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映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

一度も撃ってません

2021年08月13日 | 映画(あ行)

男のロマンを追い求めて

* * * * * * * * * * * *

市川進(石橋蓮司)は、2つの顔を持っています。
1つは売れない小説家。
ハードボイルドを気取っていますが、全く原稿は採用されません。
そしてもう一つは、伝説の殺し屋。
実は彼はこの体験を生かして、ハードボイルドを書き進めているのです。

そんなことは全く知らない彼の妻・弥生(大楠道代)。
結局彼女の稼ぎで家計がまかなわれているのですが、
でも小説家としての夫を支えようという、なかなかけなげな妻なのです。

夫の部屋には、無断で入るとそうとわかるような仕掛けがしてある。
そこには本物のピストルが隠されていたりするので・・・。

あるとき市川に影の仕事を回してくる石田(岸部一徳)が
中国系ヒットマンから命を狙われ、市川にも身の危険が迫る・・。

と、いかにもハードボイルドでニヒルな男を気取る市川なのですが、
その秘密はこの題名の通り・・・。
本当は、石田からの依頼で、標的の行動をリサーチしていただけなんですね。
それでもなお、気分はハードボイルド。
これぞ男のロマン・・・と、ちょっぴりヘンテコで、もの悲しくもあります。

地味っぽい作品なのですが、すごく豪華な出演陣。
楽しめます。

<WOWOW視聴にて>

「一度も撃ってません」

2020年/日本/100分

監督:阪本順治

出演:石橋蓮司、大楠道代、岸部一徳、桃井かおり、佐藤浩市、豊川悦司、江口洋介、妻夫木聡、寛一郎

 

ハードボイルド度★★★☆☆

満足度★★★★☆

 


オリ・マキの人生で最も幸せな日

2021年08月12日 | 映画(あ行)

試合の勝敗がすべてじゃない

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1962年、フィンランド。
パン屋の息子でボクサーのオリ・マキ。
フェザー級世界タイトル戦でアメリカ人チャンピオンと闘うチャンスを得ます。
準備がすべて整い、あとは減量して試合にのぞむだけ、というタイミングで、
オリはライヤに恋をしていることを自覚します。
フィンランド中がオリに期待し、周囲は勝手に盛り上がりますが・・・。

実話に基づく話とのことです。
そのためか、全編モノクロの16ミリフィルム。
60年代という時代の雰囲気が良く表わされています。

オリとライヤは地方都市に住んでいるのですが、
この試合のためにヘルシンキに出てきて、
オリのマネージャーの家に滞在することになります。
けれど、ライヤはどうも周囲の人々から邪魔にされているように感じ、
そして実際何もすることがないので、一人で田舎に帰ってしまいます。
その時までオリはライヤのことを単なる友人というくらいの認識だったのですが、
このときやにわに自分が彼女に恋をしている!と強く思うのです。

まあこれはつまり、試合前のストレスのなせるわざなのかも知れませんが。
いつもニコニコとオリを見守っているライヤがいないことで、
オリはすっかりやる気をなくしてしまいます。

オリのマネージャーが先に「試合の日を人生で最も幸せな日にするんだ」というんですね。
勝利の日=人生で最も幸せな日というわけです。
でも、オリは国のためにとか誰かのために絶対に勝つ、
というような気持ちにはどうしてもなれない。
試合前のインタビューでも「勝ち負けはなるようにしかならない」
などといって関係者をやきもきさせます。

結局オリは、試合当日「人生で最も幸せな日」を過ごすのですが、
それはマネージャーが言っていた意味とは違うモノなのでした。

試合に勝とうが負けようが、自分が自分で在ることに変わりはない。
そう思えることは実はとても貴重なのではあるまいか。
オリンピックの勝負に敗れると、まるで人生に敗れたかのように
本人も周囲も落胆するなんていうのはあまり意味がないことなのかも知れませんね。

ライヤも、勝敗がオリの価値を左右するのものではないことを
当たり前に受け止めていて、だからとてもステキなラブストーリーとなりました。
ボクシングが題材でも、決してスポーツ根性物語ではありませんので、あしからず。

 

