工学社から2002年に出した「テスラ─発明的想像力の謎」が韓国で出版されることになり、その見本がとどいた。
なかなかかっこよい装丁。しかし、いかんせんわたしはハングルが読めない。せめて前書きかあと書きくらい読めるとよいのだが、だめなものはやはりだめ。
だれか読める人がいないかと探したが、韓国人の知り合いをもつ友人・知人はいなかった。
現在、わたしの別なテスラ本も中国語訳が進行中。これもやはり読めないという悲しい結末になりそうだ。
わたしの文章は、これまで単行本、論文、エッセーを含めて、英語、ドイツ語、韓国語、セルビア語の4カ国語に翻訳されている。これに中国語とオリジナルの日本語を入れると6カ国語になる。
なんかインターナショナルでしょ。
といっても、本人は韓国語、セルビア語、中国語は全部だめ、ドイツ語は大学時代にならったがほとんど忘れ、英語すらあやしい。
自分の語学力のなさを思うたびに、知人の語学の天才波津博明氏(元読売新聞記者、現大妻女子大学教授)を思い出す。彼は十数カ国語を自在にあやつり、セルビア語も話せる。
もう十数年前だが、わたしのセルビア人の友人と話すのを聞いて驚嘆したおぼえがある。
最近、たまたま、あるパーティで氏のご子息(某大手出版社勤務)と話す機会があった。「父は家のトイレの中にも単語帳を張って勉強しているんですよ」という話を聞いて、感心すると同時に、天才はやはり努力の賜物なのだと納得した。
自慢と愚痴がまざったへんな文章になってきた。
これもボースの翻訳のプレッシャーのせいなのだろうか。
なかなかかっこよい装丁。しかし、いかんせんわたしはハングルが読めない。せめて前書きかあと書きくらい読めるとよいのだが、だめなものはやはりだめ。
だれか読める人がいないかと探したが、韓国人の知り合いをもつ友人・知人はいなかった。
現在、わたしの別なテスラ本も中国語訳が進行中。これもやはり読めないという悲しい結末になりそうだ。
わたしの文章は、これまで単行本、論文、エッセーを含めて、英語、ドイツ語、韓国語、セルビア語の4カ国語に翻訳されている。これに中国語とオリジナルの日本語を入れると6カ国語になる。
なんかインターナショナルでしょ。
といっても、本人は韓国語、セルビア語、中国語は全部だめ、ドイツ語は大学時代にならったがほとんど忘れ、英語すらあやしい。
自分の語学力のなさを思うたびに、知人の語学の天才波津博明氏(元読売新聞記者、現大妻女子大学教授)を思い出す。彼は十数カ国語を自在にあやつり、セルビア語も話せる。
もう十数年前だが、わたしのセルビア人の友人と話すのを聞いて驚嘆したおぼえがある。
最近、たまたま、あるパーティで氏のご子息(某大手出版社勤務)と話す機会があった。「父は家のトイレの中にも単語帳を張って勉強しているんですよ」という話を聞いて、感心すると同時に、天才はやはり努力の賜物なのだと納得した。
自慢と愚痴がまざったへんな文章になってきた。
これもボースの翻訳のプレッシャーのせいなのだろうか。