旅人労働者~気づくのが遅すぎて(鹿児島県→千葉県編) 

今回は千葉県のいろんな場所をドライブしたり、城跡を探索しようと思います。(前回の旅、鹿児島編から6年後)

鹿児島県・曽於市(旧・財部町)の旅 第10回

2016-12-31 18:48:37 | 10.鹿児島県・曽於市(旧・財部町)の旅

こんにちは。トルニンです。

旅10回目の今回は曽於市最終章となる旧・財部町になります。

原付バイクなのでいよいよ距離的にきつくなってきますが

気合で何とか乗り越えたいと思います。





霧島市との境に近い財部町の外れからスタートです。

場所は南俣の帯野付近、県道482号線に繋がる道路(アイショップ近く)です。

旧・財部町は霧島連峰にも近いことで地形的に

以前の旅とは変化が出始めると思われます。



どんな景色や様相が現れるのか。とても楽しみであります。

まず最初の目的地は現場からも近い、陣が丘という場所を目指したいと思います。





陣ヶ丘公園。人が全くいないが公園内は草も刈られ整備されている。





高いところから見下ろすというのは

いつ見てもいいもの。





個人的に今旅一番のベストショット。

この青空と自然に囲まれた山々の中を鳥のように飛び回りたい。





県道482号線。のどかな田舎風景が広がる。





県道482号線を進み、馬立地区付近で財部中心地方面ではなく、

荒川内・大峯・大川原方面へと進路を変更する。

こちらの方は財部でも標高の高い地域になり

中でも白鹿岳は603,9メートルの財部一の標高が高い山となっている。





平田三五郎の墓と伝えられる地。

三五郎は1599年に島津氏と伊集院氏の間で起きた

庄内の乱で殉死した若き武士。





庄内の乱といえば、旧・大隅町の旅で訪れた日輪城跡の歴史にも登場した戦乱。

曽於市一帯は関が原の戦い前の前哨戦として

徳川方と石田方の代理戦争の地となっていたことがわかる。



結果、庄内の乱は島津氏が勝ち、関が原では西軍として現地にも登場するが

兵数は2000人(だったかな?)程度しか連れて来れなかったのは

朝鮮出兵や庄内の乱の負担や処理が尾を引いていたのだろう。





平田三五郎とそのおじ、宮内式部の墓。

中央が三五郎、左側が式部の墓とされる。





三五郎の墓を去り、お次は大峯・大川原方面を目指す。

画像は荒川内地区付近の風景。





荒川内と大峯の中間ぐらいの場所。

辺りは山間部で民家はほとんどない。

道路は狭く、心細い気持ちになる。



こんなところでバイクが故障したら怖えーな。

祈る気持ちで運転をしていた。





大峯地区の一風景。

どこにでもある普通の農風景。





山林地帯を走行中、あまり見たことのない花?が生えているのを発見。

何の植物でしょう?





県道491号線。大川原方面に向かうため北上。

ふと、目の前に崖と大穴が現れた。

シラス台地のせいなのか、曽於市は特にこういう地形が多い。





県道491号線は全体的に道が狭い。

通行の際は対向車にお気をつけて。





県道491号線が終わると同時に右折して県道2号線へ。


すると、ちょっと派手な小さな小屋が見えた。

近づいてみるとラーメン自動販売機と書いてある。

隣を見るとラーメン屋があったが、ここのラーメンを食える自販機と思われる。

ちなみにラーメン屋は改装工事のようで営業はしていなかった。





卵の自販機のような形式で

商品がナイロン袋に入っている。

3食入りとなっているが麺が3人前あるのだろうか?

液体スープなのか、粉末スープなのかはわからない。



拙者はお金に余裕があまりなかったので見送ることに。






ラーメン小屋を後にすると

すぐに別の大きな拠点が見えてきた。



山の駅・きたん市場。

地元の農産物や民芸品などが売ってある。

飲食施設もあり、そばやうどん等などを召し上がることができる。





何も買わずに出てくるのも悪い気がしたので、

農産物でも買ってくことに。



画像は京芋という長い里芋のような芋。

私は最初、これをタケノコだと思って、

店員さんに国産タケノコがこんな安く売ってるなんて驚きますねと言ってしまった。





そお街道。基本、この道路は直線が多めで

信号が少なく車どおりも少ない。

ドライブには最適な道路である。





そお街道、南下中に現れた倉掛トンネル。





そお街道、南下中に現れた第二のトンネル、日光トンネル。

画像も名前どおり日光が照りつける。





日光神社。境内は結構広い。





久々に美しい参道。心が研ぎ澄まされる。

(本殿の画像は撮るの忘れた)





