寺さんの【伝えたい話・残したい話】

新聞記事、出来事などから伝えたい話、残したい話を綴っていきます。
(過去掲載分は「付録」の「話・話」を開いて下さい)

(第3778話) 思い出投稿

2025年01月01日 | 活動
 “生まれ故郷である現長野県飯田市の菩提寺が発行する月報「寺便り」に1月から毎回、「思い出便り」と題してつづっています。小学生のときに学校の校庭でスクリーンを掲げて夜に映画を見たり、高校を卒業して名古屋に就職する日の朝に今は亡き祖母と一緒に泣いたり、社会人になりたてでいろいろ苦労したり・・・:。その都度、浮かんだエピソードをつれづれなるままに書いています。涙をこぼすこともしばしば。
 故郷には同級生をはじめ、多くの友人や知人がいます。少しでもわが駄文で、昔を想起させられたらとの一心で投稿しています。10月、兄の三回忌法要があった際、私の文を喜んでいる人がいることを住職から聞き、うれしく思いました。できる限り続ける所存です。”(12月3日付け中日新聞)


 明けましておめでとうございます。今年も続けていきます、ご愛読のほどをよろしくお願い致します。
 
 愛知県一宮市の近藤さん(男・81)の投稿文です。故郷の月報に毎月投稿する、いろいろな人があるものである。故郷を離れて60年以上経った人から、今の状況や思い出話を聞く。そこに住み続けた人から見たら、新鮮にみられるかもしれない。思いがけないことに気づかされるかもしれない。故郷の良さを改めて知ることになることもあろう。喜んでいる人があるのも頷ける。良い話と思う。
 一生同じ所に住み続けられるのも一つの幸運である。でも慣れて気づかないことも多かろう。ボクは結婚して11年ばかり離れていて、また生まれた土地に戻った。その間住んでいたのは分譲団地であった。大手企業に勤めている人が多く、比較的豊かな人が多かった。そして戻ったのは農業主体の田舎である。その落差にいろいろ驚いた。でも今思いだせば、それも体験であった。いろいろあるが、やはり故郷に勝るものはない。



(第3771話) 中学同窓会

2024年12月18日 | 活動
 “中学校の同窓会が10月、岐阜県美濃市で催されました。1966年に閉校となったものの、同窓会は数年ごとに開かれて、今回は7年ぶりでした。卒業生150人のうち半数近くが鬼籍に入り、皆高齢となったこともあって今回が最後の開催となりました。私も含め40人ほどが出席し、食事をしながら懐かしい学校生活を思い返しつつも、近況報告では自身の体調や家族の話題も出て互いに気遣いました。校歌を合唱しましたが、皆まだ歌詞とメロディーを覚えていて実に盛況でした。最後の幹事あいさつの一環として私は、音楽の授業で習った米国の黒人哀悼歌「オールド・ブラック・ジョー」を歌いました。中学校の仲間は永遠-。機会があればまた集まりたいです。”(11月19日付け中日新聞)


 岐阜県美濃市の沢村さん(男・80)の投稿文です。何とか終いが多くなりました。年賀状にこうした同窓会もそうです。そして80歳が一つの区切りのようです。他にも同じような投稿文がありました。沢村さんは7年ぶり、150人のうち40名が出席とあります。それだけの出席があればボクにはまだ続けてもいい気がします。
 というのはボクも今年11月30日に開きました。元々は108名、今回は35名に案内を出して21名の参加でした。そして今後も続けていきます。3年ほど前にこれを最後にしようと思いましたが、続くて欲しいという要望があり、それに応えることにしました。本当はボクは参加者があれば何人の出席者でもいいのです。ただいろいろな機会を持ちたいだけです。



(第3767話) サロン

2024年12月09日 | 活動
 “私の住む地区には、民生委員さんが自宅を利用して運営しているサロンがある。コーヒー、紅茶、ジュースなどが100円で飲めてお菓子がつくので、近所の人で賑わっている。私も利用することがあるけれど、お客さんは後期高齢者が多く、地域の見守りも兼ねているのだと思う。
 先日、友人とサロンで待ち合わせをしていたが、パートで遅くなってしまった。彼女は、その日初めてサロンに来たという80代のおじいちゃんと話し込んでいた。相席すると、2人の会話と言うよりは、おじいちゃんが話すことを彼女がただ聞いているだけだった。
 子どもは自立し、妻に先立たれて1人暮らしだというおじいちゃん。自分の仕事のこと、趣味のことを自伝を書くつもりかというほど盛り沢山の話だった。この世代の人は誰もが経験した戦争の出来事も、ずっと語っていた。私と友人は、黙って相槌を打つだけだった。
 高齢者の不安要素のひとつ、孤独になることは、誰かと繋がっていれば安心できる。社交的集会のサロンは、その不安解消の一端を担っているのかもしれないと思う。「あのおじいちゃん、きっとまた来るね」。私と友人は、そう確信したのでした。”(11月12日付け中日新聞)


