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映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「小さいおうち」中島京子

2010年09月06日 | 本(その他)
タキさんの懐かしく大切な赤い屋根の家

小さいおうち
中島 京子
文藝春秋



            * * * * * * * *

話題の第143回直木賞受賞作です。
語り手、タキさんは小学校を出てすぐに女中奉公に出ます。
現在80を過ぎているタキさんが、
ある家で女中として過ごした頃のことを心覚えにノートに書き付けているのです。
女中奉公などというと「おしん」を思い出して、辛いことばかり・・・?
と思ってしまいますが、
この話はそんな辛気くさいものではありません。
昭和10年前後。
平井家の若奥様時子さん。
うんと年上の旦那様。
時子さんの連れ子の恭一坊ちゃん。
そういう3人家族が住んでいる、赤い屋根の二階建ての小さなおうち。
当時としては、とてもモダンだったでしょうね。
くるくるとよく働くタキさんは大変重宝がられて、家族と共にいきいきと暮らします。
この家はタキさんが終の棲家と思い定めたくらいに、懐かしく大好きだった家。
特にこの時子奥様は、キレイではかなげで、愛くるしく、
誰もが一目で好きになってしまいそうな人。
近々東京オリンピックが開催され、万国博覧会が開かれる予定。
旦那様の玩具会社も景気がよくて、
この小さなおうちの中ばかりか、社会全体がうきうきとしている。
そんな様子がとてもよく伝わります。

でも、これは史実が示すとおり、満州事変、日米開戦・・・
次第に世の中が不安定になっていきますね。
けれども、タキさんの実感としては、その頃も楽しかった、と言うのです。

学生であるタキさんの甥の次男、健史が時折タキさんの様子を見に来るのですが、
書きかけのタキさんのノートを見て、こんな風に言います。

「おばあちゃんは間違っている、
昭和10年がそんなにうきうきしているわけがない、
昭和10年には美濃部達吉が「天皇機関説問題」で弾圧されて、
その次の年は青年将校が軍事クーデターをおこす「2・26事件」じゃないか、
いやんなっちゃうね、ぼけちゃったんじゃないの・・・」


私にとっても書物などで読んだ昭和10年はそんな時代。
けれども、当時生きていた人々は、
もちろんそういう新聞記事などを見て眉をひそめ、
不安な気持ちにはなったでしょうけれど、
でも、毎日の生活の方が大事なわけです。
それは今私たちが中東の戦争やテロ事件のニュースを見て一時胸を痛めながらも、
やはり大きな関心は日々の暮らしや仕事のことであるのと同じ。
私もうんと若いいころには、
「明らかに間違っていると皆知っていたはずなのに、
どうして戦争が始まってしまったのだろう」
と、半ばその頃の大人たちを責めるような気持ちになったことすらありますが、
今はさすがにそうは思いません。
一人一人の思いや願いとは裏腹に、
世の中が進んで行ってしまうというのは、あるんですね。
だからこの辺はとてもリアルな当時の庶民の心情が描かれていると思うのです。
真珠湾攻撃、日米開戦が大喝采であったり・・・。


ところが、そういう庶民生活と戦争がテーマなのかと思えばそうではなく、
この家に大きな秘密がふくれあがってくるのです。
時子奥様と旦那様の部下の板倉さんの・・・。
一緒に暮らしているタキさんには解ってしまうのです。
そこにはこのような非常時によくないこと・・・と言うだけでなく、
タキさんの微妙な気持ちの動きも見え隠れします。
ここには直接的な「不倫」とか「浮気」という言葉は出てきませんし、
性的な描写もありません。
このひめやかな秘密、
ずっとタキさんが胸の奥底にしまってきた秘密。
今さら思い出を語るとは言っても、やはり直接的に書いてしまうことはできない。
そういうためらいがよく出ていますね。

そうこうするうちに、日本の戦局はいよいよ苦しく、
板倉さんは出兵、東京には空襲が・・・。
どうしてタキさんがそんなにあの赤い屋根の家を懐かしく大切に思うのか、
次第にそれが胸に迫ってきます。
そして、その甘やかな記憶と共に、
忘れてしまいたいくらいに苦い思いもまた
同時に抱えてきたのだということが解ってきます。

なんて深い物語なのでしょう。
あまりにも懐かしく切ないのです。
でも、最後に語られるエピソードでは、
切ないながらもまた深い充足感を得ました。
人々のどんな喜びもつらさも、時は洗い流してしまうのでしょうね。
でも、私たちは時折、時の彼方に消えつつあるそれらの人々の思いを呼び起こしてみる。

さすが直木賞。
納得の力作でした。
これは本当におすすめです。
星もおまけに一つ。

満足度★★★★★★