再び、そお街道。直線が多く車も空いてて本当に走りやすい。

時間短縮に便利な街道である。





県道482号線。午前中通った482号線の部分は反対方向に行くとある。

ちょうど財部町左半分を周回した感じだ。





次なる目的地は財部(たからべ)温泉。

現在地は県道108号線に切り替わっている。

相変わらずのどかな風景が広がる。





県道108号線沿いにいたヤギのファミリー。

子ヤギがこっち見てます。





たからべ温泉。

大浴場の他、休憩場、フードサービス、おみやげ屋、

マッサージ&トレーニングルームなどがある。


良い湯でした。





たからべ温泉のすぐ隣りにある

公園に展示されている戦後に活躍した読売新聞社の取材機





澤田神社。規模は小さいがなかなか素敵な境内。





温泉入って腹も減ってきたところで飯屋探し。

財部駅に麺類の店が。うどん系かな。





煮込みハンバーグ定食を注文。

ここは麺類メインの店で洋食でもうどんがついてきた。

俺こういうの好きだわ。何でもありなところが。

店のおばちゃんの愛想も良かった。

狭い駅舎内にある不思議な居酒屋のようなつくりの変わったレストラン。

日曜日のせいもあるかもしれないがめっちゃ混んでた。





県道2号線。いよいよ最終目的地、大川原峡や溝ノ口洞穴を目指すが、2号線道沿い付近にある熊野神社をまずは行くことに。





道に迷い、熊野神社を見つけられず。

鳥居があったと思ったら西村馬頭観音が祭られているところだった。

参拝して再び探すことに。

ちなみにここで停車中、原付バイクが倒れるという事件が。

安定していない地面に停めたのがまずかったか。

故障はなかったものの、

ガソリンが若干給油口から漏れたので座席収納が臭くなった。

馬頭観音様の祟りじゃないだろうな。

特に失礼なことはしていなかったと思うが。





馬頭観音から20分。ようやく見つけた熊野神社。参道は坂で結構足にくる。





熊野神社境内と本殿。





県道105号線。大川原峡の入り口でもある。





透き通った水に美しい渓谷。水も冷たいんだろうな。

魚はいるんだろうか。ヤマメとか。

でも鹿児島だからどうだろう。





大川原峡といってもいくつかエリアがあるので、

まずは悠久の森という場所に行ってみました。

悠久なんて言葉、ゲームでしか聞いたことがないような言葉だな。

どんな森でしょう?





悠久の森にあるとある滝。

マイナスイオンが出てるのでしょう。





ベストショット。まさに原生林のような神秘さを感じる光景です。

仙人や珍獣が出てきそうな・・・

うーむ。素晴らしい。確かに悠久の森だ。

ゲームとかに出てくる神秘的な森を

現実世界にしたらこういう感じなんだろうな。





悠久の森を離れて、少し移動しお次は桐原の滝という場所に。

これまた綺麗な川と迫力のある滝ですな。

下を覗いたらたくさん魚影が見えたが何の魚かな?ヤマメだといいな。





桐原(きりはら)の滝をズーム。

滝の連合軍という感じ。





さらに場所移動。次は3連轟というスポット。

かなり深そうな淵である。

ここには大物の魚がいそうですね。

大川原峡では釣り自体は出来るみたいだけど

この場所は観光名所だけに釣りはやっちゃダメかも・・・

特に禁止の看板はなかったけど。





最後の目的地、溝ノ口洞穴を目指すも3連轟からの道路が

通行止めになっていたため迂回することに。

距離短縮を狙って変な道を選んでしまい

道路がアスファルトからコンクリートになって、更に砂利道へと降格。

原付バイクのタイヤのダメージは半端ないことに。

(後日パンクが判明し車を買うきっかけになるとはこの時知る由もなかった)





砂利道を苦戦しながら抜け出し、ようやくたどり着いた溝ノ口洞穴入り口。

洞穴なのに鳥居がある。





でかい洞穴の口が見えてきた。これはどう見てもダンジョンです。





全長224メートルもあるのだとか。

そうとう広い洞穴らしい。

自然が造ったというのだから凄い。中はどうなってるんだろう?





