goo blog サービス終了のお知らせ 

寺さんの【伝えたい話・残したい話】

新聞記事、出来事などから伝えたい話、残したい話を綴っていきます。
(過去掲載分は「付録」の「話・話」を開いて下さい)

ブログの変更(その2)

2025年05月16日 | その他
ブログの変更について昨日も書き込みましたが、その後gooブログの引っ越しが完了した報告がありました。確認してみると、gooブログに書いた1800話ほどが無事移転されていました。これで今後の書き込みはamebaブログのみにします。

寺さんの【伝えたい話・残したい話】

読んで頂ける方は、このURLをお気に入り等に入れておいて下さることをお願いします。

ブログの変更

2025年05月15日 | その他
ここにも案内されているように、gooブログが終了になります。他のブログへの移転が勧められ、gooからAbemaへ移転手続きを終えました。すでに2話書き込み、過去のものも近々移転されると思います。ご購読の皆さまには、今後は以下のブログを見てくださるようご案内します。

 寺さんの【伝えたい話・残したい話】

これからも可能な限り続けていきたいと思っていますので、ご購読、ご支援のほどよろしくお願い致します。
 

(第3840話) 思い込み

2025年05月12日 | 出来事
 “コインランドリーで、洗った衣服を洗濯機から取り出そうとすると、中は空だった。洗ったのは孫たちの体操服や給食当番用のエプロンなど。お店の人に話すと、私が洗履物を入れて外に出ていた間、その洗濯機を使った人がいるとのことで、呼んできてくれた。その人によると、洗濯機は既に空だった、との話だ。
 エプロンなどには名前も書いてあるので、お店の人に連絡先を伝え、対処を委ねて帰宅した。30分後、自宅に電話があり、洗濯物は戻ってきた。やはり、私の後に使った人が、空だと思って自分の洗い物を入れたらしい。私も70歳を過ぎた。思い込みには注意したいとつくづく思った。”(4月17日付け中日新聞)


 愛知県蒲郡市の主婦・明石さん(71)の投稿文です。名前が書いてあり、後に使った人も分かり、無事戻ったことはまず良かった。ボクはコインランドリーに行ったことがなく、どのような仕組みになっているか知らない。このように追跡できる仕組みになっているのだろうか。
 思い込み、これは高齢になればもう度々であろう。いちいち例を挙げていたらキリが無い。勝手な判断である。思い浮かぶ領域が少なくなっているのだろう。これを老化というのである。老夫婦、それをいちいち告げていたらお互い不機嫌になってしまう。黙って見逃すか、直せるものは黙って直しておく。ボクはそのつもりでいるが、妻はどちらかと言うとうるさい。いちいち言うな、とつい言ってしまう。言われると落ち込んでしまう。これでは良い方向に向かわない。とボクは思っているが、これも思い込みであろうか。



(第3839話) 置き手紙

2025年05月10日 | 出来事
 “私は、公共施設で清掃業務に携わっています。最近は、性別に関係なく等しくさまざまな仕事につける機運が高まっており、男性の私も女子トイレの清掃に当たることが増えてきました。他に男性スタッフが1人います。男性が女子トイレを清掃する場合は、入り口に「男性作業員が清掃しています」との文言を入れた表示板を立てます。
 ある日、女子トイレの洗面台を拭き掃除していた時、台の上に目を向けるとメモのようなものが置いてあるのに気づきました。メモには「いつもきれいにしてくださり、ありがとうございます」と書いてありました。
 私を含め清掃のスタッフは10人いますが、今回のような丁寧なメッセージを見たのは初めてでした。他のスタッフや上司に報告したら、とても喜んでくれました。メッセージをくださった人への感謝の気持ちを忘れず、清掃の仕事に励みたいです。”(4月17日付け中日新聞)


 愛知県阿久比町のパート・庄さん(男・70)の投稿文です。世の中変わってきたなと言うことのいい例でしょうか。男性がトイレ掃除をすると言うことがまずなかった。男性がするようになってまずは男性トイレに限られていたと思うが、それがいつしか女性トイレにもなった。そして感謝の置き手紙である。嬉しかったであろう。
 性別で理不尽に仕事が区分されていたことはおかしい。仕事も同じようになったことは喜ばしいことであろう。人口減少時代、どこも人手不足なってきた。この面からも性別などとは言っておられなくなったのであろう。でも男のボクでもトイレ使用中に清掃をされるときには気になるものです。女性トイレ掃除を男性がすることに、女性はどのように思われるのか、聞いてみたいものだ。



(第3838話) 高遠城址公園

2025年05月08日 | 行動
 “長野県伊那市の高遠城址公園で、「天下第一の桜」と称される約1500本のタカトオコヒガンザクラが見ごろを迎えている。寒波などの影響で平年より2日遅い4日に開花した。満開は11日ごろの見込み。
 タカトオコヒガンサクラは、小ぶりで色濃い花が特徴。園内では、高遠城跡や央アルプスの絶景と一緒に記念撮影するなどして楽しむ人たちの姿が見られた。午後6~10時は桜のライトアップもある。
 昨年の有料入園者数は約10万7千人。混雑緩和のため、今年から入場料を事前決済できるデジタルチケットが導入された。名古屋市から来た会社員加藤直人さん(60)はどこを見ても桜が咲いていて、包まれているよう」と満足そうだった。”(4月11日付け中日新聞)


