子供の頃、遊行寺(時宗総本山)の境内で見たサーカスの中に不思議な演目があった。いわゆる足芸なのだが、中年の女性が寝転がって足の裏に障子を載せて立てる。そこに着物姿の若い女性が飛び乗り、あやういバランスを保つ障子に口に加えた筆で見事な文字を書くのである。
最後に障子の裏側に回ってきつねに変身すると、そのまま障子ごと空中高く舞い上がる。
文字は何と書いたか、どういう意味なのかもまったくわからなかったが、他の演目にはない怪しい雰囲気と、女性の思いつめたような恐ろしい形相が強く心に焼きついた。いっしょにいった家族の者がいたく感心して、「あれは「くずのは」だよ、「くずのは」」といっていたのも覚えている。
その後、昔、近所にサーカスが来てといった話しになると、なぜかそのシーンが真っ先に思い浮かんだ。ただ、「くずのは」がどういうものなのかはわからなかった。
謎が解けたのは、数年前に遊行寺にお招きした三代目若松若太夫の説教節を聞いてからだった。説教節の演目に「葛の葉」というのがあることは知っていたが、実際に聞いてみて、あの足芸が説教節の一場面を再現したものだとようやくわかったのである。
足芸の女性が書いた文字も理解できた。「恋しくば尋ね来て見よ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」。幼いわが子を置いて森に帰らねばならない母狐の悲痛を歌った有名な一首である。
そうとわかってかの日の足芸を振り返れば、なんと奥深い芸だったことか。
歌舞伎の「葛の葉」の舞台は観たことがないが、障子に和歌を書いて姿を消す場面があるそうだから、イメージは多分そこから借りたのだろう。くわえた筆で和歌を書くところから、狐になって舞い上がるまで、見事に構成された演出は日本の伝統芸能の深行きさえ感じさせる。まさに「アレグリア」も真っ青である。
最近のサーカスの状況はよく知らないが、あの足芸は今もどこかで受け継がれているのだろうか。もし、他の伝統芸能と同様、すたれてしまったとしたらなんとも惜しいことだ。
どこかで見たことがあるという人がいれば、ぜひ情報をいただきたいものである。 ――と、ここまで書いてインターネットで検索してみたら、70年以上にわたって上演されてきた木下サーカスのお家芸だということがわかった。(「川北新報」記事から)。そうそう子供の頃に観たのはたしか木下サーカスだった。
ベテラン団員の退団などから10年ほど途絶えていたことが、昨年の創立100周年を機に若手によって復活したこともわかった。これはよかった。
説経節の縁もあることだし、機会があればぜひ生の足芸「葛の葉」に再会したいものだ。
最後に障子の裏側に回ってきつねに変身すると、そのまま障子ごと空中高く舞い上がる。
文字は何と書いたか、どういう意味なのかもまったくわからなかったが、他の演目にはない怪しい雰囲気と、女性の思いつめたような恐ろしい形相が強く心に焼きついた。いっしょにいった家族の者がいたく感心して、「あれは「くずのは」だよ、「くずのは」」といっていたのも覚えている。
その後、昔、近所にサーカスが来てといった話しになると、なぜかそのシーンが真っ先に思い浮かんだ。ただ、「くずのは」がどういうものなのかはわからなかった。
謎が解けたのは、数年前に遊行寺にお招きした三代目若松若太夫の説教節を聞いてからだった。説教節の演目に「葛の葉」というのがあることは知っていたが、実際に聞いてみて、あの足芸が説教節の一場面を再現したものだとようやくわかったのである。
足芸の女性が書いた文字も理解できた。「恋しくば尋ね来て見よ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」。幼いわが子を置いて森に帰らねばならない母狐の悲痛を歌った有名な一首である。
そうとわかってかの日の足芸を振り返れば、なんと奥深い芸だったことか。
歌舞伎の「葛の葉」の舞台は観たことがないが、障子に和歌を書いて姿を消す場面があるそうだから、イメージは多分そこから借りたのだろう。くわえた筆で和歌を書くところから、狐になって舞い上がるまで、見事に構成された演出は日本の伝統芸能の深行きさえ感じさせる。まさに「アレグリア」も真っ青である。
最近のサーカスの状況はよく知らないが、あの足芸は今もどこかで受け継がれているのだろうか。もし、他の伝統芸能と同様、すたれてしまったとしたらなんとも惜しいことだ。
どこかで見たことがあるという人がいれば、ぜひ情報をいただきたいものである。 ――と、ここまで書いてインターネットで検索してみたら、70年以上にわたって上演されてきた木下サーカスのお家芸だということがわかった。(「川北新報」記事から)。そうそう子供の頃に観たのはたしか木下サーカスだった。
ベテラン団員の退団などから10年ほど途絶えていたことが、昨年の創立100周年を機に若手によって復活したこともわかった。これはよかった。
説経節の縁もあることだし、機会があればぜひ生の足芸「葛の葉」に再会したいものだ。