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~風の時代*Ou.kaする~

スタッフ風花の〈引継ぎ〉日記

「外見」は自分の『看板』??? (あ、独り言です)

2014-04-19 | ♪なんちゃってスピリチュアル
この4月から

「外見」「内面」も磨こうと決め、

徹底的に

自分と向きあっています


「外見」は『清潔感』がとにかく憧れなので

ここを基準に

色々と磨いていきたいと思います


「外見」は自分の『看板』だと思っているのです


こう思ったのは

最近目にした、ある本の内容からでした。


「もちろん内面が1番大切です。
 特に結婚する時などは最も重要です。

 でもまだあなたのことを何も知らない人
 少しでも興味をもってもらうには、その努力が必要です。

 人はまず、見た目からしかわかりません

 せっかく話せば素敵なのに。

 その素敵な内面を知ってもらうための
 外見なのです。



・・・すごい説得力


これは、

人間の世界だけでなく

むしろ

本能である「動物」の世界の方が顕著のような気がします。


美しい鳥は

その羽の美しさを競い

相手を惹きつけますし、


猛獣は

その強さを雌にアピールしたりしますよね


もちろん人間はもっと進化しているので

「内面だけ」でも問題ないと思うのですが


最初のとっかかりは

見た目からとありました。


当たり前といえば当たり前ですが


この本はスピリチュアル系ではないですし

「見た目が9割」という本もあるくらいですし(いや、読んでないので内容知りませんが

こういう考えも自然と言えば自然と感じます。


私は「魂の伴侶」「前世療法」というブライアンLワイス氏の本が

衝撃的でとにかく大好きで大好きで大切にしていますが

こういう本を読むと


「いや、魂で引き寄せられるし・・・」

なんて思っちゃうのですが


でも「魂で引き寄せられる」としても

最初に惹かれ合うのはもちろん外見だということのようです。


もっと都合良く考えちゃうと

惹かれ合うように設定させているので

惹かれる外見をも、持っているような気がするのですが


とはいっても

もちろん「良い外見」に越したことはございません(笑)


「外見」を気にする、気遣うということは

ある意味

『相手へのマナー』なのかな?とも思います


自分の為であるようで

実は相手への気遣いだったり

(運命の)相手に見つけてもらいやすくするための努力であったり


だから

「内面」と「外見」はリンクさせて考えることが

自然なのかな・・・と。


さっきの本の内容から

「初対面の人はもちろん誰も自分の中身なんて知らない。
 外見がまず自分の『看板』なのかもしれない。」

と感じたのです。(え?違うかな


多くの人たち(初対面)の中で

自分がどう映るのか。


というのは

ネイルサロンの看板なら
サロン内容はネイルでなければならないし

ネイルという内容だから
ネイルサロンの看板が掲げられるわけで。


看板と中身は同じ内容でなければならない。


自分という看板(外見)も
中身とちぐはぐなものではないし、

どちらかが優れていれば良い、
ということではないような、気がするのですね

もちろん
サロンにも人間にも

「どちらかだけが立派」

ということが当然あるわけで

看板(外見)だけが立派で、中身が伴っていないと
「詐欺」とか言われちゃいますし

内容(中身)だけが立派でも看板(外見)を磨いていないと
「見つけにくい」となってしまう気がします。


だから、

目標は

『看板』は見つけてもらいやすいように「磨いて」、

『内容』も喜んでもらえるようになる



バランス的にベストではないかと思ったのです


それは仕事の、本物の『看板』『内容』と

自分自身という『看板』(外見)と『内容』(中身)も

同じなのかな・・・?と。 どうなんだろ?違うかな?


ちなみに私

小汚くて人に会いたくない日は

『閉店』看板、しょってますすんません。




また、

私がブログで「人間を楽しむ」を強調し

自分に言い聞かせているのは

ある「本物」のチャネラー(ヒーラー)の方に

「人間に生まれてきたのは
 物質世界を楽しむためでもあります。

 人間しかこの世は楽しめません。」

・・・みたいなことを言われたから。


またある本で、

「この世は映画のようなもの。
 一人一人が『自分を演じている』だけで
 物質は物質として楽しんでいるだけ。

 ある人は生まれる前に「お金持ち」の役をを設定し
 お金を使うことを楽しむ役を演じているし

 ホームレスの役を演じている人は
 その役を通じてそこから学ぶことをしているだけ。

 それぞれが違う学びを選び、役を演じているだけ。
 魂のレベルではどちらも優越などない。」

・・・みたいな内容で

この本は最初

言っている意味がよくわからない

と思ったものの、今ではとても分かる気がするようになりました。


実は

この世がバーチャル

的な?