<Amazon prime videoにて>

「オリ・マキの人生で最も幸せな日」

2016年/フィンランド・ドイツ・スウェーデン/92分

監督:ユホ・クオスマネン

出演:ヤルコ・ラハティ、オーナ・アイロラ、エーロ・ミロノフ

スポ根度★★☆☆☆

満足度★★★★☆

 


100日間のシンプルライフ

2021年08月11日 | 映画(は行)

人は何があれば生きられるか

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すべてのものをリセットした青年の実験生活を記録した
フィンランドのドキュメンタリー映画「365日のシンプルライフ」を下敷きとしたドイツ作品。

スマホ依存症のパウル(フロリアン・ダービト・フィッツ)と、
格好つけでプレイボーイのトニー(マティアス・シュバイクホファー)は
幼なじみでビジネスパートナー。

あふれるほどのモノに囲まれ、充実した生活をしています。
しかし二人のふとした言い争いがきっかけで、ある勝負をすることに。

一万個にも及ぶすべての家財道具を倉庫に預け、
所持品ゼロの状態から一日1つずつ必要なモノを取り出して
100日間生活をするというもの。
先にギブアップした方が負けです。

素っ裸の状態から勝負が始まりますが、
そのうちに彼らは隣の倉庫に出入りする風変わりな女性と知り合います・・・。

断捨離などという言葉もありますが、
確かに多くの人は特に必要でもなさそうなモノに囲まれて生活しています。
どれだけシンプルに生きられるか。
その限界に挑むというのも意義のある試みのように思います。
それにしても素っ裸から始めるというのはやり過ぎにも思いますが・・・。
やはりさすがに二人が始めに持ち出したのは身に付けるモノでしたね。

また、謎めいたとなりの倉庫の女性は必死で自分の身の上を隠していたのですが、
実のところ彼女は大量消費社会の落とし穴にはまった人物でありました。

どんなモノでも簡単に手に入るし、社会はそれをこそ美徳であると高らかに歌う。
生きていくためにはほんの少しのものだけあればいい、
という真実に迫るユニークな作品です。

そしてまた本作、そのことだけでなくパウルとトニーの友情のありようもステキに描いています。
ちょっと見にはトニーの方が頭がよくてオシャレでイケているかのようではある。
でも、本当はトニーはパウルに対してのコンプレックスでいっぱい。
友情というのも複雑なモノですね・・・。

フロリアン・ダービト・フィッツが監督・脚本でしかも主演。
そういえば先日見た「お名前はアドルフ?」にも出てましたっけ。

 

<Amazon prime videoにて>

「100日間のシンプルライフ」

2018年/ドイツ/111分

監督・脚本:フロリアン・ダービト・フィッツ

出演:フロリアン・ダービト・フィッツ、マティアス・シュバイクホファー、ミリアム・シュタイン

 

問題提起度★★★★☆

満足度★★★★☆


「日本アニメ誕生」豊田有恒

2021年08月10日 | 本(解説)

アニメのシナリオライターとしての豊田有恒氏

 

 

* * * * * * * * * * * *

世界に冠たる日本のAnimeはここから始まった―

1963年1月1日、『鉄腕アトム』のテレビ放映開始。
限られた人材、乏しい経験のなか、試行錯誤の連続を経て、
日本アニメの創成期は幕をあけた。
手塚治虫をはじめとする日本アニメ黎明期を支えた人々との交流、
とり・みきや出渕裕ら、いまなお第一線で活躍する
錚々たるクリエイターの巣となったパラレル・クリエイションの日々…。

日本アニメのオリジナル・シナリオライター第一号として、
『鉄腕アトム』『エイトマン』『宇宙戦艦ヤマト』など、
エポックメイキングとなる作品とともに歩んだ筆者が、
貴重なエピソード・お蔵出しの資料とともに伝えるアニメ誕生秘話!

