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tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

万博も開幕し、これからが観光シーズン、ぜひ奈良に足をお運びください!

寿し処 弦

2010年07月18日 | グルメガイド
7/13(火)、同僚のMくんと「寿し処 弦(げん)」(奈良市鳥見町1-1-4広徳マンション1階)というお店に行った。近鉄富雄駅から徒歩5分、人気のラーメン店「やまと支那そば 華山(はなやま)」の隣(同じビル内)にある。

カウンターのみ10席というこぢんまりとした造りだが、侮れないお店である。相当の人気店らしく、私たちが入店したあと、すぐ満席になった。ドアを開け、諦めて帰るお客も多かった。


剣先イカ造り

「ぐるなび奈良版」には《毎朝市場から仕入れるネタに一工夫! 握りだけでなく『お寿司屋?』と疑ってしまうくらい美味しくて豊富な一品料理も自慢です!!小さいお子様には大っきな手で小っさな握りを握ってくれる優しい大将がドンッと構えているカウンター10席のお店です 店より徒歩3分のパーキング2時間のチケットお渡しします!!》とある。


きずし

確かに一品メニューは豊富で、「ぐるなび」から拾うだけでも、大将のおすすめお造り盛合せ(1,800円~)、穴子の天ぷらネギ醤油かけ(1,000円)、タケノコと桜エビのかき揚げ(900円)、泉州の水ナス(800円)、帆立グラタン(1,000円)、漬物各種(柴漬け、高菜、野沢菜、いぶりがっこ=沢庵の燻製、赤カブなど400円~)、干物各種(カレイ、ホタルイカなど400円~)、酢物各種(うざく、タコ、ホタテ、赤貝、鳥貝など500円~)等々。


トウモロコシのかき揚げ

私は寿司屋に行ってもあまり寿司は注文せず、一品ばかりをつつく方なので、とても具合がいい。店頭の看板にトウモロコシのかき揚げ(1,000円)とあり、寿司屋でトウモロコシとは珍しいと、ご主人に聞くと、ここの名物メニューだそうで、今頃の時期限定なのだそうだ。注文すると、甘くて柔らかいトウモロコシがからりと揚がっていて、これは正解だった。Mくんのおすすめ、穴子の天ぷらギ醤油かけ(1,000円)も、新鮮な刻みネギがたっぷりとかかっていて、とても美味しかった。


穴子の天ぷらネギ醤油かけ

寿司メニューも豊富で、単に寿司飯に刺身を載せたような代物ではなく、相当凝っている。例えば、カワハギ肝のせ(650円=2貫分の価格・以下同じ)、剣先イカ・スダチ塩(400円)、半生タコポン酢(400円)、和牛たたき(550円)、シマアジあぶり(650円)、キス昆布締め(550円)、あぶりウニ塩(1,100円)など。


あぶりウニ塩とシマアジあぶり

富雄駅前には飲食店が多く、寿司屋さんだけでも結構な数がある。こちらのお店は、グルメ指向・やや高級指向というセンで勝負しているようである。お酒のメニューも豊富だ。ご主人のお薦めが「お昼のコース料理」で、前日までの予約要だが、@2500円で豪華な海鮮メニューがいただけるという(コインパークの料金1時間まで、負担してもらえる)。


マグロ(ヅケ)の山かけ

ここで寿司をつまんでから、隣の華山のラーメンで締める、というのもアリだろう。駅近のグルメ寿司店、ぜひいちどお訪ねいただきたい。
※寿し処 弦(ぐるなび奈良版)
http://r.gnavi.co.jp/ka8f500/

奈良市鳥見町1-1-4広徳マンション1階 0742-45-7300(よく流行っているので予約が無難) 17:00~ラストオーダー23:00まで(日祝は21:00まで) お昼は予約時のみ営業 水曜定休 10席
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古都の宿 むさし野

2010年07月17日 | グルメガイド
7/5(月)、職場の歓送迎会で、「古都の宿 むさし野」(奈良市春日野町90番地)という老舗の料理旅館を訪ねた。昭文社の『にっぽんの旅14 奈良・大和路』というガイド本には《文人墨客が親しんだ木の香漂う宿》《谷崎潤一郎、山岡鉄舟の常宿だったことで知られ、古くから多くの文人墨客に親しまれてきた。若草山の麓にたたずむ数寄屋造りの建物は、木造2階建てのひなびた風情。旬の食材を生かした懐石料理や冬は鍋料理も味わえる》とある。文人墨客のほか、皇族も利用される。ロビーには山岡鉄舟が「これを宿賃代わりにしてほしい」として書いた横軸が飾られている。