つまり、

罪悪感なくそれぞれの人生を満喫すること、

とのようです。


この本は衝撃的で最初は本当に理解に苦しみましたが

その後

あらゆる本を読んでいて

すべてが繋がっており、理解できた?ような気がします。


ある日突然「ハッ」と気づいた気がしました




スピリチュアルにどっぷりはまっていた頃

当時(かなり昔)、超人気のあった

外国のある有名な本が

「あれもほしい。これもほしい」というものを

この本の法則で

「車も引き寄せられた、別荘も得た。お金も沢山ある。」



物とかばかりに目が向けられていることに

軽い嫌悪感がして

「こういうのってどうなんだろ?」

と考え悩んだ時期がありました。

(あ、ザ・シークレットではないです、念のため



でも

上記の「すべて映画の主人公」という考えで

今では考え方がガラッと変わったのです



天国には物は持っていかれないと知った上で

この世で人間として楽しめることを満喫する。


ある人はお金で贅沢することすることが

楽しいのですし


ある人はお金よりも精神を鍛えることが

楽しいのですし


ある人はスポーツで肉体の限界を楽しんでいるし

ある人は頭脳でこの世に素晴らしいものを生み出すことを
楽しんでいる、



それぞれ全く違う楽しみを楽しみとして

選んで来ているのだな・・・と


みんな違って当然で

その楽しみの価値も全く違うのだとわかりました。


すべて素晴らしいことだと思います。


演ずる役が

みんな白雪姫でもいいですし(みんな主人公 笑)

この世は「楽しむことにある」

というこがすべてだと言う。




私が感じた「良書」とは

「すべて良いのです」という感じの物が多いです


すべてに意味がありすべてが必然で

すべて自分で選んできていて

起こるものはすべて自分に必要なことであると。


そこに善悪はない。


否定的なものはなく

ただすべてを尊重し受け入れる。


感謝と優しさが溢れている。

安らぎと穏やかさだけがある。


私が影響を受けたものは

いわゆる「良書」といわれているものが多いのですが

そういうものは

読むと感動とショック(良い意味で)

ものすごく心が揺さぶられます。


私が「読まなきゃ良かった系」(笑)と思うものは、

「偶然もある」みたいなものや(いや、深い意味があるかもしれませんが

あれもだめ、これもだめ(明らかに人間目線な考えのもの)

・・・・という否定的な表現が多いものかな/face_ase2/}


私が「偶然」があまり好きではないのは

「必然」であればすんなり受け入れられるからです。

どんなつらいことでも。

ただそれだけの、自分の都合です。すんません


でも

私が感動する良書はほぼすべて

「この世に偶然はない。すべて必然である」

と言っていますこちらの考えが好きです。


好き嫌いは

あくまでも個人的な感想ですけどね




魂の成長のための人間の世界でも

「楽しむこと」が最も大事なことなのではないかと

考え方がガラッと変わってしまいました


そんな時に

その、ある本物のチャネラーさんに

「全部、「ありがとう」、と楽しめばいいんですよ」





だからそれ以来

私は

「物を楽しめるのは人間の特権

と、楽しむようになりました。

すっかり罪悪感はなくなりました


この世はすべて「借りている物」といいます。

自分のものになるものは一つもないそうです。

自分の肉体でさえ、借り物だそうです。


何を借りるのかは自分が決められるそうで

何でも借りられるそうです

(せっかくだから、別荘借りたいな 笑)←おうち好き


これからの時代

特に「精神世界の時代」になると言われていますね

(魚座の時代から水瓶座の時代/アクエリアス時代)


でもそうであっても

物質の世界であることに変わりはありません。


その物質そもそもが

幻想であるということなのかも、しれません。


だから物質は

執着するものではなくただ「楽しむ」だけで良いと

私は思っています



4月から

『内観ワーク』を初めています


今勉強しているものが自分に合うか

ただいま実践中です


効果があるものを

またブログに記録していきたいと思います


 
  P.S 自分へ言い聞かせる内容でした。独り言です




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歯の『審美矯正(部分矯正)』の想い出/まとめ☆ (そして、これからの目標は『清潔感』です)

2014-04-17 | ♪美ブログ
自分の人生で全く視野になかった

『歯の矯正(部分矯正)』


しつこいですが、

これまでの人生、

「歯並びだけは良い」と信じて生きてきたからです


ところがどっこい。


ほんの少し斜めになっている

サイドのたった1本

出血の原因とわかって


生まれて初めて

『歯の矯正』

というものを意識させた。


うちの母も私の歯並びは綺麗だと思っていて

「え歯の矯正???

