映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「イリノイ遠景近景」 藤本和子

2022年12月13日 | 本(エッセイ)

一介の人々の生き様を聞く

 

 

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刊行後即重版! 名翻訳者による、
どこを読んでも面白いエッセイの傑作。

近所のドーナツ屋で野球帽の男たちの話を盗み聞きする、
女性ホームレスの緊急シェルターで夜勤をする、
ナヴァホ族保留地で働く中国人女性の話を聞く、
ベルリンでゴミ捨て中のヴァルガス・リョサに遭遇する……
アメリカ・イリノイ州でトウモロコシ畑に囲まれた家に住み、
翻訳や聞書をしてきた著者が、人と会い、話を聞き、考える。
人々の「住処」をめぐるエッセイの傑作。 

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藤本和子さんというのは、正直私にはなじみのなかった方なのですが、翻訳者なのですね。
アメリカの方と結婚して、現在も米イリノイ州在住。
83歳。

本書はエッセイ集ですが、「小説新潮」に1992年~1993年に連載されたものが
単行本として1994年に刊行され、それがさらに文庫化されたものです。
というわけで、今から30年ほども前に書かれたものながら、
その内容はちっとも古びてはおらず、今もハッとさせられることが多いのです。

多くは人と出会い、その話を聞いたことを紹介しています。
それも、いわゆる成功者や著名人のインタビューではなく、
ごく一介の人々や、特異なことを成し遂げた人。

ナヴァホ続保留地で働く中国人女性の話、先住アメリカ人の陶芸家の話・・・。
藤本さんはあまり多くは語らず、相手の言葉――生きる思いを
するすると引き出しているように思われます。

中でも、第二次大戦中、ユダヤ人でありながら自らをドイツ人であると偽り、
ヒトラー・ユーゲントに入隊してしまったという
ソロモン・ペレルの話は圧巻でした。
このことは「ヨーロッパ、ヨーロッパ」という映画にもなった有名な話のようですが、
少なくとも私は知りませんでした。
しかし、ユダヤ人でありながらユダヤ人を差別し虐待する役割をしなければならないというその心中は、
たやすくは語ることはできないと思うのですが、
藤本さんは本音を聞き出せていると思います。

 

その他、ホームレスシェルターで夜勤をする話、
広大なトウモロコシ畑に囲まれた家での暮らしの話・・・興味深いことばかり。

大切な一冊となりました。

 

「イリノイ遠景近景」 藤本和子 ちくま文庫

満足度★★★★★

 



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