* * * * * * * * * * * *

私、豊田有恒さんは、SF作家としては知っていましたが、
日本アニメの創始期にシナリオライターとして活躍したということは
恥ずかしながら、知っていませんでした。

しかも関わったのが「鉄腕アトム」、「エイトマン」、「スーパージェッタ-」、「宇宙少年ソラン」
などと来ては、私くらいの年代の方ならものすごく懐かしく思うに違いありません。
当時、テレビアニメそのものが少なかったので、
アニメなら放映していればとにかく見る、という感じだったと思います。
だからご近所の子もみな同じモノを見ていました。
(漫画なんか見るとバカになる、というおカタい親の元にしつけられた良家の子女以外は)。
内容はほとんど覚えていないものの、テーマソングなら今でも歌えると思います。

 

著者はシナリオの書き方もわからないのに無理矢理その世界に引きずり込まれたそうなのですが、
しっかりしたSFを表現したいという思いがあったようです。
しかし当時SFという言葉さえまだ知られておらず、
サイボーグって何?という世界だったそう。
そりゃあ、苦労しますよね。

手塚治虫氏とは決裂状態になったこともあるというのはなんとも空恐ろしい話で・・・。
日本のアニメ界で手塚治虫氏を怒らせたらどんなことになるのか、
考えただけでも恐いです・・・。

だがしかしそれでも、物書きとしてのプライドが仕事を続けさせたのでしょう。

 

アニメーターからの日本のアニメ史を語る本はこれまでにもあったかもしれませんが、
シナリオライターの立場からの証言は確かにこれまでなかったかも知れません。
そもそもそれに関わった人たちがすでにかなり高齢化していますし、
当然亡くなっている方も。
そう見ればこのタイミングで書かれたこの本は、なかなか貴重な資料になると思います。

 

「♪じゅーおうむげんのちへいせん~」

私は「じゅーおうむげん」って何?という年齢だったのですが、
歌はよく歌っていた気がします・・・。
オジサンが主人公の、今思えば地味な作品だったかも、エイトマン。

<図書館蔵書にて>

「日本アニメ誕生」豊田有恒 勉誠出版

満足度★★★.5

 


ブラックバード 家族が家族であるうちに

2021年08月08日 | 映画(は行)

「幸せの絵」に潜んだ感情

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2014年デンマーク映画「サイレント・ハート」のリメイクです。

 

リリー(スーザン・サランドン)は、海辺の邸宅で夫・ポール(サム・ニール)と暮らしています。
その日、娘のジェニファー(ケイト・ウィンスレット)とアンナ(ミア・ワシコウスカ)、
その家族たち、そしてリリーの学生時代からの大親友リズ(リンゼイ・ダンカン)を呼び集めました。
不治の病により、死を覚悟したリリーが、家族や親しい人々と過ごす最後の時にしようと思ったのです。

ついこの間「スーパーノヴァ」を見まして、
そちらは男性同士のパートナーの片割れがやはり病に犯され、
幸せな時を過ごした後に自殺を試みるのです。
その時に、「同様の状況となった男女のペアで、片方が自殺というストーリーを見たことがない」、
などと書いたのですが、あれま、その直後に本作を見たのでした・・・。

リリーはもうまもなく体が思うように動かなくなり、
寝たきりで食事もとれなくなる、とわかっています。
だからそうなる前に、自らの命を終わらせてしまおうと覚悟を決め、
呼び集めた家族と親友にもその決意を説明。
皆はなかなか納得はできないものの、本人の意を汲もうと考えるようになります。

・・・と、そこまでなら良くあるストーリー。

ところがここで、ある秘密が明るみに出て、様相が変わってしまいます。

リズは学生時代ポールが好きだったのですね。
どうやらリリーとリズ、そしてポールは三角関係にあって、
結局リリーとポールが結婚ということに落ち着いたらしい。
しかしリズは未だに独身で、しかもリリー一家とも非常に親しく交友を続けている。
家族旅行もほとんど一緒。

これまでごく普通の穏やかな一家、と見えていたものが、
やにわにいびつにゆがんで見えてきます。

リリーが早々に安楽死を決めたと言うのには
もっと複雑な感情が潜んでいるのではないか・・・、
あるいはリズとポールの陰謀とか・・・。

端から見た幸せの形は、本人にとってもそうだとは限らないわけですね。

それにしても海辺のこの家。
居間の大きな窓からすぐに海が見えて、広くて居心地の良さそうな間取り。
温室には果物がなっていて鶏が餌をついばんでいる。
そこで親しい友人と家族が集まってディナー。
くつろいだ時間。

はあ・・・いいですねえ。

確かに、こんな時間を人生の最後の時として過ごせたら最高に幸せだと思います。
あんな風に「安楽死」の薬が簡単に手に入るのだったら、
不治の病でなくても使ってみたくなるかも・・・。