と驚いていましたが


母も

「歯は、綺麗にしておいたほうがいいね

と背中を押してくれました


私の両親は本当に物わかりがとても良く

私はいつも好きなことをさせて頂いておりました。



さて。


人生、全く頭にもなかった『歯列矯正』というものが

どんどんと自分の中で大きくなり

本気で色々調べました。


ネット時代で本当に感謝です。


決断し

最初の治療はドキドキワクワクでした


私はこの歳でも案外、

好奇心が旺盛で

整うものにはものすごく興味があります


自分の人生で

歯のワイヤーは全くないものと思っていただけに

終わった今でも

「私、歯の矯正経験したんだ・・・」

ともうすでにとても過去のような気すらしています


部分矯正は

終わってしまえば本当に一瞬のようです。


まぬけに口の小さい私は

ワイヤーを付けた当初は

口の中がとにかく混んでいて(笑)、

いっぱいいっぱいだった


ものを食べると違和感があり、

なかなかなじめなくて

「これ、ダイエットになってしまいそうだな」

一生ダイエットしない宣言をした私は

少し恐怖だった。


食べるものを選ぶ。

ワイヤーに引っかからないものを選んでしまう


人と会いたくないのは

ワイヤーをしているからというよりも


歯に食べ物がひっかかると面倒だから

外出がイヤだったのだ


私は物を食べるといつも

「歯と唇の間にミートソースの挽肉が入ってしまったような感覚」

がすごくなじめなかった


この表現が当時、ぴったりに感じた。


でもそれも

数ヶ月付けていると普通になってきて

上手に食べられるように進化するから

人間は不思議だ


たった1本のための部分矯正といっても

「奥歯」をやらないだけで

そのほかは全部ワイヤーが付きすべての歯が動きます。


つまり

他の歯並びの良かった歯も

すべてグラグラします。


・・・といっても

その治す1本と前歯くらいしか分からなかったですが


前歯が動くのはイヤでしたね


お肉が大好きな私は

「噛み切れない」

という経験を生まれて初めてしました


かみ切ろうとすると

歯が一緒に動くのです


まあ、慣れればなんてことないですが。



とにかくあらゆることが

初体験で

今から思えば貴重な経験だと感じます


このブログを読み返すと

「最後まで歯磨きだけは面倒だった」

と記録してあるので

歯磨きだけはイヤだったのだろう。


それすら忘れている(笑)


現在は1日数時間程度「リテーナー」はしているのですが

これはたぶん

この先も定期的に

「歯並美メンテ」として

一生続けていこうかな・・・と思っているくらいです


というのは

歯並びの良い人でも

年齢を重ねていくと歯が動くときいたら


そういう意味でも

歯という部分は

年齢を重ねる程、重要になり

メンテが必要になる

と感じています。


だから

歯とは一生向きあっていきたいと思うのです


今後の楽しみは

「銀の詰め物」をすべて「ジルコニア」に変えることですが

一度にやってしまうと

楽しみがなくなってしまうので(笑)

1本ずつやることにします

(2本しかないのでゆっくりやりたいです


奥歯と上のほとんど見えない部分なのですが

お友達に


「金属はゆっくり流れ出てくることもあり

 それが金属アレルギーにつながる」


と聞いたので

「ジルコニア」に変えてしまおう、

と思ったのですね


セラミックでも良いのですが

私は割った経験があるので(釜飯のお焦げでね 笑)

その上のジルコニアにしようと思います


そして

いよいよ長くお休みしていた「ホワイトニング」ですが

これはまだスイッチが入っていないので

スイッチが入りしだい復活しようと思います


先日

矯正歯科の院長に

「歯が白いですがもうホワイトニング復活してますか?」

と言っていただき

「まだですけど、・・・そうですか。じゃあまだいいですね」

とスイッチがオフになってしまったのです


ホワイトニングは根気がいるので

なかなかまだ気分が乗りません


ホームホワイトニングが1番効果を感じるのですが

長い時間マウスピースをつけるのが

今はまだおっくうなのです。

(リテーナーもつけているので)