 名古屋市のパート・寺沢さん(女・61)の投稿文です。自宅で、100円で茶菓を出す。何人位が参加されているのか、この文では分からないが、かなりの負担であろう。その負担はどこから捻出されているのであろうか、ボクには真っ先にそのことが気になった。
 ボクもサロンを主催しているので、その効用はよく分かる。ともかく高齢者は出かけること、そしてかなうならできるだけ話すこと。この投稿文はそれを伝えていると思う。初めて参加されたおじいちゃんは場所を得たとばかりによくしゃべった。周りの人はただ聞くだけである。それで十分である。ただこれが何回も続くようだと別の問題が生じる恐れがあるが。ボクのサロンでは男性の参加が少ない、これが課題である。



(第3761話) 平和祈り

2024年11月26日 | 活動
 “鶴を折り続けて30年になります。会社を定年退職した直後、愛知県岩倉市が、広島と長崎に千羽鶴を届けるための折り鶴を募集していることを知って、私もやってみたのが最初です。しばらくして1枚の紙に切り込みを入れて何羽かの鶴をこしらえる「連鎖」にも独学で挑戦しました。確か75歳前後のとき、15センチ四方の折り紙16枚を使って連鎖の数がちょうど千となるようにし、それを老人会の作品展に出したら銀賞に輝いたことがありました。手の込んだ連鎖は人気で友人や知人にあげたら喜ぱれましたが、年を重ねたため、最近は当初の折り鶴作りに専念しています。
 私は太平洋戦争の体験者。世界中で相次ぐ紛争やテロがなくなることを願いながら鎖を折っています。”(11月1日付け中日新聞)


 愛知県岩倉市の大西さん(男・95)の投稿文です。折り鶴を作り続けて30年、そして今95歳。連鎖も独学で学んで挑戦、千羽の鶴を作ったと言われる。きっかけは市の募集であったと言われる。きっかけはわずかなこと、そして続けることによって大業となる。これは何事も同じ、ボクがいつも言っていることである。折り紙というと女性のものと思ってしまう。これも大間違いである。こんなことに女性も男性もない。今までの先入観は邪魔である。
 ボクはサロンで、折り紙が得意な知人に来てもらって、もう4回ばかり折り紙教室を開いてきた。ボクには全く難しい。何事も一朝一夕でできるものではない。根気である。根気があれば大方のことはある程度までできるようになる。



(第3733話) 体操

2024年09月30日 | 活動
 “近所の知人の誘いで5月下旬から毎日、町内会が区民会館広場で催している朝のラジオ体操に夫と参加しています。爽やかな空気を吸って体を動かせば心地よい満足感に浸れます。ラジオ体操の参加者20人ほどの大半が中高年。首に下げる出席カードに参加ごとにはんこを一つずつ押してもら、それが15個以上になると、ご褒美として会館で月に1度開かれるお茶会の参加券がもらえます。日々の体操に加え、お茶会にも顔を出し、家族や天気、スポーツなどでのおしゃべりに興じられ、私も夫も随分明るくなった気がします。この先も、皆さんへの感謝を忘れず、夫と元気に通い続けたいです。”(9月3日付け中日新聞)


 愛知県豊田市の主婦・市川さん(76)の投稿文です。ラジオ体操についてはもう何度も取り上げた。こうして毎朝地域で行っている例も紹介した。しかし原田さんの地域はその続きもあるのである。出席カードにスタンプも押す。これはボクも今年の夏休みの体操で実施した。子どもと一緒に大人も押したのである。皆結構その気になって押してもらっていた。子どもには出席回数に応じて景品を渡したが、大人は皆一律にした。原田さんのところは15回の出席でサロンの参加券が貰えるという。そういう方法もあるのか、ボクには非常に参考になる。ボクはサロンも主催しているのである。今、サロンの参加者は減り気味である。特に男性は少ない。これで誘ってみるという方法はある。来年に向けて考えてみよう。知恵は生きている間にしか使えない。



