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tetsudaブログ「どっぷり!奈良漬」

万博も開幕し、これからが観光シーズン、ぜひ奈良に足をお運びください!

天然記念物のコジイ・ヤマモモに囲まれた王龍寺/毎日新聞「やまと百寺参り」第74回

2020年10月29日 | やまと百寺参り(毎日新聞)
NPO法人「奈良まほろばソムリエの会」は『奈良百寺巡礼』(京阪奈新書)の発刊を記念して毎週木曜日、毎日新聞奈良版に「やまと百寺参り」を連載している。先週(2020.10.22)掲載されたのは「コジイ、ヤマモモ茂る寺 」(王龍寺/奈良市)、執筆されたのは同会副理事長の小野哲朗さんだった。小野さんは『奈良百寺巡礼』でも、この寺の担当だった。では記事全文を紹介する。

古来、「とみのおがわ」と歌に詠まれ、親しまれてきた富雄川から西の丘陵へ上ってゆくと、鬱蒼(うっそう)としたコジイの林の一画に黄檗(おうばく)宗王龍寺(おうりゅうじ)があります。山門をくぐるとこけむした石畳と石段の参道が続きます。

しばらく上がるとお地蔵様が集められており、滝が落ちる行場もあり、澄み切った空気が心地よいです。石段の上に本堂が見えてきます。本堂の内陣には大きな花こう岩に刻まれた、本尊十一面観音が静かに立たれます。

聖武天皇の頃に、寺は建立されました。磨崖仏(まがいぶつ)は南北朝の時代に刻まれます。その後、寺勢は衰退しましたが、江戸時代に禅宗の寺院として今の本堂が再建されました。途切れることのない人々の信仰の場であったことがわかります。境内の森の中には、大黒堂、鐘楼などが残されています。

庫裡のそばにそびえるヤマモモの大木も見逃せません。樹幹は空洞になっていますが、幹の根元から成長して、樹勢はきわめて旺盛です。幹の周囲が5㍍、高さ10㍍のヤマモモの樹齢は300年とみられています。このヤマモモは境内一帯に茂るコジイとともに市の指定文化財(天然記念物)として保護されています。(奈良まほろばソムリエの会副理事長 小野哲朗)

(宗派)黄檗宗
(住所)奈良市二名6の1492
(電話)0742・45・0616
(交通)近鉄富雄駅からバス「杵築橋」下車、徒歩約20分
(拝観)境内自由、本堂拝観は要事前申込
(駐車場)有(無料)


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秋といえば、コスモス vs 法起寺/毎日新聞「やまと百寺参り」第73回

2020年10月22日 | やまと百寺参り(毎日新聞)
NPO法人「奈良まほろばソムリエの会」は『奈良百寺巡礼』(京阪奈新書)の刊行を記念して毎週木曜日、毎日新聞奈良版に「やまと百寺参り」を連載している。先週(2020.10.15)掲載されたのは「コスモス彩る世界遺産/法起寺(斑鳩町)」、執筆されたのは、大和郡山市在住の同会理事・大江弘幸さん。大江さんは、6月21日の総会で理事に就任されたばかりの期待の新人である。きれいな写真とともに、法起寺のコスモスを紹介された。では、記事全文を以下に貼っておく。

606(推古14)年に聖徳太子は、岡本宮で法華経を講話されました。聖徳太子の遺命により、山背大兄王がこの岡本宮を寺に改めたのが法起寺(ほうきじ)と伝えられています。638(舒明10)年に弥勒(みろく)像と金堂が造立されました。さらに、706(慶雲3)年に三重塔が建立されましたが、それは、現存する日本最古の三重塔で国宝となっています。

創建当時の伽藍(がらん)配置は金堂が西、塔が東で、法隆寺とは逆でした。奈良時代には栄えていましたが、平安時代以降衰微(すいび)し、鎌倉時代に塔や講堂が修理されたものの、江戸時代に入ると三重塔を残すのみとなりました。その後、寺僧らの再興努力により三重塔の修復、講堂の再建、聖天堂が建立され、現在の姿になりました。

1993(平成5)年には「法隆寺地域の仏教建造物」として法隆寺とともに、日本で最初のユネスコ世界遺産に登録されました。秋も深まる頃、寺を取りまく田畑にはコスモスが咲き誇ります。朝の陽光に包まれ、夕日に映えるコスモスを背に浮かび上がる三重塔は、見る者の心を打ちます。いつまでも残しておきたい奈良の景観資産です。(奈良まほろばソムリエの会理事 大江弘幸)