ということで

「ホワイトニング」もまた今後の楽しみとしています



先日も書きましたが

私は年齢を重ねるほど

「身綺麗」にしていきたいと思っています


それは

「心地がよい」からですが

『清潔感』が私の好きなものだからです。


若い時は何でも美しいものです


でも

年齢を重ねたら「自分を磨く楽しさ」があります


『清潔感』がとても憧れなので

ここを基準に

いつまでも「爽やかさ」を目指していきたいと思います


心地よく自分を磨いていくと

ワクワク楽しくて

色々なエネルギーになっていくと感じます


色々なことを楽しみたいと思えますし

新しいこともチャレンジしたいと思えます


結局、

外見は内面にも強く影響していると感じるのです


「磨くこと」はものごとのただのきっかけにすぎません。

そこが目的なのではなく、そこから色々始まると感じるのです


また

外見は「内面の現れ」ともいいますので

どちらかに偏らず

内面も外見もバランスよく

これからも自分を磨いて参りたいと思います



  P.S 内面も外見も「楽しみながら」「心地よく」が目標です

      とことん、「人間」を楽しみます



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『たった1本の歯』の部分矯正を決断させた【決定的】な一言

2014-04-15 | ♪美ブログ
先日、

『審美矯正/部分矯正』

4ヶ月に1度のチェックの日でした


今でも毎日1時間~数時間程度、

「リテーナー」をしています


もう歯もほとんど動かなくなり

先生にも

「しっかり綺麗に保たれていますね」

と確認していただきました



たった1本

ほんの少し斜めになったサイドの歯の為の

ワイヤー矯正でしたが


結果的に

やって良かったです


その部分からの歯の出血が

全くなくなりました


もしもやる前に

たった1本の歯の為に、

「4ヶ月→9ヶ月にのびる」

と知っていたら

たぶんやらなかったと思います



結果のびた訳ですが

やってしまえばもう4ヶ月も9ヶ月もあまり変わらないという

本当に人間って(いや、私限定かも

面白いですね


こういうものって勢いが大事ですね(笑)


ただ

矯正中に

「やらなければ良かったな」と思ったことは

たぶん1度もなかった気がします


どんどん動く歯にワクワクし、

痛いけど、

綺麗な歯並びをイメージすると

もう「綺麗に整った歯の生活」をあれこれ考えていましたね


前にしか向いていませんでしたね。


現在では

歯を磨くのも楽で楽しいですし

何よりも「出血」が全くしなくなり

爽快です


もしもあの時決断しないでいたら

また今頃

「やっぱりやろうかな・・・」

と思っていたのかもしれません


「やりたい」と思うものは

きっとまたいつか

かなりの確率で「やりたい」と思う気がします。



それはたとえいくつになっても


私が何故、たった1本斜めになっている歯の為に

ワイヤー矯正をしたのか

ちょっとまとめてみます


まず最初のきっかけ。


世界のお金持ちと仕事をする知人が

「日本人って顔は綺麗なのに何故、歯は意識しないの?」

と沢山の外国人に何度も聞かれると知ったこと。

(昔からよく耳にしていましたけど・・・)


次のきっかけ。


定期的に通っている歯医者さんに

「1本だけね、ほんの少し斜めになっているね」

と言われびっくりしたこと


歯並びだけは良いと信じてきた私のこの何十年間っていったい。。。


その時に

「あ1カ所だけいつもフロスをすると出血する」

と、その歯の原因がわかる。斜めだったせい。


そして先生に相談する。


「うちは矯正専門ではないんですよ・・・」

と改めて『矯正歯科』は専門のところでやるべきだと知る。


色々調べ始める。


5万円くらいでぐぃって曲げて治す歯医者があると知る。

本気でその歯医者を予約しようと電話をして聞いてみた。


でも一応

いつも通っている歯医者さんから紹介していただいた

矯正歯科専門の歯医者さんに相談に行ってみることにした。


話を聞いていると

ぐぃっと治すのは私の歯は不向きだと気づく。


確かに

そんな簡単なことではないような気もしていた


その先生の話を聞いていて

「決定的」な一言

私を『決断』させてしまったのだ



それは

私の質問から始まった。


「20代でも、結婚前とかでもないですし・・・
 今更・・・とも思うのですけど

 ところで、

 いくつぐらいまでの方が矯正しているのですか?


すると


「先日、60代の方も始めましたよ。多いですよ。」


と。



これで


『決定』。


これを聞いたとき

私は

ほぼ間違いなく「やる」と感じた。


それはね、

「やりたい」と思うものは

いくつになっても

「やりたい」気がするからだ



これはきっと性格によるものだと思う


私の性格は

「試さないと気が済まない」からだ。


今やらないで

また数年後

いや十年後、

いやいや二十年後・・・・


とか

絶対にまた「どうしよう」と考える時が来る気がした。


「あの時やっていれば・・・」

と後悔するのは絶対にイヤなのだ。



結果、

もう終わった。



2012年に決断して本当に良かった。


すでに2年前のことになる。


2013年には貴重な再会も、出来事も色々とあったので

隠居の年と決めた2012年しか

自分にとっての良いタイミングはなかった
、と感じる。


2013年だったら

その再会も消極的になっていた気がするし

これはあくまでも私の性格上のことです


だから

「タイミング」も良かったのだと感じます。


タイミングの良いときに

「気になる」しくみになっている
のかとさえ、思います


自分に「あの時決断してくれてありがとう」と

今でも感謝する(笑)。いや、本気で。



私は年齢のせいにすることも

年齢で諦めることも

やめようと思います


身綺麗にすることも

人間を楽しむことですし

これからもどんどん満喫する予定です


それは

とても心地が良いからです。これがすべてです


若いときは何でもありですし(笑)