なるほど。鳥居があったのは観音様がいるからですね。

しかし、中は全くの暗闇で怖い。

そしてなぜかカメラの画像が不調に。






洞穴内に入るもめっちゃ暗い。

携帯の明かりしかなかったので、正直20メートル進むのが限界だった。

洞穴側から入り口を写した画像。

悠久の森と同じく神秘的な光景ですが

画像はピントがずれています。すいません。

しかし、それが自分のせいなのか、カメラの不調なのかはわかりません。

それとも・・・・





洞穴の奥が全くわからなかったので

カメラのフラッシュをたいて中を調べてみた。

すると写っていたのはよく心霊写真なんかで出てくるオーブが多数。

いや、これは埃だ。そう信じたい。





気味が悪くなり逃げるように溝ノ口洞穴を後にし

県道106号線に。

これで後は帰路に就くだけだがお土産を買ってこうと思い、

道の駅・たからべによってからにすることに。





道の駅・たからべ。

どういうわけか、店内は店員以外誰もいなかった。

道の駅・すえよしはとても混んでいたのに。

この差はいったい・・・・





道の駅・たからべのスタンプ。



今回の旅、曽於市シリーズ最終地である旧・財部町は無事終わりました。

財部は末吉や大隅と比べ、自然スポットが盛りたくさんありました。

夏は特に涼しそうで良いかもしれませんね。



曽於市万歳。楽しい旅をありがとう。



大隅のOXポークステーキ、末吉の柚子ハチミツソフトクリーム、

財部の煮込みハンバーグ定食。



全部食べ物だが(笑)、

やっぱり食べているときが一番幸せで印象に残ったトルニンでした。



次回は肝付町(旧・高山町)の旅に決定。




鹿児島県・鹿屋市(旧・串良町)の旅 第9回

2016-12-31 05:20:01 | 9.鹿児島県・鹿屋市(旧・串良町)の旅



こんにちは。

第9回目となる旅は鹿屋市・旧串良町になります。



第7回目で旅した東串良町のお隣ですが

旧・串良町は合併して鹿屋市に編入されました。

そんな旧・串良町を旅していきますが、

今回は旧・串良町以外の鹿屋市の一部も旅しようと思います。



鹿屋市中心部と旧・輝北町の間に高隈~祓川地区があるが

旧串良町に近いことと鹿屋市中心や旧・輝北町の中間点であることから旧串良町の旅の行程に入れることにしました。





そんなわけで今回の旅の最初の目的地は大隅湖(高隈ダム)。

旅のスタートは大崎町にある道の駅・野方あらさのに近い

県道551号線からになります。



先週に引き続き快晴であります。気持ちいい^^





県道551号線は車はほぼ皆無というほど通りません。

道路状態は凸凹がたまにあったりしてそんなに良くないです。





高隈・上別府地区付近。

見晴らしのいいY字路である。





高隈の信号近くにある中津神社。

犬が吠えていて少々うるさかったが

雰囲気事態は悪くはない。





境内の様子。

石階段は苔が多く滑りやすい。

参拝後、下るときに半分こけた。

(おお神よ。私の日ごろの行いは悪いというのですか?)