職場の歓送迎会だったが、夏場とあって、ご覧のとおり見た目も涼しげな料理がお膳に運ばれてきた。こちらの女将・山下育代さんは、「女将の独り言」というブログを書いておられ、産経新聞にも取り上げられた。タイトルは《もてなしの心 ブログも続ける奈良・若草山麓の「むさし野」女将》(「関西ういーくえんど」産経新聞 08.1.27付)だ。
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080127/trd0801271208009-n1.htm



《文豪にも愛された老舗を祖母の代に買い取り、孫の山下育代さん(50)が3代目女将を継承。格式ある伝統や、恵まれた環境に勝るとも劣らない最高のもてなしを、日々宿泊客に提供し続けている。むさし野は、少なくとも江戸時代末期には茶屋として営業していた。当時の奈良奉行が一服したという日記の記録もある。文豪・谷崎潤一郎の『吉野葛』にもその名が登場。終戦直後には、進駐軍の保養所として、また大阪経済界の重要な会議場としても使われた》。



《奈良県下市町在住の山下さんの祖母が昭和20年代、経営不振で売りに出されていたむさし野を買い取ったのが、一族での経営の始まりだ。「全くのずぶの素人だった」(山下さん)という祖母が、女将でありながら着物姿で洗い物もする姿を、幼いころから目の当たりにしてきた。3姉妹の長女として育ったが、一時期は宿を継ぐのを敬遠し、芸術系の大学に進学。卒業後も洋裁の専門学校に通ったが、体の弱い2代目女将の母を思い、20代半ばで3代目を継いだ》。



《父からは「この宿をつぶそうが大きくしようが、好きにすればいい」と言われた。ただ、最初にフロント係を任されたときには「厨房や客室など)裏のことも分かるようになれ」と気配りを教えてくれた》。

《接客係を任されると、長年勤めていた接客係の従業員たちが「伝統に甘んじて接客をないがしろにしている」と感じ、全員解雇。自ら面接し、新しい接客係を採用した。「慣れが出て、お客さまを見た目で判断するのが一番恐ろしい。常に謙虚な気持ちでなくては」。自分に言い聞かせる教訓でもある》。


お刺身は、鮮度抜群!

《平成4年の年の瀬。近くのごみ置き場で不審火があり、燃え移って建物の3分の1が焼けた。幸い客にけがはなかったが、崩れ落ちた屋根をみて恐怖感を覚え、「もうやめたい」と弱音を吐いた》。

《さらに、再建にあたっては、周辺一帯が風致地区であることから、安価な鉄筋コンクリート建ては認められず、瓦1枚に至るまで忠実な木造建築の再現を迫られた。それでも、過去に宿泊したことのある全国各地の小・中学生から義援金が届いたり、励ましの手紙をもらったりして、再起を決意。約1年半後、ようやく営業再開にこぎつけた》。



《「閉鎖的と思われたくない」と、17年からは「女将の独り言」と題したブログも地道に続けている。「たとえお客さまにしかられるときでも、逃げてはだめ。伝統や恵まれた立地条件におもねることなく、常に謙虚に耳を傾けることが大切」。最高のもてなしを心掛ける女将の厳しい一面を表情にのぞかせた》。
※山下育代さんのブログ「女将の独り言」
http://www.nara-musashino.com/cgi-bin/info/info.cgi

「女将の独り言」は、さほど頻繁には更新されないが、折々の話題が出ていて、奈良の風物詩になっている。直近の記事は7/11付で、《暑中お見舞い申し上げます。七夕も終わりいよいよ夏本番、梅雨明けが待ちどうしい頃となりました。奈良では、7月31日から8月4日まで光とあかり祭が開催されます》。奈良公園で、「全国光とあかり祭in奈良」というイベントが行われるのである。
http://www.akarisai.com/

《全国の光のイベントが、奈良でご覧になれます。お昼は1300年祭をご見学いただいて、日が暮れたら光のイベントでお楽しみ下さい。夜の奈良公園は、少し涼しくなってまた違う奈良を見ていただけると思います》。