(宗 派)聖徳宗
(住 所)生駒郡斑鳩町岡本1873
(電 話)0745・75・5559
(交 通)JR法隆寺駅からバス「中宮寺前」下車、徒歩約15分 もしくは近鉄筒井駅からバス「法起寺口」下車、徒歩約10分
(拝 観)8時半~17時(2月22日~11月3日)、8時半~16時半(11月4日~2月21日)、300円 
(駐車場)無


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柳生家歴代の墓所が残る芳徳寺/毎日新聞「やまと百寺参り」第72回

2020年10月15日 | やまと百寺参り(毎日新聞)
NPO法人「奈良まほろばソムリエの会」は『奈良百寺巡礼』(京阪奈新書)の刊行を記念して毎週木曜日、毎日新聞奈良版に「やまと百寺参り」を連載している。先週(2020.10.8)掲載されたのは「剣聖眠る柳生家菩提寺/芳徳寺(奈良市)」、執筆されたのは生駒市在住の田原敏明さん。
※トップ写真は、80数基の墓が並ぶ柳生家墓所

記事の中に日刊スポーツ「最強の剣豪は誰?」(2011年)投票のことが出ていたので、調べてみた。合計1,477票が集まり、その結果は以下の通りだった。

1位 宮本武蔵(371票)/2位 上泉信綱(303票)/3位 塚原ト伝(104票)/4位 柳生十兵衛(97票)/5位 斎藤一(77票)/6位 沖田総司(75票)/7位 伊東一刀斎(59票)/8位 柳生石舟斎(55票)/9位 千葉周作(42票)/10位柳生宗矩(31票)

知らない人もいるが、たくさんの投票が集まったものだ。では、記事全文を紹介する。

芳徳寺は柳生宗矩(むねのり)が父、石舟斎宗厳(せきしゅうさいむねよし)の供養のために1638(寛永15)年に創建され、柳生家代々の菩提(ぼだい)寺となりました。明治維新による廃藩にともなう武士階級の崩壊で荒廃しましたが、昭和期に橋本定芳(はしもとじょうほう)住職のご尽力で再興されました。

織田信長の上洛(じょうらく)時、宗厳は松永久秀配下で働き、豊臣政権下で所領没収となり、剣術修行に没頭します。関ケ原の功で宗矩は旧領を回復し、徳川家の剣術指南役となり、その役目は十兵衛三厳(じゅうべえみつよし)に引き継がれました。柳生家で引き継がれる新陰流の極意は、人を殺すことではなく人を活かす「活人剣」でした。

2011(平成23)年の日刊スポーツ「最強の剣豪は誰?」の投票で、石舟斎は8位、宗矩が10位、十兵衛は4位と柳生家の親子三代はベストテン入りしています。トップは宮本武蔵で、2位は石舟斎に新陰流を伝授した上泉信綱(かみいずみ/こういずみ のぶつな)でした。柳生家の墓所の一角には信綱の墓塔も残されています。

剣聖の墓前に立つと、時代劇のヒーローに憧れて映画館をはしごした青春時代を懐かしく思い出します。最近は人気の漫画「鬼滅(きめつ)の刃(やいば)」の雰囲気を求めて、コスプレ愛好家の若者も訪れています。(奈良まほろばソムリエの会会員 田原敏明)

(宗 派)臨済宗大徳寺派
(住 所)奈良市柳生下町445
(電 話)0742-94-0204
(交 通)JR•近鉄奈良駅からバス「柳生」下車、徒歩約15分
(拝 観)9~17時(4~10月)、9~16時(11月~3月)、200円
(駐車場)無


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霊山寺本堂に薬師如来、奥之院には大辯才天/毎日新聞「やまと百寺参り」第71回

2020年10月05日 | やまと百寺参り(毎日新聞)
NPO法人「奈良まほろばソムリエの会」は『奈良百寺巡礼』(京阪奈新書)の刊行を記念して毎週木曜日、毎日新聞奈良版に「やまと百寺参り」を連載している。先週(2020.10.1)掲載されたのは、「大辯才天を祀る奥之院/霊山寺(奈良市)」、執筆されたのは今回がデビュー作となった尾花雄二さんだ。霊山寺の境内には今年6月、薬膳カフェ「花美津姫(はなみづき)」がオープンし、女性客などで賑わっている。 