高隈地区にある。大隅湖(高隈ダム)。この辺はシラス台地なので

やはり天然の湖ではない。

それでもやはり多くの水を蓄えるその姿は

鹿児島県ではなかなか見られないのだから希少である。





ダム湖周辺にはいろんな施設があります。

ただ、現在は台風での被害?もありフラワーロード(湖西側の道)は工事中で通行止めになっていました。看板地図では下面の道になります。





フラワーロードは通れなかったので県道71号線沿いを通りながら

大隅湖を半周。

画像は、北西側にある、民俗館の外観。

どこかの中学か高校の吹奏楽部が来ていて

何となく気まずい雰囲気なので施設の近くには行かなかった。





民俗館の入り口付近の画像。

ちょっと芸術的な造りの建物です。





大隅湖からの放水の様子。

画像だと、白いペンキを塗ったみたいだが

水が流れています。





大隅湖を後にし、国道504号線を通って串良町方面へ。

がその前に祓川町付近も通過したいので

県道553号線を目指します。





県道553号線。

鹿屋市の台所ともいうべき一大農園地帯。

鹿屋市どころか大隅半島随一の面積を誇るであろう広さである。



そして、この県道のもう一つの特徴は驚くべきほどの直線の長さなのである。

まるで北海道のような碁盤目状に道路が広がっている。

地図を見ればよくわかるだろう。







10km程は続くであろう直線。

おまけに車は少ないので

スピードを出したくなる衝動に駆られるが

制限速度を遵守しましょう。





県道551号線途中にあったコンビニ、アイショップ。

地元に根付く中堅コンビニだが

ここのコンビニは一味違う。





なんとイノシシ肉が売ってるとのこと。

コンビニでシシ肉を販売するなんてさすが鹿児島。

いや大隅半島とも言うべきか。





右折して県道550号線。

このまま進むと再び国道504号線に入る。

旧・串良町の旅だがこの辺はギリギリ鹿屋市本土の辺境地帯である。





広い場所と思いきや突然山林が出てくるのも大隅半島ならでは。

大隅半島の盟主・鹿屋市といえど

一歩外れればそこは密林なのである。





再び国道504号線。

ここは祓川町という地区になる。

高隈地域と鹿屋市中心部の中間地帯。







祓川町付近の風景。

のどかである。





突然、コスモスの道。ピンクのコスモスが多数あるのでまさに秋の桜である。





高隈山であろうか。大きな山々が連なる。





県道67号線。

この道も県道553号線と同じく直線が長い。





県道67号線を進み、途中、細山田の交差点を国道269号線に向けて右折すると

付近に土持掘の深井戸という史跡がある。



とても深い井戸で人間の力では底から水を持ち上げられないという。

当時は牛などを使って引っ張っていたそうな。

シラス台地とう水を確保するのが難しい土壌では、

この深井戸の存在は当時から生活になくてはならない存在だったのであろう。







落ちたら間違いなく即死であろう。

夜は貞子とか出ませんように。





国道269号線を途中佐折し串良町内部へ。

十三塚交差点を南方面に進み上小原(柳谷)付近の風景。





上小原 風景その②





上小原(柳谷付近)から下小原方面へ。





県道73号線。北上すると串良町の中心部に到達しそこで73号線は終わる。





県道73号線沿いにある、下小原池。

釣りをしている少年などもいた。



前回の旅の中岳ダムや今回、午前中に訪れた大隅湖(高隈ダム)は

人工的に作られた水溜めにすぎない。

だが今回は天然の池の様相を示している。

だとすると鹿児島県初の自然の湖沼である.





いかにも野池といった具合だが、

近くにはバンガローや貸しボートなんてのもある。

こういった施設が普通の野池にあるのは

シラス台地の影響で池の少ない鹿児島では希少価値が

相対的に他県と比べ高くなるからであろう。





池の駐車場にあった旧・串良町マップ





串良公民館。

かつてはすぐ近くに旧・串良町役場(2009年に解体)もあったと思われる。

さらに後ろの山は鶴亀城跡本丸がある。(本丸以外は消滅。)





串良町中心街(岡崎付近)にあるメイン通り沿いのラーメン道。

道沿いにあるからラーメン道なのか。

ラーメンを極める意味でのラーメン道(武士道的な)なのか。



どっちなんでしょうね。個人的には前者に一票。





店はおばあさん一人が店員さんしかいなく、

あとはおじさんが畳み席で飯を食っていたぐらいだった。


おばあさんのラーメンか。

何となく期待できなかった俺はとりあえず

店の一番高いメニュー味噌ラーメン餃子セットを注文した(1000円)


10分位して出てきたのはこんな感じ。

意外と美味そうで(失礼な言い方ですみません。)