炭火で焼かれた天然鮎を、アツアツでいただいた





先日、女将さんの末娘の山下実穂さんが、NHKテレビに出演されていたのを拝見した。「関西もっといい旅~悠久の時 鹿とともに」(09.10.30放送)という25分の番組が、再放送されていたのである。局のHPによると《今回の「関西もっといい旅」は、奈良の鹿に出会う旅。旅人が、鹿を親友に持つ女子高生に出会い、角きり行事を観戦する中で、人と鹿がこれからも共に暮らしていく息づかいを感じる。 また、今回の旅では、鹿の案内人が登場し、奈良の鹿の歴史や、鹿のナレーションなどで、奈良の鹿を紹介する》。



女将さんのブログには、この番組のことも出ていた。09.10.10付の記事で、タイトルは《鹿娘現る!!》。《いよいよ鹿娘のデビューです。ひょんなことから、下の娘が鹿のぷーちゃんとやらとTVに出る事になりました。ぷーちゃんが、鹿の角(つの)きりに出る事になってその関係で娘も取材されるそうです》《まあ、奈良のPRになればよいのですが、それよりも今は中間テストの真っ只中です。鹿の事はテストに出ないと思うんですけど…?》。
http://www.nara-musashino.com/cgi-bin/info/info.cgi?num_begin=35&mode=&session=



オンエア後のブログ記事(09.10.31付)には《ご声援有難うございました》《昨晩は、番組をご覧になったお客様、親戚、お友達と、沢山の方々から 見たよ!!とお電話を頂き有難うございます。なんか娘がテレビに出るとなると、私の方が落ち着かなくてドキドキしました。ともかく、余計な事しゃべらずにマズマズ大人しくしていてくれてよかったです。鹿って可愛いモンですね?!》。
http://www.nara-musashino.com/cgi-bin/info/info.cgi?num_begin=30&mode=&session=



《公園の鹿達とは、私も生まれた時から一緒なんですが、娘みたいに名前をつけたり人生相談に乗ってもらったりした事は、1度もありません。何か違うものがあるんでしょうね…?怖くて怖くて、逃げてばかりいました。番組を見て、鹿に対する気持ちが少し優しくなりそうです》。オチが効いている。《私も若い男前の雄鹿を、紹介してもらおうかな?》。鹿男が聞いていたら、旅館に飛び込んで来るかも知れない。



食事をいただきながら女中さんに、「“むさし野”という名前の由来は」(この辺りの地名だった)とか、食材の名前だとかをあれこれ質問したが、嫌な顔もせず、ちゃんと確かめて答えて下さった。

料理も美味しいし、ロケーションも雰囲気も抜群の料理旅館である。なら燈花会の見物にも便利だ。ぜひいちどお訪ねいただきたい。
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伝香寺の地蔵菩薩立像

2010年07月15日 | 奈良検定
昨日(7/14)、毎日新聞奈良版の名物コーナー「会えてよかった 大和の仏像」で、私の好きな仏像と、それにまつわるエピソードを紹介していただいた。仏さまは、伝香寺の地蔵菩薩立像(通称「はだか地蔵尊」=トップ写真)である。

伝香寺へは、大和三名椿(めいちん)の1つ「散り椿」を見るために、過去に何度か訪ねているが、お堂は閉じられていた。重要文化財の地蔵菩薩立像を拝観したのは、今年の3月、「ナント・なら応援団」で、このお像の特別開帳(平城遷都1300年祭の「奈良大和路 秘宝・秘仏特別開帳」事業)のお手伝いをしたのが初めてだった。約1か月にわたり、お堂が特別公開されるというのは、お寺始まって以来の画期的なことだった。
※ナント・なら応援団(当ブログ内)
http://blog.goo.ne.jp/tetsuda_n/e/250550f888e9f8cf7f6ac323cf59433a

《これまで像の存在は知っていたが、本堂で間近に拝観して驚いた。これまで見たどんな地蔵よりも、穏やかで優しい表情をしていた。じっと見つめていると、ほおに紅が差しているようで、衣が風に揺れまるで生きているようだった。スッと、こちらに踏み出して歩いてくるようにも思えた》。本当にきれいなお顔の仏さまだった。衣をまとった仏像というのは珍しく、衣が光を反射して仏さまのお顔を照らすので、生身のようなリアルさがあった。

《「ちょっとそっち持ってくれますか」。少し斜めになっていた像を元に戻そうと、住職に手伝いを頼まれた。緊張しながら台座を支えていると、衣のすそがふと手に触れた。何か強い気迫のようなものが腕から伝わってきた》。ご住職の西山明彦(みょうげん)氏はとても気さくな方で、時々顔を出されては、お寺にまつわるいろんなことを教えて下さった。特別開帳の期間中は、堂内の写真撮影も許可されていて、おかげさまで私も何枚か撮らせていただいた。

