の面影を残す「室積海商通り(むろづみかいしょうどおり)」。室積の地は、北前船の西回り航路の寄港地となっていた事もあり、商港として大いに栄えたと言われています。
普賢堂前の突堤から見る景色。お天気が良ければ「周防の橋立」や「象鼻ヶ岬」もきっと綺麗に見えただろうに・・生憎の空模様、海も空も鉛色の霧の中で、とても肌寒かったな・・という記憶があります。が、それも今となっては懐かしい😊
北前船の寄港地として栄えた海商通り。ほんの少し歩みをゆっくりするだけで、往時を偲ばせる佇まいを見る事ができます。そうして出会えた町の佇まいは、あえて目的地の無い街歩きに彩を添えてくれます。
私の田舎では「ほそや」と呼ばれていた細い路地。こんな道を見るとついその向こうに行って見たくなるけれど、流石に良いお年頃(笑)になったので自粛。
風情のある佇まいのお宅、その隣には旅館を改装した「海商館」。陶器と軽食のお店だそうです。
「高札場と火の見櫓」。江戸時代:元文3年(1738)の地図には、この辻に高札場が記されており、復元建設されました。
「ささ乃やさん」の入り口横に「長州藩 中熊毛宰判勘場跡」の碑。宝暦13年(1763)、萩藩毛利氏によって設けられたものですが、特に遺構などは残されていないようです。
海商通りに門を構える「寂照山 普賢院:専光寺」、室町時代、大内氏の頃から、外交使節や高官を迎えこの寺で接待していたことから「外来館・官の館」と呼ばれ、毛利氏の時代には渉外館として利用されました。慶応元年(1865)1月、この専光寺で後の第二奇兵隊となる「真武隊」が結成され、2月に本拠地を普賢寺に移し、南奇兵隊と改称しています。
浄土宗のお寺ではよくお見掛けする「旅立ちの勢至丸様」。浄土宗の開祖となられた法然上人の幼き頃のお姿です。
海商通り「室積みたらい公園」に、元禄15年(1702)に象鼻ヶ岬に百姓:松村亀松が、父次郎左衛門の「港内の見入りよろしく、夜中にも廻船が出入りできるようにしたい」との意志を継ぎ、自費をもって燈籠堂を建立。別に油代・人件費などの維持費として米40石(約6t)も寄付しました。このことから、元禄頃には室積港が諸国廻船の出入りで賑っていたことが伺えます。山口県内の灯台では最も古いもので、国内でも24番目。この「燈籠堂」は、1991年3月に復元されたものです。
海商通りの街歩き、最期は昨日紹介した普賢寺縁起に関する「普賢菩薩対面の松古墳」。
普賢縁起によれば、兵庫県書写山円教寺の性空上人が、ここ室積で漁人が海中から網で引き上げた普賢菩薩に対面したという話が伝えられ、その場所を後世に伝えるため、影向の記念樹として松が植えられました。碑文には「対面の松が、享保18年(1733)野火で焼失したため役人が植え継ぎ、村人がこの碑を建てた。」と刻まれています。
もし・も~~し奥さ~~~ん!、亀趺は一応「海亀」であって獅子ではありません。頭を噛んでもらっても御利益は無い筈です(多分・・)😩
室積湾は古くは御手洗湾と呼ばれ、古代の海上交通の要衝だったと云われています。その名は神功皇后が三韓征伐に赴く際に、この湾に船を寄せて手を洗ったという伝説に由来します。また、峨眉山山頂にある杵崎社の縁起に、大伴狭手彦率いる新羅征討軍が沖合で時化に遭い、太刀を海に投じて風神に祈ったところ、現れた数多の亀に導かれ御手洗湾に兵船を入れて難を逃れたことから、風神を祀るために社を建立したと伝えられています。
訪問日:2013年4月18日
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tibineko一口メモ
当ブログ内でよく登場する「亀趺(きふ)」。「趺 (ふ)」は碑の台石を指す言葉。それが亀の形状である事から「亀趺」と呼ばれます。日本に亀趺が登場したのは江戸時代になってからと言われる。
旅立ちの勢至丸様の像
何も知らない僕は牛若丸かと思ってしまいました
ありがとうございます。
牛若丸さん・・・
言われてみれば確かに^^;
皆様へのコメントも滞りがちであいすいません。
物価が上がり、遅れて賃金も上昇、金利がつき始め30年ぶりに日本経済がまともな姿に戻りつつある中、政治家の高々1000万程度のズルでここまで自民党が叩かれる流れがよくわかりません。
確かに政治家の不正は許されざる行為ではありますが、クソを貶める代わりにも猛毒を選挙で選ぶというのは自殺行為にも等しい。
たぶん、多くの日本人はデフレに慣れすぎインフレ耐性をなくしてしまった。
賃金の上昇はどうしても物価の上昇に遅延するから名目的には実質賃金は減少し生活は苦しくなる。
でも継続的にインフレが続けばやがて賃金上昇が物価上昇を追い越し、明日は今日よりもいい日になるというバブル以降忘れられていたサイクルが復活するのは目に見えているのに?
目先の物価上昇苦の中で政治家のズルを許す心のゆとりがなくなってるんでしょうね?
でもここで売国奴政権を誕生させてしまえば、かつて月々わずか数十円の年金支給漏れをきっかけに誕生させた悪夢が再びよみがえる。
東京都民として、少なくとも人に厳しく自分に優しい批判しかできない2番が好きな方だけは当選させたくない。
クソが気に入らないから猛毒を当選させた地方の補選とは異なる都民の矜持を見せたいと思っております。
東京都知事選・・
東京都民がどのような判断を下すのか
気になっていました
まっちさんの大局を見る目を
皆が持ち合わせてくれたら
政治も少しはましになると思うのですが
あげつらい、叩く俺様かっこいい!!
そんなショーパフォーマンスに踊らされるような有権者にだけは、なりたくないですね。
「白河の清きに魚も住みかねて・・・」でも実際にふたを開ければ
白河どころか汚泥の泥沼であった。
あの悪夢を、今一度思い出してと思います