おばあさんがラーメンや餃子を作ってるイメージがなかっただけに

そのギャップで少し嬉しくなった。


食べてみた感想は味噌ラーメンは普通に美味いです。

餃子はあまりボリュームは小さめで肉汁が感じられなったけど

まずまずのお味だと思います。


ちなみに畳み席で食っていたおじさんは


食べ終わったら厨房のほうに行ったため、

店長さんだったのかも。





食事後、串良川沿いに北上。旧・串良町と大崎町の岩弘地区の境に近い場所である。


途中、道路際に赤い鳥居を発見したので寄ることに。

串良山宮神社。境内には天然記念物の銀杏がある。





境内内にある


天然記念物、銀杏(イチョウ)の木。

茶碗蒸し用はここで調達すればコストカットじゃ。





串良川。九州一の汚染された川である肝属川の支流だが

見た感じ、この串良川はむしろ清流である。

普通に綺麗である。





串良川その②





串良川沿いのドライブを終了し、その後は最終目的地平和公園に行くことに。

ちょっと回り道しながら行きたかったので

いったん南下した後、国道220号線を東串良町方面に。



途中でかいタコのオブジェクトがあるたこ焼き屋を発見。

蜂来饅頭というたこ焼きチェーン店。

大阪と書いてあるが大阪では無名らしく

鹿児島や宮崎といった南九州でしか展開していない模様。





ねぎマヨソースたこ焼きを頼みました。

味は不味くはないけど

素のたこ焼きに自分でトッピングしたら変わらないかもという感じです。

でも量多いから満腹になります。





緑ヶ丘の交差点を左折して県道67号線に入る。

県道67号線は旅の前半、大隅湖方面のドライブを

終えた後に一回通りましたが(高隈~串良町北部)