《拝観者が途切れる度に、像と向き合った。「地獄のように苦しい事があっても、きっとこのお地蔵様が助けてくれる」。風邪をひきそうに寒い日だったが、ぽかぽかと温かな気持ちになった》。

お寺にお邪魔したのは2日間で、どちらも雨がしとしと降って、とても寒い日だった。時々、お堂の横の大きな椿の木の上から大輪の花が落ちる。「ドサッ」「バサッ」というその音が、またすごい。目の前に仏さま、聞こえてくるのは、花芽をつつく鳥のさえずりと椿の落ちる音と、とても奈良市の中心部とは思えないようなシチュエーションだった。

特別開帳が終わり、ご住職からはとても感謝していただいた。拝観者にも喜んでいただいたし、お手伝いした会社のOBたちも「良い経験をさせていただいた」と、感謝の気持ちで一杯だった。まさに「三方良し」だ。

秋になると、また別のお寺の特別開帳が始まる。「ナント・なら応援団」は総勢28人。これではとても足りないので、現在追加募集を行っているが、順調に団員が集まっている。平城遷都1300年祭も、残すところあと半年。私たち県民が「もてなしの心」を発揮する絶好の機会である、もう一踏ん張りだ。
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Topic NHKで、こんな番組がオンエア!

2010年07月13日 | お知らせ
この土日、NHKでこんな番組が放送されます。まず、土曜日(17日)の総合テレビ「かんさい想い出シアター」(午前5:15~午前5:50[35分])で、「ちょっといい旅『夢織りなすマイタウン~奈良市学園前界わい~』」(当初放送は1993年3月4日)が再放送されます。

《近鉄が沿線に拓いた住宅地、奈良市学園前界わい。その名のとおり、大学を中心に高級住宅街が広がり、近くにはやはり近鉄が設けた遊園地がありました。ここに移り住み、学ぶ人たちが、新たにこの地をふるさととして暮らし始める様子を記録した番組をご紹介します》。
http://www.nhk.or.jp/osaka/program/omoidetheater/

吉野・大峯の古道を歩く―紀伊山地の霊場と参詣道 (歩く旅シリーズ 街道・古道)

山と溪谷社

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早朝ですのでタイマー録画が必要ですが、資料映像としても貴重です。なお「かんさい想い出シアター」では、8/14(土)にも「ちょっといい旅『祈りの山里 夏祭りに誘われて~奈良・天川村~』」(当初放送は1990年8月2日)が再放送されます。

《修験道で知られる大峰山への登り口、奈良県天川村。この村が一番のにぎわいを見せるのは、役行者が開いたという弁財天社の夏祭りの時期です。よろず芸事をつかさどるとして信仰を集め、伝統的な能から現代音楽の演奏まで、山間の村がさまざまな芸能の奉納で賑わうさまを伝える番組を紹介します》。

日曜日(18日)は、教育テレビの「日曜美術館」(午前9:00~午前9:45[45分])で、「広目天のまなざし 會津八一と戦没学生が見た奈良の仏」が放送されます。《阿修羅像、大仏、平城遷都1300年の今、奈良を訪れているが、戦時下にも学徒出陣する若者たちが彼の地を訪れていた。奈良の仏と出陣学徒たちの知られざる戦争秘話を描く》というものです。
http://pid.nhk.or.jp/pid04/ProgramIntro/Show.do?pkey=205-20100718-31-18637


会津八一とゆかりの地―歌と書の世界
和光 慧
二玄社

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《早稲田大学で東洋美術を教えていた、會津八一(1881~1956年)。1943年、学徒出陣する学生たちの多くが出征する直前に、八一と共に奈良を訪れた。生きて帰れぬ覚悟を決めた学生たちが目に焼き付けたのは、いにしえから変わることのない「仏」の姿であったという。八一自身も奈良の仏と出会い、その深遠なる魅力にひき込まれたひとりであった。八一が学生たちに奈良の仏を通して伝えてきたものは何だったのか。【ゲスト】俳優…寺田農, 元奈良国立博物館館長…鷲塚泰光, 【司会】姜尚中, 中條誠子》。

7/14(水)の「歴史秘話ヒストリア」(NHK総合 午後10時から43分)も、「妻の私が支えねば~天平のスーパーウーマン・光明皇后~」です。あらすじは《奈良時代、聖武天皇の妻として、才色兼備のファーストレディーぶりを発揮した光明皇后。2年前に見つかった、光明皇后が建てた幻の大寺院・新薬師寺の金堂跡。CG復元された豪華絢爛なその全ぼうをご紹介。夫婦のささやかな願いがきっかけで、国中は大混乱に!?この時皇后が取った大胆な政策とは?妻として、母として、そして皇后として・・・その悩める人生をひもといていきます》。
http://www.nhk.or.jp/historia/schedule/index.html

こちらも、奈良ファン必見ですよ!
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喜光寺のハスが見頃!

