旅人労働者~気づくのが遅すぎて(鹿児島県→千葉県編) 

今回は千葉県のいろんな場所をドライブしたり、城跡を探索しようと思います。(前回の旅、鹿児島編から6年後)

鹿児島県・霧島市(旧・国分市)の旅 第16回

2017-01-20 22:16:08 | 16.鹿児島県・霧島市(旧・国分市)の旅
こんにちは。

今回は前回と同じく再び霧島市。その中の旧・国分市を旅します。
霧島市の中核を担う場所でもあり、古代から発展した地域でもあります。
古代と言っても下手したら弥生いや縄文時代の初期の初期(約9500年前)から集落があったとされる地域と言われ、
まさしく日本最古の場所と言っても過言ではないかもしれません。
その根拠となるのが旧・国分市に入って最初に訪れた目的地、上野原縄文の森(上野原遺跡)です。





上野原縄文の森の入り口にあたる展示館。
ここで出土された土器や石器を中心に県内の様々な遺物が展示してある。




遺跡調査後、結果を元に復元された竪穴式住居。写真を見てもわかるとおり入り口が狭く低い。
当時の身長はかなり低かったのだろう。



発掘後の遺構跡。
当時はここに住居が建っていたと思われる。



竪穴式住居の中はこんな感じ。
囲炉裏で暖を取ったりや調理をしていたのだろう。



当時の生活の様子。
母親と娘と思われるが、体格があまり変わらない。
やはり、縄文人は小さい人が多かったのだろう。
土器作りやどんぐりを粉にしている作業をしている様子。



復元された集落を遠くから見た写真。
当時は10軒くらいの村だったと言う。
それでも当時の日本からしたら大都会クラスだったのだろう。



遺跡保存館入り口。
当時の遺跡発掘調査直後の様子をそのまま保存している貴重な施設。



集石や土坑の遺構がそのまま残っている。
これらの遺構は蒸し焼き料理や燻製にするのに使われていたのだという。



県道471号線。狭い。
3桁数字の県道はこのような道路が多い気がする。



木で覆われた県道471号線。
まさに林道とはこのこと。



近くにある黒石岳森林公園に寄ることに。
途中まで車でいけるので山頂への道は割りとすぐである。
でもいい景色。



山頂が近づくにつれ胸が高まる。



黒石岳山頂(524,7m)。
・・・思ったより殺風景である。
しかも、周りの木々に阻まれ山頂からの眺めは一切見れないという・・・。



ということで山頂から少し降りたところで開けた場所から遠くの眺めを見てみました。
写真は桜島方面。
噴煙が上がっているのが見えるだろうか?



いったん市街地まで戻り、付近の城跡を探索しようと思い、国分重久の岩戸地区の熊野神社の近くにやってきた。
この付近に城跡があるということだが全く見つからない。
住宅地を抜け山道になり、荒れた山道を進んでいると
大きな岩肌が削れた場所に祠や石碑のようなものが現れた。



いったい誰が何のために、こんなものを祀っているのだろうか?
特に説明案内板もなかったので正体不明である。



結局、城跡は見つからなかったので近くの熊野神社に。



静かでいて何となく緊張感のある参道。
心を浄化したい気持ちで歩きたくなった。



熊野神社、本殿。



城跡探索を諦め疲れた体を癒しに近くにある岩戸温泉に。
新しい施設なのかお風呂も脱衣所も休憩室も全てが清潔で綺麗。
ここは、かなりおすすめの温泉ですよ。



温泉に入ったら腹が減ったのでラーメン屋に。
お店の名は黒豚ラーメン蔵。



黒豚ネギラーメンを注文。
スープが器ぎりぎりまで注がれ、これまたネギもこぼれそうな量で来た。
意外とあっさり。
ラーメンの名前からこってりな予想をしていたが、
そんなことはなかった。



旧・国分市(霧島市)の市街地を車を走らす。
山形屋というデパートがあり、中に入る。
しかし予算の都合上、100均のストローセットだけ買って帰ることに。



県道60号線を鹿児島湾方面に向かうとある大型ショッピングモール。
めちゃ混んでます。



城山公園を目指し、近くにある国分運動公園に向かう。



競技トラックや野球場、テニスコートなどがある。



山道を上り、城山公園を目指すも道が閉ざされていてあっけなく終了。
後で地図を確認したら、反対方面の道から行けることがわかったが
時すでに遅し。
あたりが結構暗くなり始めてきたので断念した。


旧・国分市の旅はこれにておしまい。
今回わかったことは日本で一番古い時代から集団で生活していた可能性がある地域が旧・国分市の付近だったということ。
思えば、肝付町や東串良町、大崎町一帯も古墳がたくさんあるが
大隅半島や霧島市というのは
日本という国の成り立ちの初期を形成した重要な地域だったのかもしれない。