 

<シアターキノにて>

「ブラックバード 家族が家族であるうちに」

2019年/アメリカ・イギリス/97分

監督:ロジャー・ミッシェル

出演:スーザン・サランドン、ケイト・ウィンスレット、
   ミア・ワシコウスカ、リンゼイ・ダンカン、サム・ニール

 

秘密度★★★★☆

満足度★★★☆☆


ビバリウム

2021年08月07日 | 映画(は行)

家族を強要される町

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2人で住むための新居を探しているトム(ジェシー・アイゼンバーグ)と、ジェマ(イモージェン・プーツ)。

ふと入った不動産屋で、住宅地「ヨンダー」を紹介され、
ほとんど強引に連れて行かれます。
そこは全く同じ家が整然と立ち並ぶ奇妙な住宅地。

内見を終えて帰ろうとすると、近くにいたはずの不動産屋が見当たりません。
用は済んだので2人で帰ろうとすると、周囲の景色はずっと同じで、
どうしてもこの町を抜け出すことができず、
そしていつも「9番」の家にたどり着いてしまうのです。
この町に、閉じ込められてしまった2人。
そんな時、目の前にダンボールの箱が置いてあって、中に赤ん坊が入っています。
そして箱には「成長すれば、解放される」と書かれているのです・・・。

冒頭のエピソードでカッコウの托卵のことが語られていました。
カッコウは、別の鳥の巣に自分の卵を産み付けて、
その鳥に自分の卵を温めさせて雛をかえさせる、ということ。
つまりは、トムとジェマが他の誰の子とも知れない赤ん坊を
育てさせられることになることの前振りですね。

これが普通の赤ん坊ならもしかして2人も愛情を注ぐことになったかも知れない。
けれど、この赤ん坊は異常に早く成長。
常に無表情で、空腹など自分の要求が満たされない時には大声で奇声を発したり、
トムとジェマの会話を一言一句まねしてみたり・・・、
とにかく愛情を注ぐような対象とはなりがたいのです。
トムは次第に絶えられなくなり、子供を閉じ込めて餓死させようなどと思ったりするのですが、
ジェマはさすがに多少の母性本能で、子供を殺したり傷つけたりはできない、と思う。

ともかく、不気味です。
全く同じ家が建ち並ぶ光景は、私たちの生活そのものを皮肉っているようでもあり、
でも、その家族には「愛」などというものがない。
毎日毎日が同じようなことの繰り返し、子供だけが異様に早く成長する他は、
見える景色も天候さえも変化がない。
この異様に広い町に、自分たち以外には誰もいない・・・。

結局この子供を育てさせたものの正体、この子供の正体、謎に包まれたままです。
わからないからこそ恐い。

 

トムが苛ついたあまりに家に火を付けたときには、次の日にはまた家は元通りになっていました。
でも、トムがせっせと庭に穴を掘り始めたときには、その穴は埋まらず、
どんどん深く掘り進みます。
・・・けれど、結局その穴のことも“彼ら”には織り込み済みだったことが
最後の方でわかりますよね・・・。
恐い、恐い。

 

<Amazon prime videoにて>

「ビバリウム」

2019年/ベルギー・デンマーク・アイルランド/98分

監督:ロルカン・フィネガン

出演:ジェシー・アイゼンバーグ、イモージェン・プーツ、ジョナサン・アリス

 

不気味度★★★★☆

満足度★★★.5

 


記憶屋 あなたを忘れない

2021年08月06日 | 映画(か行)

忘れてしまいたいことを忘れさせてくれるのなら・・・

* * * * * * * * * * * *

大学生遼一(山田涼介)は、恋人杏子(蓮佛美沙子)にプロポーズしますが、
その翌日から彼女と連絡が取れなくなり、
数日後に再会した彼女は、遼一の記憶を失ってしまっていました。

そんな時遼一は、人の記憶を消せるという、都市伝説的な「記憶屋」の存在を知ります。
記憶を消すことができるのなら、元に戻すこともできるのでは?
と思う遼一は、大学の先輩で弁護士の高原(佐々木蔵之介)の協力を得て、
記憶屋のことを調べ始めます。