(第3726話) 伝統行事 

2024年09月15日 | 活動
 “わが集落では「お日待ち」と題し梅雨明け直後に催された伝統行事がありました。半世紀ぐらい前は自治会の組長宅で催されていました。用意されたおけの水で清めてから、長老がおはらいして天照大神の掛け軸の前で祝詞を唱え、農作物の豊かな実りと住民の健康を祈りました。酒を酌み交わしながら夜遅くまで仲間と世間話に興じていました。時は流れ、近年は簡素化され、料理店に同じ組の20人ほどが集まって食事を取るだけとなっていました。しかし新型コロナウイルスの影響で5年前を最後に中止になったままです。寂しい限り。来年こそは再開してほしいです。”(8月16日付け中日新聞)


 岐阜県美濃市の農業・猿渡さん(男・80)の投稿文です。ボクの村にも似たような行事があり、似たような経過をたどっている。ボクのところでは「お七夜」と言って12月であった。親鸞聖人の命日にちなんだ行事である。講組の家を順に宿とした。町内会の組と同じ組み合わせであった。全家庭が浄土真宗であったので問題はなかった。ところが新しい人が入ってくる。宗教も違ってくる。仏壇のない家も出てくる。少しずつ形を変えていく。そして宗教抜きの町内会組織となり、全くの親睦会となっていった。場所も家庭から料理屋となっていった。そしてコロナ禍で一時中止となったが、昨年からまた復活した。猿渡さんの地域と同じである。
 町内会の一つの組の年1回の顔合わせである。これがなくなると、親睦の機会はなくなる。貴重な場である。ところが高齢になりこの会に出席できない家庭が出てくる。今21軒のうち5軒が出られない。そして出席する人の中でボクが最年長者になっている。いずれ出られなくなるだろう。その時この親睦会はどうなっていくのであろうか。



(第3713話) 体操で交流

2024年08月18日 | 活動
 “地元の高齢者や子どもら20人以上と毎朝、近所の公園でラジオ体操をしています。ある高齢夫妻が持参したラジカセを使って散歩の合間に体操をしていて、私も含めた他の住民がそれに加わっていき、二十数年続いています。私は少し早めにその場に行き、友人と好きなプロ野球チームの試合や地域の話題を語り合うのが常です。春には公園内の桜の老木2本の前で花を楽しみながら朝食の弁当を広げました。
 東京から愛知県日進市に引っ越して40年。同時期の移住者は多く、皆気兼ねなく過ごせるのがここの良さです。この先も仲間との絆を深めつつ、体操を通じて健康寿命を延ばせたらと考えています。”(7月22日付け中日新聞)


 愛知県春日井市の本田さん(男・87)の投稿文です。毎朝近所の公園で、もう20数年ラジオ体操を続けている。毎朝、子供もいるといわれる。本田さんは87歳である、素晴らしい。時折聞く話ではあるし、ボクも関心があるが、自分のところでそれを想定することは難しい。
 ボクのところでは、朝のNHKラジオ体操に合わせて、今年は夏休みの17日間、寺院主催で行った。老人会が協力している。そうだから実質ボクが中心になっている。もう何十年と続いていることであるが、老人会が協力するようになっては8年目である。毎年参加者が増えていて、今年は平均大人20人、子供40人位であった。昨年から、出席回数に応じて鉛筆を配った。最終日、皆出席の子供さんに階段上に上がってもらった。何と14人いた。ビックリである。皆出席したいという子供さんの声に、家族旅行を延期したという声も聞いた。子供さんを相手にしていると、こちらも楽しくなる。ボクの村ではこんな状況であるが、年中大人を集めて、と言うことを考えると難しい。まずはボクがほとんど出席しなければならない、と言うことを考えるだけでも声が出せない。



(第3710話) 里山整備

2024年08月11日 | 活動
 “地元の工業団地周辺で里山が整備されることになり、4年前、それに関わるボランティア団体が結成されて、私もメンバーとなった。以降、50~80代の仲間20人と月に1度活動している。教師や市議、銀行員などと仲間の経歴は多種多様。話をするだけで視野がぐんと広がった気がする。まずは皆で協力して山の木を切り出して、標高353びメートルの山頂までの登山道をつくった。展望台を建設するための資材運びも手伝った。それから山道沿いにベンチや案内看板を設けた。里山での景観を楽しめるよう、視界を遮らないための伐採を続けている。桜やツツジの植栽もしている。
 私は5月からボランティア団体の副会長。里山整備を通じた地域活性化に貢献すべく頑張る所存だ。”(7月13日付け中日新聞)