2010年07月12日 | 写真
土曜日(7/10)の朝、喜光寺(奈良市菅原町508)を訪ねた。このお寺は《薬師寺唯一の別格本山で、天平時代に東大寺の大仏建立の勧進をされたことでも有名な行基菩薩が養老5年(721)に創建したお寺です。行基菩薩は東大寺大仏殿を建立する時、喜光寺の本堂を参考にしたと伝承され、現在も本堂は「試みの大仏殿」と呼ばれています》(お寺のHP)。
http://www.kikouji.com/





《約100種、200鉢の花蓮の鉢が境内を覆いつくしています。赤、白、黄色の花蓮の中に浮かぶかの様に建つ本堂と天空に広がる大屋根は、さながら阿弥陀仏の極楽浄土を映しだしたかのようです》(同)。







このお寺では、5/1に南大門が再建された。《喜光寺(奈良市)の南大門が約450年ぶりに再建され、1日、落慶法要が営まれた。平城宮跡の西側に位置する喜光寺は行基が東大寺大仏造立の勧進(寄付集め)などの拠点にしたとされ、最期もこの寺で迎えた。伽(が)藍(らん)は戦国時代に焼け、南大門は失われたままになっていた。このため、山田法胤住職(薬師寺管主)が写経による勧進を進め、平成20年に起工式が行われた》(MSN産経ニュース 5/1付)。
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/100501/acd1005011210003-n1.htm





《本堂の前に完成した南大門は木造で、高さ、幅ともに約12メートル、奥行き約9メートル。朱色の柱などが鮮やかで、両脇には文化勲章受章者の彫刻家、中村晋也さんが制作した仁王像が安置された。この日は仁王像の序幕・開眼などが行われた後、南大門が開扉。輿(こし)にのせられた行基菩薩像や信者らが通り初めし、完成を祝った》(同)。





本坊も新築された。《喜光寺(山田法胤住職)で、新築の本坊が完成した。お写経道場の壁に約1600体の「せん仏」がはめこまれ、黄金の光を放っている。せん仏は古代寺院で堂内の装飾に使われた。本来は土製だが、ブロンズに金箔(きんぱく)を張って仕上げた。中央の約 110体が三尊仏(縦23センチ、横14.2センチ)で、周囲を約1500体の独尊仏(縦15.3センチ、横10センチ)が取り囲む。三尊仏は三重県名張市の白鳳寺院、夏見廃寺の出土品から型を取り、富山県の黒谷美術が鋳造。完成まで半年を費やした》(奈良新聞 7/3付)。
http://www.nara-np.co.jp/20100703104023.html





この日は晴天の土曜日とあって、早朝からたくさんの方がカメラを携えて訪れていた。ハスの花は早朝に咲き昼には閉じるので、朝がねらい目なのである。





お寺関係で、ハスはよく登場する。《仏教では泥水の中から生じ清浄な美しい花を咲かせる姿が仏の智慧や慈悲の象徴とされ、様々に意匠されている。如来像の台座は蓮華をかたどった蓮華座であり、また厨子の扉の内側に蓮華の彫刻を施したりしている。主に寺院では仏前に「常花」(じょうか)と呼ばれる金色の木製の蓮華が置かれている》(Wikipedia「ハス」)。



《ちなみに、ラーメンや中華料理で用いる「散蓮華」(ちりれんげ。略して単に「れんげ」とも)の名は、その形が蓮華の花びらによく似ていることから、散り落ちた花びらに見立てたもの》(同)。



お寺のHPには《品種が多いため、蓮の開花時期が異なりますので、夏の初めから終わり近くまで楽しむ事ができます》とあるが、今年は天候不順で開花が例年より1週間ほど遅れており、8月中旬までが見頃だそうだ。雨の日のハスも情緒があるので、晴雨にかかわらず、ぜひいちどお訪ねいただきたい。
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