そしてまた遼一には、もう一つ記憶にまつわるできごとがあったのです。
それは幼なじみの真希(芳根京子)と自分が子供の頃のこと・・・。

誰にでも忘れてしまいたいことの1つや2つ、確かにありますよね。
時の流れが自然に記憶を薄れさせてくれることもあるけれど、
忘れたいことに限っていつまでも記憶にしぶとく残ってしまうものでもあります。
だから「記憶屋」が本当にいるのだったら、会ってみたい気もします。

遼一は、杏子が自分のことだけを忘れてしまったということにショックを受けるのですが、
実は杏子にとって「忘れる」ことが生きていくために必要だった・・・。
まあこれが表向きの理解なのですが、実はそこには別の理由が・・・、
と言うのが本作のキモであります。

芳根京子さんの熱演が光ります。
やっぱりいい女優さんだなあ・・・。

<WOWOW視聴にて>

「記憶屋 あなたを忘れない」

2020年/日本/105分

監督:平川雄一朗

原作:織守きょうや

出演:山田涼介、芳根京子、佐々木蔵之介、蓮佛美沙子、泉里香

 

恋愛度★★★☆☆

満足度★★★.5

 

 


「宝島」真藤順丈

2021年08月05日 | 本(その他)

沖縄の戦後史を駆け抜ける幼なじみたち

 

 

 

* * * * * * * * * * * *

英雄を失った島に、新たな魂が立ち上がる。
固い絆で結ばれた三人の幼馴染み、グスク、レイ、ヤマコ。
生きるとは走ること、抗うこと、そして想い続けることだった。
少年少女は警官になり、教師になり、テロリストになり―同じ夢に向かった。
超弩級の才能が放つ、青春と革命の一大叙事詩!!

◆祝! 3冠達成★第9回山田風太郎賞&160回直木賞受賞! &第5回沖縄書店大賞受賞!◆

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直木賞受賞作ということで早く読みたかったのですが、
例によって図書館予約ではなかなか順番が回ってこなくて、
文庫版が発売になった今、ようやく順番が回ってきて読むことができました。

 

さて、人気があるのも当然。
ぐいぐい引きつけられてしまう力作です。

戦後、アメリカ統治下の沖縄。
アメリカ軍の倉庫から物資を盗み出し、沖縄の人々に分け与えている
「戦果アギヤー」と呼ばれる一団がいました。
そのリーダー「オンちゃん」は、仲間たちからはもちろん、
地元の人々にも信頼され慕われて、ほとんど伝説的ヒーローのような存在。

そんな彼らが、その日ついに一番の大物嘉手納基地に忍び込む。
しかし、失敗。
米軍に追われ命からがら逃げ出したのが、オンちゃんの親友・グスクと弟・レイ。
基地の鉄条網の外ではオンちゃんの恋人・ヤマコが
皆の戻るのを待ちわびていたのですが・・・。
オンちゃんはついに戻ることがなかった。
基地内に潜んでいるのか、どこかからうまく逃れることができたのか・・・。
しかし、いつまで経ってもその行方はわからないまま・・・。

 

戦火の沖縄を生き抜いたこの幼なじみたちは、
非常に強い絆で結ばれていたのです。
でも、その中心人物であったオンちゃんが欠けたことで、
3人はひどい喪失感に駆られ、やがてそれぞれの道を歩み始めるのです。
オンちゃんはきっとどこかで生きていると信じ、
きっと自分が彼を見つけ出す、と誓いながら・・・。

グスクは警官に、ヤマコは教師に、そしてレイはテロリストになっていきます。
道を違えながらも、アメリカ軍と日本人に踏みにじられた
沖縄の自治と平和を強く望む気持ちは同じ。
沖縄の言葉使いで語られる力強い物語にただただ圧倒されます。

 

沖縄の本土復帰までの道のりも語られるわけですが、
いざそれが実現しても沖縄の人々の実態はほとんど変わらない。
相変わらず米軍基地はあり続けるし、日本政府はそれを変えようともしない。
日本からも踏みにじられ続ける沖縄の悲痛な歴史に改めて胸が痛みます。

 

また、作中に登場する1人の少年が、非常に重要な位置を占める役割となっていることが
最後に明かされるという、物語的にも胸の高鳴る展開がなんとも心憎い・・・。

 