今いるところは串良町の南部分に位置するためまだ通っていない地域です。



平和公園はもうすぐ。





平和公園。

いわゆる神風特攻隊の基地となった

旧日本海軍所属のパイロットたち慰霊碑がある場所です。



近くにはアクアゾーンというプールもあって人で賑わっております。

亡くなられた先人達の御名前を拝見する度に

自分は生かされてるんだという感謝と哀悼の気持ちを感じられずにはいられません。



自由に旅ができるのも彼らの犠牲の上で出来ていること。

ここに来ると単なる言葉ではなく

本当に平和の大切さというのを受け止めることが出来ます。





平和公園に住み着く猫たち。

警戒心がなく逃げない。餌付けされているようだ。

平和ですね。





これで旧・串良町の旅は終了です。

ダム湖から始まって直線長い道路、コスモスと高隈山の風景、下小原池、

串良川沿い、そして平和公園と

今回はあまり観光的な要素は少なかったけど



景色が綺麗で川も綺麗で道が真っ直ぐで平和を再認識というなんだか

心が洗われる旅でした。



いろんな欲や雑念が飛び交う現代社会。

それらに疲れたとき、乱されたとき。

この串良町はきっと消してくれることでしょう。



では次回もまたお会いしましょう。



最後の画像は木が三角形または砂時計の形をした自然のトンネルを

作っているように見える?場所。

鹿児島県・曽於市(旧・末吉町)の旅  第8回

2016-12-29 03:15:35 | 8.鹿児島県・曽於市(旧・末吉町)の旅



はいどうも。

今回は鹿児島県曽於市の旧末吉町に行って参りました。

先々週に行った旧大隅町のお隣の街になります。





住んでいる志布志市の県道65号線を北に(都城方面)進んでいき
曽於市の境を示す標識を過ぎると、

愛の里なる施設が。


その時は結局わからなかったが、後で調べたところ

ここは焼き鳥専門料理の店で、宿泊もできるという場所らしい。

自然を満喫しながら炭火で焼いた焼き鳥を頬張るというのは、

なかなか乙なものであろう。





愛の里を過ぎるとすぐに花房峡憩いの森なる看板が。

早速寄ってみることにした。





花房峡憩いの森まで2,3キロメートルあるようだ。

その道の途中、千本桜の森というものがあったので

寄り道の寄り道をすることに。

その場所がここで、

桜というだけあって、今は当然咲いていない。

3月ごろはたくさんの桜に囲まれた華やかな場所になるのだろう。





花房峡憩いの森 キャンプ場。

キャンプはもちろん、

ゴーカートやテニス、パターゴルフ、川で水遊びなど

さまざまなレジャーが楽しめる。


特に夏はさぞかし家族やカップル連れなどで賑わうことであろう。


そんな私は原付バイクでひとりで訪れたため、ここで働く従業員などから

変な目で見られていたような気がした。





キャンプ場内にある水遊び場。この川は安楽川である。

旅などでいくつか志布志市を中心に複数の川を見てきたが

間違いなく安楽川は一番綺麗だと思う。

まず透明度が違う。深いところですら余裕で底が見える。



あ、もっとわかりやすい川の画像を撮っておけばよかったな。





花房峡を後にし、国道222号線方面へと向かう。

遠くから花房峡を望む。

自然とは美しいものである。





国道222号線を都城方面へ。次の目的地は中岳ダム。

国道でかつ都城に近いだけあって、こんな山間でも車やバイクの往来は多い。

写真ではたまたま一台しか写っていないけど。


原付の私にはちょっと怖いです。

あおられるんで一時停止を繰り返しながらの走行です。







中岳ダムです。そういえば、鹿児島に来て思ったことは

ダムも含め湖、池、沼といった場所が限りなくないということです。

鹿児島県はシラス台地が半分ほど占めています。

シラス土壌は水をためておくことが難しいので、雨が降ってもすぐに地中などへ流れてしまいます。だから湖沼をあまり見ることができないようです。


なので人工物とはいえ、水がたまった場所をみるのは

本州にいた時以来でした。


懐かしいです。


釣りをしたくなりますが、

このダムでは釣り、水遊び等は当然禁止となっております。









中岳ダムを後にし、お次は住吉町の中心部方面に向かう途中にある、

平松城跡や住吉神社などに向かう予定です。

画像はその間に移った農風景。





檍神社(あおき神社)。安産子育てに特にご利益がある神社。





イザナギノミコトが禊払いをしたとされる池。

鯉が住んでいる。





拝殿右奥にあるおっぱい地蔵。

なんとおっぱいから水が出るという仕様。

テレビでも紹介されたとか。




檍神社を後にし、県道109号線を都城方面に行く途中に

平松城址がある。

戦国時代好きの私は早速寄ってみることに。





城の縄張り図





平松城跡に関する説明案内板





3方を土塁に挟まれた空堀。

素人が見ても明らかに人工物だということがわかる。

規模も相当でかい城のようです。





本郭(本曲輪)手前の空堀。要所要所狭くなっている箇所があり、

こういう場所に門や関所的なものを置いていたのだろう。





平松城址本郭(本曲輪)縄張り図や説明案内板もここにある。





左:本曲輪と右:腰曲輪

高低差の違いがお分かりいただけただろうか?





本曲輪から都城方面を望む。

やっぱり城主なら景色を見下ろしたいよね。

平地の城は天守閣や櫓が必要ですが

山城ならはじめから高いから造らなくてもいいな。





平松城址内にある、幻想的な雰囲気がする杉と竹の混在した道。

心が穏やかに研ぎ澄まされる。





県道503号線。お次は住吉神社に向かう。





住吉神社。

末吉町のすえよしは住吉がなまってついたとも言われるとか。





毎年11月23日には流鏑馬が行われる。

今でこそ誰もいないが、その日は行列ができているのであろう。

的を射抜くほどその年は豊作になるのだとか。

しかし、11月23日に行っては

米や作物は軒並み収穫も終わっていることである。

そんな年末に吉凶を占ってもね・・・





境内と本殿までの参道。

なかなかの雰囲気だが、台風の爪あとが残っており建造物が幾つか壊れていた.





本殿。鳥居も含め朱色が結構使われているが

格調が高い神社ほどその傾向があるのだろう。





龍の置物がある手水鉢。


先ほどの檍神社といい、他とは一味違う末吉の神社である。





住吉神社を離れて、県道503号線を末吉中心街方面に向かうと

すぐ左手にメセナ温泉という場所が。

仕事の疲労があるし寒くて体も冷えていたところなので寄ることに。



敷地内は結構広く、浴場以外にもレストランやお土産屋、休憩スペースなどがある。

値段は大人一人330円。他の一般的な温泉同様、同じである。



浴場もそれなりに広く満足だった。





温泉に入って、体が温まりホッとしてお腹が空いてきたので

レストランそおへよ寄ることに。

そお花堂弁当・梅(900円)を注文。

ご飯、味噌汁はもちろん、から揚げ、刺身、卵焼き、切り干し大根など

色々な味を楽しめて満足な弁当だった。



お店の人の接客も良かった。

来て良かった。





県道503号線。意外と道がまっすぐ。





末吉中心部の一部。中心部といえどそんなに車が多いというほどではない。





末吉駅跡。現在は末吉鉄道記念館となっております。





中はこのようになっております。

当時はさぞかし人で溢れていたのでしょうね。

昭和の時代の駅舎ってなんか良い雰囲気ですよね。

特に冬の寒い中、石油ストーブかなんかに暖を取っている風景とか。

知らない人同士が世間話したり、親や兄弟を待っていたり。





当時は汽車、SLだったんですね。

私の子供の時には既にありませんでしたから(出身は長野です。鹿児島ではない)

