念願の名人位を手にした加藤は、翌年、22歳の谷川浩司の挑戦を受けた。今度の予想は加藤名人有利。いくら次代の覇者と目される谷川でも初陣では荷が重いというのがその理由だった。しかしやはり勝負はふたを開けてみるまではわからない。
谷川の勝利で始まった第41期名人戦は、谷川優位に運び、5戦闘って3勝2敗。若き挑戦者が名人位に王手をかけた。そして迎えた6局目。
この対局を、わたしは新宿駅西口の大盤解説で観戦した。念願のタイトルを手にした中年の星加藤名人への同情と、実際にご本人を見かけて、親しみを感じていたこともあって仕事帰りに立ち寄ったのである。
当日の大盤解説は因縁の大山康晴15世名人だった。この戦いも谷川の有利に運び、加藤が駒を投じた。
「新しい名人の誕生ですね」。谷川の勝利を確認した大山の声がやけにうれしそうで、少し憎らしい感じがしたものだった。
この後、加藤に名人挑戦のチャンスはめぐって来ず、獲得は一期限りだったが、神武以来の天才の名人位をかけた死闘16番は「うひょー」とともに永遠に語り継がれることだろう。