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「銀河鉄道の父」門井慶喜

2019年07月05日 | 本(その他)

宮沢賢治を父親の視点から

銀河鉄道の父 第158回直木賞受賞
門井 慶喜
講談社

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明治29年(1896年)、岩手県花巻に生まれた宮沢賢治は、
昭和8年(1933年)に亡くなるまで、主に東京と花巻を行き来しながら多数の詩や童話を創作した。
賢治の生家は祖父の代から富裕な質屋であり、
長男である彼は本来なら家を継ぐ立場だが、賢治は学問の道を進み、
後には教師や技師として地元に貢献しながら、創作に情熱を注ぎ続けた。
地元の名士であり、熱心な浄土真宗信者でもあった賢治の父・政次郎は、
このユニークな息子をいかに育て上げたのか。
父の信念とは異なる信仰への目覚めや最愛の妹トシとの死別など、
決して長くはないが紆余曲折に満ちた宮沢賢治の生涯を、父・政次郎の視点から描く、
気鋭作家の意欲作。

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直木賞受賞作。
図書館予約を長く待って、ようやく読むことができました。


本作、宮沢賢治の生涯を描きながら、
それが彼の父親である政次郎の視点から描かれているところがミソ。
それも明治の世で、比較的裕福な家系、となれば
父親といえば尊大な家長を思い浮かべるところなのですが、
本作中ではなんだか現代人の感覚に近いものが感じられる。
それだからこの父親が親しみやすく、微笑ましくさえ感じてしまうのです。


当時の家長といえば、どーんと構えていて気安く家族と会話などしないもの
・・・というのがまあ、一般的。
政次郎は、本来そういう性格でないのを、
あえて努力してそうあるようにしているように見受けられます。
賢治が幼い頃病気で入院したときには、子供が愛おしくてならず、
周囲が呆れるのも構わずずっと付き添って看病し続けた。
質屋に学問は必要ないとして、本来進学も止めるべきところだったのですが、
政次郎は賢治が質屋には向かなそうであること、
そして他の可能性はありそうなことを見て勉学を続けることを許します。
賢治の適当なお金の無心にも、内心腹立ちながらつい応じてしまう。
愛が溢れてますが、それを口に出すことができないのです。
けれどひたすら賢治を理解しようと努め、彼自身の「幸福」を願う。
そんな思いを押し付けがましくしないところもまたいい。
親とはこうありたいものだなあ・・・と、しみじみ。

それにしてもこの時代までは、様々な疫病が簡単に人の命を奪います。
比較的裕福で食事事情もそう悪くはないだろうと思われるこの家族でさえ、
賢治の妹トシと賢治までもが結核で命を落とします。
有名なトシの「あめゆじゅ」のシーンにはやはり泣かされる・・・。
そんな命の儚さが当たり前の世の中であればこそ、
今以上に賢治の童話に人々は心奪われたり慰められたりしたのかもしれません。


賢治の生存中に作品が地元の新聞に掲載されたり、出版にこぎつけたものもあったりしながら、
全国的には話題にならず、日本中に知られるようになったのは賢治没後のこと。
こういう皮肉はありがちではありますが・・・。
直木賞受賞も誠に納得の良作。


「銀河鉄道の父」門井慶喜 講談社
満足度★★★★★



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