自分にとっては世界遺産クラスの存在です。

タイムマシンでもあれば一度生で見てみたいものです。





当時の発射時刻表。

一部、手書きなのが良いなあ。やっぱり昭和ってイイ。





末吉駅跡を後にし

県道500号線。末吉町を北方面(財部町方面)に。

再びツーリングコースって感じで気分も上がる。





ひたすら続く青い空。

4週連続で雨続きだったあの辛さ。

寒く冷たく薄暗いあの光景の苦しみが一気に開放されたような爽快感である。

単なる晴れかもしれないが

生きてて良かったと思えるくらい嬉しかった。(本当に涙も出たくらい)





元祖ミスター税調こと山中貞則氏の顕彰館。

ちなみにその事は旅が終わってから知った。





国道10号線。ここは国道だけあって交通量が多い。

道の駅・末吉へ向かう





道の駅・すえよし。

駐車場の整理員さんもいて、結構込んでいる様子。

バイキング形式のレストランの他、

アイスクリーム屋さん、お土産物屋さん、観光案内所等がある。





柚子蜂蜜ソフトクリーム。たぶん今まで食べたソフトクリームの中で一番うまい。

蜂蜜の濃厚な甘さもさることながら、柚子のさっぱりしたシロップが

蜂蜜と調和して絶妙な味を演出している。

あまりの美味しさに目をつぶってしまったほどだ。





道の駅・すえよしの駐車場内にある変な置物。

先ほど行った檍神社と言い、末吉の住民は遊び心があるようだ。





道の駅・すえよしのスタンプ。





道の駅・すえよしをあとにし、国道10号線を一旦、牧の原方面へと進む。

途中、末吉財部インターの近くを通り、県道501号線との交差点に差し掛かると

こんな看板がある。そお星人ってなんだよ。ソーセージ?





県道501号線。

車が少なく直線が多い快走路。





県道501号線沿いにある諏訪神社。

自分の旅史上、もっとも神秘的な神社でした。





長い直線の参道を歩く。

静かで穏やかでそれでいて僅かな緊張感がある。

人生を見つめなおし、思案に耽るにはもってこいの場所だ。





生きていることの幸せを感じさせてくれる不思議な参道。

いわゆるパワースポットというのはこういう場所なんだろう。

本当に気持ちの良い場所。

体内にセロトニンが出ているのがわかる。マジで。これはすごい。





再び、末吉中心部に戻って国道269号線。

大住町方面に進む。

途中、景清ノ墓なる場所に訪れるつもりだったが、

迷子になり断念。

景清とはいったい何者だったのだろう。





景清ノ墓が見つからず迷子になっていた途中で見つけたある風景。

シラス台地が作りし崖。もろく崩れやすいのだろう。

そんな厳しい地形土壌でも至近距離の位置に畑を切り開くとは。





旧大隅町に一旦入り、県道71号線に移動する。

これをずーっと進むと花房峡憩いの森方面に達する。

つまり、旧末吉町を一周したことになる。





県道71号線から見える風景。





県道71号線も501号線と同じく、車が少なく直線が多い快走路である。





直線、直線、直線。

青空と直線。言うことなし。





肝付竹友氏の墓。

戦国時代、肝付氏は竹友氏を大将として都城方面に進軍するも

末吉付近(午前中に訪れた平松城跡の近く)で

北郷氏との戦に大敗。竹友氏は戦死する。

そんな肝付竹友氏の墓は県道71号線の道端沿いに目立たぬようにある。





早馬神社。肝付竹友氏の墓から車で5分程度。

天智天皇の愛馬を祀ったとの伝説が残る。

そのせいか江戸時代では牧場の中心的存在だったらしく畜産振興のご利益がある。

確かに、神社の隣りには畜産施設があった。





花房峡憩いの森方面までは行かず、途中右折して県道499号線に入る。

これをずっと行くと志布志市旧松山町方面に行く。

つまり、これで今回の長い旅は終わり。



末吉町。花房峡から始まり、ダムや城跡、温泉、道の駅、神社の数々・・・

そして雨天ではない快晴の天気。



今日は久々に文句なしの素晴らしい旅だった。

いやあ生きてて良かった。







鹿児島県・東串良町の旅 第7回

2016-12-24 21:54:58 | 7.鹿児島県・東串良町の旅
どうもこんにちは!!

