“尾張地方でも庶民の伝統文化だった抹茶を飲む習慣が廃れつつある。昔の家々では少し立ち寄った人にも抹茶をたて、縁側で茶わんを手に談笑する大人を見掛けたものだ。近年はたてるのが面倒だと言う人もいようが、毎朝我流で抹茶をたてる私からすると緑茶やコーヒーと手間に大差はない気がする。色鮮やかな緑を目で楽しみ、うまさと苦さの味わいを舌で感じている。
妻は茶道をたしなんでいるが、守らなければならない作法が多数あるようだ。茶の湯の世界と縁が深い「御深井焼」の有名な作家だった故加藤舜陶さんや千利休は「ただ飲めば良い」と言っていたとか。それなら現代らしく、自由な抹茶を楽しめば良いと私は思う。”(1月7日付け中日新聞)
愛知県春日井市の加藤さん(男・76)の投稿文です。抹茶文化は尾張地方独特のものであるのか・・・そんなことを聞いた気はするが、自信はない。でも、言われてみればそんな体験もある。ボクは海部地方に勤務していたことがある。仕事で訪ねると、まず縁側で抹茶を出されたことを思い出す。度々あった気がする。そしてボクの地域でも、寺院へ行けば抹茶がでる。報恩講などあれば抹茶を出すのが年行司の仕事である。これは今でもそうである。抹茶というとまずお茶の作法が思い浮かぶ。習ったことがない人はまず及び腰になる。ボクもそうである。茶碗を手前に回して、三口半などと不器用に見よう見まねではオドオドして、お茶を味わうどころではない。これをボクも長年してきた。知らないものは知らないのである。ここは下品と思われようと何と思われようと「ただ飲めば良い」と開き直った方が得策である。加藤さんが言われるように「自由な抹茶を楽しめば良い」のだ。つい先日ボクはこんなこともしてしまった。まず半分の茶菓子を食べる。そして抹茶を飲む。そして残りの茶菓子の半分を飲み、また残した抹茶を飲んだ。あれがボクの口に一番合っている。楽しくおいしく、これが一番である。