魅了されました・・・。

 

図書館蔵書にて

「宝島」真藤順丈 講談社

満足度★★★★★

 


戦火のランナー

2021年08月04日 | 映画(さ行)

走ることは、生きるために逃げること

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オリンピック開催中にはタイムリーな作品。
ドキュメンタリーです。

 

内戦が続くスーダン。
8歳のグオル・マリアルの両親は、息子の命を守るため苦渋の決断をし、
我が子を村から逃がします。
しかしグオルは武装勢力につかまったり、だまされて奴隷のような生活になってしまったり・・・。
でもその都度逃げ出すことに成功。
ひたすら走ってその場を逃げおおせたのでした。
グオルにとっては、「走る」ことは「生きるために逃げる」ことなのです。
こんな放浪生活の末、やがて難民キャンプに保護され、
そして幸運にもアメリカへ移住することができたのです。
でも多くいた兄弟たちは、ほとんど皆内紛に巻き込まれて亡くなり、
たった一人の兄と両親はスーダンに残ったまま・・・。

そしてアメリカでは、グオルの走ることの才能が開花。
初めて走ったマラソンで2012年ロンドンオリンピック出場資格を手にします。

そのころ、スーダンはアラブ系民族でイスラム教徒の多い北側を「スーダン」、
アフリカ系の人々からなる多くがキリスト教徒の南側が「南スーダン」として2分。
つまりグオルの故郷は「南スーダン」として新たな独立国となったのです。

そんなできたての国だったので、まだ国内オリンピック委員会がなく、
グオルのオリンピック出場が危ぶまれました。
しかし、国際オリンピック委員会は、個人参加選手として彼の出場を認めたのです。
グオルは、「南スーダン」からの出場ということにはならなかったけれど、
それでも祖国南スーダンの人々は一心に彼を応援したのでした。

この度の東京オリンピックでは、国際オリンピック委員会に若干不審の念を抱かずにはいられなかったのですが、
こんな粋な計らいをすることもある訳ですね・・・。
リオオリンピックからは、難民選手団の枠ができて、
この度のオリンピックでも29名が難民選手団として出場しています。

さてこのとき、グオルは「スーダン」からの出場とするか、出場しないか、
どちらかの選択しかなかったのですが、
「スーダン」の名の下での出場をかたくなに拒んだわけです。
そりゃそうです、現・南スーダン人としての意地と誇りがあります。

筆舌に尽くしがたい少年期の過酷なサバイバルのような体験の様子は、
アニメーションで描かれています。
実写では生々しくなりすぎるかもしれないので
そこは、いい演出だと思いました。

ロンドンオリンピックでのマラソンの走りの中で、
彼はもうつらくて途中で棄権しようかと思うのです。
しかしその時、路上に彼を応援する南スーダンの人々の姿がありました。
陽気に踊って、彼を応援する人々。
そこで彼は元気をもらってまた走り出します。

応援って、こんな風にアスリートの力になることがあるんですね。
無観客なら、こうはならない・・・。
やはりどう見ても、いびつなこの度のオリンピック・・・。

さてその後、グオルは南スーダンの若者に陸上競技を広める活動をしたり、
自らも次のオリンピックのために走り続けたりもするのですが、
あまりいい成績は残せません。
そして、せっかく平和を取り戻したかに見えた南スーダンでは、
また民族間の抗争が始まったりする。
物語なら「めでたしめでたし」で終わるのですが、
グオルの人生はまだまだ茨の道のように思える・・・。

人々の経済的な格差が問題になることは多いですが、
こうした国家間の格差も、どうにかしていかなくてはなりませんね。

 

<シアターキノにて>

「戦火のランナー」

2019年/アメリカ/88分

監督:ビル・ギャラガー

出演:グオル・マリアル、ラスティ・コフリン、コーリー・イーメルス、ブラッド・プア

 

 


お名前はアドルフ?