霊山寺(りょうせんじ)といえば、春と秋に咲き乱れる二百種二千株のバラが有名です。奈良時代に創建された同寺は、本尊に薬師如来坐像(ざぞう)を祀(まつ)る古刹(こさつ)で、さらに辯才天(べんざいてん)を祀る寺としても知られています。

仏教では天部の諸神を祀る所に鳥居が建てられ、境内に立つ鳥居には「大辯才天」の額が掲げられています。そこに掛かる注連縄(しめなわ)は雲、紙垂(しで)は雷、〆(しめ)の子は雨を表しています。龍神が恵みの雨を降らせているようです。

富雄川の畔(ほとり)に立つ立派な鳥居から約1㌔先に奥之院があります、弘法大師空海がこの寺で感得したという龍神様を大辯才天として祀ってきました。インドでは辯才天は水の女神、わが国では龍神が水を司(つかさどる)る神。1959(昭和34)年に大辯才天を祀る総漆塗り金箔(きんぱく)押の黄金殿が、次いで、77年(昭和52)年に大龍神を祀る白金殿が建立され、それぞれお祀りするようになりました。

「お祖母(ばあ)様の夢に大辯才天が現れ、そのお告げにより、寺運は隆盛しました」との東山光秀(とうやまこうしゅう)管長のお話です。深い緑の中に静かに佇(たたず)む奥之院。凛(りん)とした張り詰めた空気に触れると身が引き締まる思いがします。ぜひ奥之院にも足を伸ばしてみて下さい。(奈良まほろばソムリエの会会員 尾花雄二)

(宗 派)霊山寺真言宗
(住 所)奈良県奈良市中町3879
(電 話)0742・45・0081
(交 通)近鉄奈良線富雄駅より奈良交通バス「霊山寺」下車すぐ
(拝 観)本堂10~16時、バラ園8~17時、500円(バラ見頃期は600円)
(駐車場)有(無料)


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岩船寺から浄瑠璃寺へ続く石仏の道/毎日新聞「やまと百寺参り」第70回

2020年10月03日 | やまと百寺参り(毎日新聞)
NPO法人「奈良まほろばソムリエの会」は、『奈良百寺巡礼』(京阪奈新書)の刊行を記念して、毎日新聞奈良版に「やまと百寺参り」を連載している。先週(2020.9.24)掲載されたのは、「石仏の里にたたずむ古刹(こさつ)/岩船寺(京都府木津川市)」、執筆されたのは当会理事の松森重博だった。松森さんは『奈良百寺巡礼』では、この近くの浄瑠璃寺(木津川市加茂町)について執筆されていた。では、全文を紹介する。
※トップ写真は、樹木につつまれた岩船寺の本堂

京都府木津川市にある岩船寺(がんせんじ)は、当尾(とうの)の里と言われる丘陵が続く山間にあります。奈良市からも近く、古くから南都文化圏の一部のようにとらえられてきました。境内はやや小高いところにあり、山門の前には修行僧が身を清めるために使った石風呂があります。

豊かな大自然の樹木につつまれた境内に入ると、正面に三重塔が迎えてくれます。境内を散策して本堂へ、ご本尊は阿弥陀(あみだ)如来坐像で平安時代の10世紀中期を代表する尊像です。脇には辰(たつ)・巳(み)歳生まれの守り本尊である普賢菩薩騎象(ふげんぼさつきぞう)像が祀(まつ)られています。門前では地元農家産の野菜や餅などのおみやげも売っています。

岩船寺から浄瑠璃寺(木津川市)までの石仏の道はおすすめです。やや下りの楽な道になっていて、途中には不動明王や笑い仏などの石仏が昔からの静けさの中にたたずみ、親切な説明板もあります。小一時間のどかな道を歩くと、やがて浄瑠璃寺に着きます。岩船寺と合わせてお参りされると良いと思います。春秋のハイキングは特におすすめです。(奈良まほろばソムリエの会理事 松森重博)

(宗 派)真言律宗
(住 所)京都府木津川市加茂町岩船上ノ門43
(電 話) 0774・76・3390
(交 通)JR加茂駅からバス「岩船寺」下車すぐ
(拝 観)3~11月は8時半~17時、12~2月は9~16時、500円
(駐車場)民営有(有料)


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