映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「ハリー・ポッターと死の秘宝 上・下」 J.K.ローリング  

2008年08月22日 | 本(SF・ファンタジー)

「ハリー・ポッターと死の秘宝 上・下」 J.K.ローリング  松岡佑子訳 静山社

さて、とうとうというか、やっとというか、ハリーポッターの最終巻ですね。
この本、発売日に手元に届いていたのですが、なんだかおっくうで、今やっと読んだんですよ・・・。
確かに、長いですもんね。
そうなんです、もう飽きた・・・というところもあるし、そもそも、前にどんな風に終わったのだったかも、あんまりおぼえていなかった。
・・・ところがですよ、読み始めたらやっぱり面白くて、結構ハマりました!
最後にはやはり、「例のあの人」との対決になるわけなんですね?
そうなんですが、それよりも、もっと、ハリーを取り巻く人々のいろいろな過去などの話がとても胸に迫りました。
そうですね、これぞ長い物語の集大成という感じで、これまでのいろいろなエピソードがすべて関連付けられ、大混乱と大団円へと突き進む。
まずはハリーの最も尊敬するダンブルドアですね。
ずっと、誰もが尊敬する高潔な人物として書かれていたように思うのですが、実のところ若い頃は権力欲にまみれた野心的な人物だったようだ・・・。
ダンブルドアは、「死の秘宝」を追い求めていたというのですね。
それはおとぎ話のようにして語られる三つの宝。
「ニワトコの杖」、「蘇りの石」、「透明マント」。
なんとその一つ、透明マントはずっと始めの方からハリーが持っていた。
ハリーは分霊箱を探しつつ、これら三つの秘宝の謎も解かなければならない・・・。
私が驚いたのはスネイプですね。
ここはネタばらしになるのであまり詳しく言いたくないけれど、
訳者の後書きにもあるとおり、最終章近くではなんとも切ないスネイプの過去が語られる。まさに圧巻です。
ここを描きたいために、著者はここまでしぶとく嫌味に彼を描き続けていたのか・・・。
スネイプがらみで以前から話は出ていましたが、亡くなったハリーの父親というのは、実は高慢ちきでいやな奴だった・・・というのも、ここに来てますます納得させられる部分ですね・・・。
こうしてみると、このストーリーは、人間の二面性を描いている、と言えなくもないのでは?
そうだねえ、魔法使いもマグルも同じ人間と考えてよければね・・・。
人は一方向から見ただけではわからない。とても複雑な生き物だってことだね。
でも、それは「一つの形」を別の方向から見て、違って見える、ってことだけではないのじゃないかな?
というと?
人はもともと「一つの形」なのではなくて、それ自体が変化するってことなんだと思う。
あー、たとえばダンブルドアは、若い頃はそうした野心家だったかも知れないけれど、年齢を重ねていくうちに、人間的にも成長して、周りの人たちの信頼を勝ち得たということだったり・・・。
あの、どうにもならない、落ちこぼれのネビルの成長のすばらしいこと!
それを言ったら、一番すごいのはやはりハリーですよ。
最後の「例のあの人」との対決シーン。

「誰も手を出さないでくれ」
ハリーが大声で言った。
水を打ったような静けさの中で、その声はトランペットのように鳴り響いた。
「こうでなければならない。僕でなければならないんだ」

・・・ここでは思わず胸が熱くなりましたね。
あの、ロンとハーマイオニーの助けでようやくここまで来たハリーが、
なんとりりしく、自信に満ちていることか。
数々の苦難、疑心暗鬼、自信喪失・・・。
すべてはここまで大きくなるための糧であったと、ようやく納得できるわけです。
映画的だなあ・・・。
小説中では7年。実世界では10年を費やしたからね・・・。
だから、人間ってどのようにでもなれるってことなんだと思う。
いい方に進むために必要なのは自身の強い意志と、人々の理解、友情・・・。
強い意志だけではなかなかつらい、というのはスネイプの例なんだろうね。

この本では、一番最後にうれしいおまけで19年後の彼らの世界が描かれています。
9月1日、新学期を迎える駅。9と4分の3番線。
ハリーやロンの一家が子どもたちをホグワーツに送り出すシーン。
・・・それぞれの妻は誰?
それは自分で確かめましょう!

結局、この本はやっぱり途中で飽きたからもうやめた、というのは絶対にダメだね。
最後まで読まないと、読んだ意味がない、そういう物語。
はい、著者が適当に話を引き伸ばしていたのではなくて、
初めから、きちんと結論が頭にあって書きつないでいた、ということをやっと理解しましたっ!

満足度★★★★★

 



最新の画像もっと見る

コメントを投稿