2021年08月02日 | 映画(あ行)

命名から始まる大論争

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2010年フランスで上演された舞台「名前」を、ドイツで映画化したもの。
なるほど、舞台はほとんど1つの家の中。
登場人物の「会話」がすべてと言ってもいい作品なので、
おそらく元は舞台劇なのだろうなあとは思いました。

 

文学教授のステファン(クリストフ・マリア・ヘルプスト)と妻エリザベス(カロリーネ・ペータース)が
ディナーの準備をしているところから始まります。

招かれたのはエリザベスの幼なじみで、一家と親しく交流している音楽家のレネ(ユストゥス・フォン・ドーナニー)、
エリザベスの弟トーマス(フロリアン・ダービト・フィッツ)、
そしてトーマスの恋人アンナ(ヤニナ・ウーゼ)。
アンナは妊娠していて、出産間近です。
そんなわけで、トーマスがまもなく生まれてくる子供の名前を決めた、と言うのです。

その名前が、「アドルフ」。
一同、色めき立ちます。
なに、あのヒトラーと同じ名前?!

それは絶対にダメだ、独裁者と同じ名前だなんて、きっといじめられる・・・。
特にステファンは弁を尽くして反対しますが、
トーマスもあれやこれやと反論。
すっかり雰囲気が悪くなってしまいます。

しかしこの話題は実はほんのきっかけにしか過ぎません。
頭に血が上った面々は、やがて互いの秘密やこれまで口に出して言えなかったようなことまで、
暴露し合いはじめて・・・。

 

言葉と言葉の応酬。
日本人はこういうことは不得手なので、
もしこんな場に居合わせたら何も言えずに隅の方でうつむいているしかないでしょうね。
自己主張、大いに結構。
とは思いますが、ここまで言いすぎになってしまう危険性もあるということですね。
言ってはならないこと、というのは確かにある。

 

でもこの人たちは、アンナをのぞいては皆幼なじみで、
幼い頃から付き合いが深かったようなのです。
言いたいことを言って、互いに傷ついて・・・。

でもラストシーンを見れば意外と元に戻っているように見受けられたのが、嬉しいところ。

 

何か不満があって言いたいことをため込んで・・・。
けれど普段はその不満以上の信頼をもって生活しているということなのでしょう。
そこが大事。
人と人とのつながりは、案外修復力高いのですね。

 

<WOWOW視聴にて>

「お名前はアドルフ?」

2018年/ドイツ/91分

監督:ゼーンケ・ボルトマン

出演:クリストフ・マリア・ヘルプスト、カロリーネ・ペータース、フロリアン・ダービト・フィッツ、
   ユストゥス・フォン・ドーナニー、ヤニナ・ウーゼ

 

論争度★★★★★

満足度★★★★☆

 


笑顔の向こうに

2021年08月01日 | 映画(あ行)

ほのぼのするお仕事ストーリー

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第16回モナコ国際映画祭エンジェルピースアワード受賞作とのこと。
モナコ映画祭なんてあったんだ・・・と言う程度の認識の私ですが。

真夏(安田聖愛)は新人歯科衛生士。
東京郊外のデンタルクリニックで働き始めました。
そんな彼女が、幼なじみの大地(高杉真宙)と再会します。

大地は、洗練された美しい歯を作ると評判で、
その上イケメンなので密かに「王子」などと呼ばれている歯科技工士です。

しかし大地は、地元金沢で歯科技工所を営む父に「半人前」と言われ、
反発を覚えていたのでした。
そしてさらに、初めて入れ歯を提供した患者から「合わない」と、
突き返されてしまったのです。

真夏は、幼い頃にからかわれたりして苦手に思っていた大地。
けれど今、大地と再会して・・・。

私、点検のために定期的に歯科医に通っていますので、
歯科衛生士さんはとてもなじみ深い存在です。
時々いかにも不慣れな新人らしい方もいたりするので、
本作の真夏の様子も、なんだか微笑ましい。
こういうことはやはり慣れがものをいうと思うので、
私も、痛くされない限りは喜んで練習台になりますとも!と言う心境になりました。

本作は歯科衛生士さんと技工士さんのお仕事ストーリー+青春成長物語+ラブストーリー
ということで、確かに、良くできた物語でした。

安心して普通に楽しめます。

<Amazon prime videoにて>

「笑顔の向こうに」

2019年/日本/84分

監督:榎本二郎

脚本:川崎龍太

出演:高杉真宙、安田聖愛、木村祐一、松原智恵子

 

お仕事物語度★★★★☆

ラブストーリー度★★★★☆

満足度★★★★☆

高杉真宙さんの魅力度★★★★★