 「通風筒」という記事欄からです。ボクはこの4月11日に高遠城址公園に行ったのである。出かける前にこの新聞記事を読んだ。ワクワク気分で出かけた。そして、全く満足して見て回った。天下第一、と言われるわけである。天気も良く大変な人出であった。
 今年は何度も花を観賞するツアーに出かけた。河津桜は2回行ったがともに全く咲いていなかった。 しだれ梅、しだれ桜、花桃等も見に行った。いずれもツアーで、かなり前に申し込んでいる。花の開花状況を見て出かけるわけではないので、ツアーはここらが辛いところである。



(第3837話) 「量少なめ」

2025年05月06日 | その他
 “1月11日付本欄「完食 無理せず済むよう」にとても共感を覚えました。私たち夫婦は70代になり、少しずつ食が細くなってきました。たまに外食に出かけても、店のメニューの量では食べ切れない場合があります。食べ残して廃棄されるのはもったいないと考え、そんなときは注文するときに、ご飯の量を少なめにしてもらうようにしています。
 ごく一部の店ではメニューの中で「ご飯少なめ」という設定がしてあり、その分、料金設定を抑えている場合があります。そういう店では、迷わず「少なめ」を選んで少し得した気分に浸っている次第です。社会問題となっている「フードロス」は本来食べられるのに捨てられてしまう食品。こういう店に対してはフードロスヘの対応を感じることができ、好感が持てます。体に優しく、財布にも優しく、フードロスの軽減に貢献する店が増えることを願っています。”(4月11日付け中日新聞)


 岐阜県関市の藤井さん(男・76)の投稿文です。歳を取ると食が細くなる、当然である。動かなくて食べていれば太るだけである。動きが少なくなれば細くなっていいのある。そして店では一品同じ値段である。そこでご飯の量を減らすことによって、値段も安くする。考えて見れば合理的で当然あっていいことであるが、最初に気づいた人は素晴らしい。そして、フードロスを減らす。ものを、特に食べ物を大切にしてきた我々世代にとって、フードロスはもっての外である。床にこぼしたものも拾って食べる、それが我々であった。
 ボクは若いときから大食らいであったが、今でも食は太い。妻と行くと、半分近くがボクの器に移される。それでボクは満腹気分に浸れる。妻と行くと調子がいいのである。ところが最近困ったことも起きている。ご飯の小が安くなった分、大が加算されるのである。



(第3836話) ボッチャの魅力

2025年05月05日 | 活動
 “2021年の東京パラリンピックでのボッチャの個人競技で、日本勢が金メダルに輝いたことは今も鮮明によみがえります。先日、名古屋市内の市民団体が主催するボッチャの大会に出場し、競技を初体験してきました。ボッチャは、赤と青のチームに分かれ、白色の球に、それぞれの球をどれだけ近くに投げられるかを争う競技です。私は緊張しながら、直径9センチほどの赤の球を投じました。チームの仲聞から「ナイス」と声を掛けられると、心地良かったです。
 ボッチャは性別や年齢、障害にかかわらず楽しめて、出場者同士のコミュニケーションが深まるスポーツだと思いました。理想的な生涯スポーツとして、多くの人にボッチャの魅力を知ってほしいです。”(4月11日付け中日新聞)


 名古屋市の坪井さん(女・86)の投稿文です。ボッチャは障害者のスポーツとして始まったものだと思うが、今では高齢者始め広く知られるようになったのではなかろうか。というのは、ボクはサロンでときおり行っているのである。一宮市老連ではボッチャを購入し、普及を始めたのである。それをボクは時折借りてくる。そしてここ数年サロンで毎年行うようしてきた。ゲームである、やっているうちに皆夢中になってくる。サロンは公民館の2階でするが、ルールはその場所にあったものにすればいい。今年もまず6月に計画している。
 そして昨年は、児童クラブに出かけて行った。ボクのサロンで行っていることが伝わって、夏休みの行事の一つとして依頼があったのである。やっていれば思いがけないことが舞い込むものである。この時初めてボクは児童クラブなるものを覗いたのである。



(台3835話) 断水

2025年05月02日 | 出来事
 “先日、自宅マンションの給水管劣化診断調査に伴う断水がありました。マンションでの暮らしも30年が経過し、水道管の劣化状態を調べるためで2日間にわたって断続的な断水が合計8時間ありました。生活に困らないように、普段より早めに家事を済ませたり、トイレの水を流すために風呂の残り湯をためたり、手洗い用として水道水をペットボトルに入れたりして備えました。
 長時間に及ぶ断水は初めての経験で、緊張しました。日中、家にいるのは自分一人なので何とかなりますが、子育てや介護をされている人はとても大変だったに違いありません。蛇口をひねれば当たり前のように出る水のありがたさが身に染みました。何事もなく2日間が過ぎ安心しましたが、日々大量の水を使っていることを反省しました。環境のためにも節水を心がけたいとも思いました。”(4月8日付け中日新聞)


 愛知県岡崎市の主婦・柴田さん(53)の投稿文です。4月21日付け「話・話」 第3830話では停電の話であった。今度は断水の話である。共に生活インフラとしては重要なものであるが、水は電気よりも重要な気がする。人類が始まって電気は後の発明物であるが、水は生命が生じてからの必要物である。水なしでは人間は生きていけない。それが2日間止まった。それがこの騒ぎである。たったの2日間である。これが1週間であったり数ヶ月であったらどうなったであろう。ところが災害では起こりうる。今の時代、まもなく救援がくる。でも数日間の蓄えはしておきたいものである。それと電気と比べると、水道の復旧は時間がかかると思う。