今回は鹿児島県・東串良町という場所にやってきました。(これは10月下旬に行った旅です)




そして、またまたまた雨でございます。4週連続で休みが雨。堪えるっ。

だが、俺は絶対にめげない。1週間に一度しかない休み。

家に居て終わるのは嫌なんだ。





県道519号線。岩弘地区。

東串良町というのは6500人程度の小さな町。

町の面積も狭いです。

町民どうし知った顔が多いんだろうな。





この岩弘地区は町の細長く伸びた場所に位置する地域で

大崎町と鹿屋市にほとんど囲まれている。

小さな東串良町のほんのわずかな面積だが

意外に住民が多い地域でもある。





県道541号線。東串良の民家の共通点として

ブロック塀に生垣のセットがほとんどである。

かなりプライバシーを重んじる町民なのかもしれない。

地方の田舎町でありながら都会の住宅街のような高さの生垣は珍しい。





東串良町観光マップ





東串良町役場。日曜日は閉庁しているようだ。





東串良町商店街(池之原地区)。人がいない・・・。

休日なのに?いや休日だからなのか?





池之原地区にあるとある保育園。

遊園地のような外観である。

雨にもかかわらず、地区のイベント行事らしきものをやっていた。





東串良の農風景。稲作が盛ん。





唐仁古墳群地帯に突入。

田んぼに不自然な盛り土を発見。

あれが古墳か。前に大崎町を訪れた際に横瀬古墳を見てきたが、

前方後円墳のような豪華さはなかった。




作業用で使う土を集めた場所にしか見えない。










このように、古墳だらけなのだ。





大塚神社。実はこの神社も唐仁古墳群の一つである。

ここだけ神社という扱いということは

周辺の古墳より大物が眠っているのであろう。





境内は薄暗く肌寒い。ちょっとだけ怖くなった。





雨が降っていると神聖な場所がさらに磨きを増す。

人もいなく雑念に囚われることはない。

雨の日こそ神社へ参拝すべきなのかもしれない。





大塚神社及び唐仁古墳群周辺の集落の様子。

やはり、東串良町の民家は共通してブロック塀+高い生垣なのだ。





唐仁古墳群を後にし、次は柏原海岸方面を目指す。

画像は、行路の途中で見つけた、変わったレーダーのようなもの。

何でしょう?風力発電的な?いや違うな。やっぱりレーダー関連か?





柏原海岸近くにある神武天皇御発航記念碑。

大和地方平定のため出発された言い伝えが残っているそうだ。





東串良漁港。これを左折し道沿いに行くと

巨大な志布志国家石油備蓄基地という埋立地及び施設がある。





柏原海岸。そして対岸にあるのが志布志国家石油備蓄基地。

志布志湾だが、備蓄基地があることで運河に見える。

ちなみに目の前に咲いている黄色い花が東串良町のシンボルでもあるルーピンの花。





柏原海岸を過ぎた後、次は東串良町の中心部などを探索。

といっても小さな町なので、すぐにたどり着く。

画像は町民運動場と町総合体育館を遠方から撮影。





東串良町の総合体育館。

カメラもってうろうろしている俺は完全に不審者である。

自然を撮るのと違い、こういった施設を撮るのにはタイミングがいる。





町民運動場。日曜日とはいえ雨では利用者はいない。





ぶらぶら探索をしていると、ヤギを飼っている施設を発見。

白ヤギさんたらお手紙手べた♪

なんて童謡があったと思うが(食べたのは黒ヤギだっけ?)

ヤギというのは食うことに必死な動物である。

ずっと観察しているが本当に食う以外の動作をしない。(串間の都井岬の馬もそうだったが)





と思って近づいたら一瞬こっちを見て

「あ?なんだコラ!?(怒)」というような感じで睨まれた様な気がしたが

それも一瞬、再び草を食いだしたヤギさんでした。





東串良物産館、ルーピンの里。

東串良町で取れた野菜等を中心に

名産品やお土産等を取り扱っている。

私も会社の同僚たちにちょっとお菓子のお土産を買いました。




東串良町の旅。これにて終了。

雨が一日中降っていて寒さとの戦いだったが

いろんな場所に行けて良かったと思う。




合併しなくても頑張っている東串良町。

これからもその独立魂を貫いて欲しいですね。