 岐阜県土岐市の伊藤さん(男・72)の投稿文です。里山を整備する団体が結成され、それに参加された伊藤さんの投稿である。地域住民がこうした団体を結成することは、本当に素晴らしいことである。誰もが何かで地域に貢献する。この積み重ねが地域の力、魅力になる。これは人のためにもなるが、大きくは自分の為である。豊かな地域で過ごせることは幸せである。
ボクも働いていた頃、県立公園の整備団体に加わったことがある。また環境整備のNPO法人に加入していたこともある。今はそれらは止め、その代わりが老人会や歩く会である。こうしたことに関われて本当によかったと思っている。



(第3695話) 読み聞かせ

2024年07月10日 | 活動
 “娘と息子が通った小学校で読み聞かせのボランティアになって14年目に入りました。22歳の娘が小学校4年生のときにボランティアを募集していて立候補したのです。
 読み聞かせの活動は月に2度。低学年向け、高学年向けに催され、私たちが季節の話題や学習内容に沿って選んだ絵本を15分ぐらい読んで聞かせています。児童の思いがけない反応に接することもままあり、選んだこの私が、絵本の魅力に改めて気付くこともあって、まさに発見の連続です。娘と4学年下の息子が在籍していたときは校内でのわが子の様子にも触れることができ、とても貢重な機会になりました。
 高校を卒業して社会人になった娘も読み聞かせのボランティアとなり、私と一緒に学校を訪ねることもあります。親子で、次代を担う児童の健全育成に貢献できたらと思っています。”(6月15日付け中日新聞)


 三重県鈴鹿市の主婦・中島さん(51)の投稿文です。小学生に読み聞かせが始まったのはいつ頃からであろうか。ボクの娘が子供の頃には聞かなかった。聞いていたら妻はやったかもしれない。良い活動だと思う。聞く児童はもちろん行う大人にも、中島さんが言われるように良い効果があるだろう。そしてこの読み聞かせボランティアを中島さんの娘さんも始められた。親子共演である。何という良い親子だろう。羨ましくなる。こんな親子もあるのだ。折角始められたいいことである。長く続けられることを祈りたい。就職して始められたのだから、就職は問題ではなかった。次は結婚だろうか。うまく乗り越えてほしいものである。読み聞かせは結婚もあまり問題ないと思う。



(第3680話) 用水さらえ

2024年06月09日 | 活動
 “田植えが始まる前の4月、田に水を送る川の土砂を取り除く川さらいがあった。わが地区でも高齢化は進み、農業をやめてその地の運営を他の農家に頼んだり、休耕田にしたりするケースも少なくないが、例年、この川さらいだけはそうした事情に関係なく、田を所有する全家庭に声をかけて実施してきた。たいていどの家々も快諾し、高齢の親の代理として参加する子どももおり、今年は40人以上で作業した。長靴を履いて水に入り、膝元まで漬かりながら土砂を除去した。作業は2時間半ほどで終わった。
 私は今や自家米を栽培するだけとなった。皆さん同様、秋には多くの米が収穫できることを願っている。”(5月14日付け中日新聞)


 滋賀県米原市の江竜さん(男・79)の投稿文です。「川さらえ」とは、また農村地帯らしい話である。町の人には無縁であり、何のことか分からないではなかろうか。田植え前に、水が流れやすいように用水路を清掃することである。ボクのところでは農業実行組合があり、その会員が担っている。江竜さんの地区と同じように実際を米作をしている人は数人である。その数人の人に多くの人が委託している。でも用水さらえは、委託している人も奉仕に出かけるのである。今年も4月に行った。皆の顔が見えるいい機会である。
 ボクの家は、父が亡くなってすぐに近くの人に委託した。もう40年も前のことである。当初は、1反当たり1俵の米を頂いた。その後だんだん減り、最近は0円である。でも固定資産税と用水負担金は払わねばならない。完全に赤字である。負の遺産である。こうした地区は、この先どうなっていくのであろうか。そのうち米不足ということにならないだろうか。国はこうした現状をどう捉えているのであろうか。