何でも美しいものですが


年齢を重ねれば重ねるほど

「身綺麗」を意識していかないと

自分自身が心地よくないのですね


だから

「心地よいこと」は

これからも積極的に楽しんで参りたいと思います



  P.S 「今やりたこと」は今後も「やりたい」と思う日が来ると思います



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ベランダに来るものは・・・・?

2014-04-12 | ♪日記
もうけっこう前からなのですが

朝のベランダに遊びにやってくるものがあります


そう、


『すずめ』


です



朝になると


ちゅんちゅんちゅん・・・




ベランダを歩いているのです


いつも

先に「声」が聞こえるので

ベランダに目を向けると


2羽、遊んでいるのですね


たまに1羽の時もあるのですが

ほとんど毎日、2羽来てくれるのです

(同じコなのかな・・・?)


我が家のベランダは

リビングから見えるように

長いレースのカーテンをやめて


「カフェカーテン」


のような半分の長さにオーダーで作っているため

ベランダとリビングが一体化になるように

遊んでいます

(いや、単に部屋が狭いからなんですが


だから

「ちゅんちゅん」と聞こえると

リビングから丸見えで

すずめが遊んでいるというわけです


もうこれがたまらなく可愛くて


家族もすずめが可愛くて好きなので

「写真は

といつも聞かれるのですが


すずめってじっとしているわけではないので・・・・


でも

目でみるその一瞬を目に焼き付けるというのが

また良いのかもしれません


本当に最近毎日来てくれているので

「絶対ブログに記録しておきたい」

と思っていました



 P.S 朝の楽しみです



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『本』は1回目よりも2回目??? (スピリチュアル系だけは絶対に紙派です☆)

2014-04-10 | ♪なんちゃってスピリチュアル
先日から

「スピリテッド」を2年ぶりにじっくり読み返しています


この本は

「直感を鍛える」系ですが

私はこの『直感系』の本が大好きです


前回読んだときもとっても感動したのを覚えていますが

先日この日記にも書いたように

ワーク(実践)はしたつもりでただ読み流しただけでした


今回は

前回よりも何倍もしっかり頭に入ってきて

さらに自然と実践?しています


内面とも向きあわなければならないものですが

前回の悩みや理想と全くかわっていないので(笑)

「なんで私はこうなのだろう

と自分に対して怒りにも似た感情で

徹底的に内観すると決めた ←前回よりも成長?


すると、

面白いことに気づく。


ある「理想」があるのに

その「理想」を拒絶する生き方をしていたのだ


もう、自分でも本気でびっくりしてしまった


こういうのって、何なのだろう?

自分の心の中って、複雑だな(笑)


だから、

一つ一つ解いていくことに決めた。


前回だったら絶対にわからなかったと思うのですが

2回目である今回

「何でいつも私はこうなのだろう?」



客観的に見ていくことができたのだ。


真逆なことをしている自分

受け取ることをどこかで拒絶?している自分


これでは自分の中が混乱するのは当たり前だと思う。


こういうのってきっと

「気づかないうちに」

そうなってしまっていることが問題なのだと思う。


だから

「真逆な行動・考えをしている」

ということに気づけただけでも

今回の再読はとっても大きな意味があったと思うのです


いや、ほんとに。


これ、再読しなかったら

自分が「真逆」だったてこと、

絶対に気づかなかった気がする。


書き出していて

思いっきり笑ってしまったのだ。


前回記入している内容が同じだけでなく


「何?何?・・・私って真逆なの??


と、

そこで初めて気づいたから


この本のワークのように

「書いてみる」ことの重要性にも気づいた。


書いてみて

客観的に読み返して



となったのだから


自分自身は

自分が1番わかっているようで

1番気づいていないこともあると

本当に感じました実感しました。


これから出来るだけ日記をつけていこうと思います。


気づくと、スッキリ清々しいです

やっぱりこの本は私には「鍵」だったようですね



  P.S スピリチュアル系だけは絶対に「紙」の本派です



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