谷崎光 中国日記  official blog  

北京発! 2018年9月3日で北京在住18年目に突入。

北京郊外で桃の花が満開! 平谷の桃花海

2011年04月20日 | 観光
北京郊外の平谷へ行ってきました。
ここは桃の花で有名です。


とにかく、一面、桃の花。





これはポケットカメラのパノラマ機能で。写真は全部、小さい普通のデジカメで撮ってます。






高いところから見るとこんな感じ。薄桃色は全部桃畑です。ようはこのあたり、全部桃畑。
もともと農地だったのを、儲かるからというので、桃の木に変えたんですが、結果、皆がやりすぎて、桃の価格が下落、儲かりませんでした、という中国によくあるパターン。





北京市内から車で高速を通って約一時間半。ある地点から道の両側すべて桃畑で盛り上がりました(平日で現地のポイント周辺はやや渋滞でした)。
車で行くのが自由が利いて楽しいですが、
ツアーもあるし(どんなのかは知らんけど)、
聞くと路線バスは、現地の乗り継ぎが中国に慣れてないと多少大変だそうです。

地図のピンクの〇付近が桃畑。青〇が渓谷等の観光スポット。
ピンクの辺りに行って、どこでも車を止めて中に入っていいんですが、
一応ビューポイントがあります。

1.桃花海 2.それを小山から眺める小金山 
両者の距離は近いですが、道に多少、迷いました。
今回は花のみでしたが、次は峡谷も行ってみたいです。桃狩りの季節に行こうかな。
花は今週ぐらいが見所(か、ちょい遅い)でしょう。急げ~!



 

桃花海の目印。中国にありがちな感じの、   小金山。ここから山に登ります。      モニュメントが建ってます。

中国語の行き方。 道、合ってるかどうかは自己責任で(笑)。

美しいものを見ると、元気が沸きます!!!

上海万博、行ってきましたその2 中国館 入場困難な本当の理由

2010年05月07日 | 観光
貴州と上海万博の毒気に当てられたか、北京に帰ってきたとたん、バテて風邪を引いて、寝込んでおりました。いつになく熱が出て、でも、かわりに身体はすっきり。
 中国って、毒気あるところだからねぇ……。


 というわけで、上海万博報告が遅れましたが、初日(5月1日)にお友達と一緒に行ってきました。しかし、すっかりのんびりしてしまい、たしか会場到着は10時ごろ。


 さっそく日本館に行くものの、すでに三時間まち。日本館らしく最後尾でちゃんとアナウンスしており、多くの人々はあきらめて去っていきます。

 しかし真夏日に関係者らしき背広のおっさんたちが、携帯片手に寄り添っているのもいかにも日本。

 ちなみに中国の報道や、それをそのまま引き写したものでは、**館が大人気! とか言ってますが、毎度ながらかならずしも事実や見た感じとは一致しないです。

 
 アメリカ館などは、政治があるのか、ほとんど報道されていないらしく、北京の中国の友から、「ないのか?」などと聞かれる始末。あります。


 近くでは、主題館(中国主催のテーマ館)の予約券発行にこれまた並んでましたが、これは午後からすぐに予約なしで全部見れました。本来この予約機でやるはずの中国館の予約券が発券ができなかったのは、たぶん機械の故障ではないと思う。

 全体は思ったより混んでなかったです。報道とかは入り口とか撮ってるからね。

 全館が入場コンピューター管理で、会場数箇所に各館待ち時間表示と全体予約パネルを作れば、全部ほとんど待ち時間なしで見れるのでしょうが(開いてるところに客回るからね)、そうはいかぬ諸事情があるんでしょうね。


 で、「吉野家」で腹ごしらえをし(アフタヌーンティーまで出店してて驚きました)、並ばなくて済むところ(けっこうあります)を中心にいくつか見ました。

 

 中は普通のファーストフード風。

偽物かと思ったら「来自東京」と…。



 全体としての印象は、発展途上国では展示館のなかに物販、レストランが超多い。
 とくに中東諸国の一部では、全館物販なところもあり、多くも展示には金もパワーもかけず、写真だけとかさすが中国での万博というか、ズバリ一言。


 「上海手抜き万博」



 ま、ウラでは各国いろいろ言い分があると思います。で、責める気にはならない。
でもたしか、ヨルダンだっけ、封筒に記念スタンプ押してもらったら、死海の化粧品の広告でそれが館の本スタンプ……。


 で、主題館の中にある郵便局で、首日封(初日スタンプを押した記念封筒)を買っていたら、すぐ売り切れ。で、ロビーに出たら、私服の職員らしき人が紙袋に山のように持っていて、客に声をかけ、横流ししてました。

  
やみ売り(左)と郵便局のカウンターで購入する人々(右)。郵便局で前の男性が、あまりに派手な横はいりするので、「並べ!」といったら、「フン、人のことにかまうな」と言われました。で、日本語で「並んでくださ~い」と言ったら(アンタ、ガイコクジンに恥さらしてるよ、の意味です)、前の中国人の女の子が、うれしそうに日本語で「あ、日本人ですか?」と。思わぬ展開に男性は黙って並びました……。


 中国で列車チケット入手が困難なのも(10日前、5日前から販売ですが、発売開始時にすでに一枚もなく、しばしば運行当日に売り切れのハズの切符が出てきますーさきに黒販子にまわし、売れ残りを正規で売るわけです)、出来のいい記念切手が買えないのも、みなこのシステム。
 職員が、自分が金が儲かるほうに先にまわすわけですね。

 ちなみに列車チケットも、「闇」とまで言わなくても、昔から代理店等を通せば売り切れ分も寝台もわりと簡単に買えます。ときに一枚、チケット代以上の手配料がかかりますが……。



 で、夕方になり、一応中国館に行ってみようか、ということになりました。
 私たちは、この時点で予約券がいることすら知らず。(初日は会場の大半がそうだったかと)。
 で、行ってみると、幸運にも「朝に突然手配りされた予約券(一部報道では500枚でした)」をゲットした人が非常にまばらな個人入り口とは別に(私が見たときは3分にひとりぐらい予約券を持ってやってきます。一時間に20人ですね。全然並んでる状態とかつながって歩いている状況じゃない)、ウラの旅行社ツアー用の団体入り口は押すな、押すなの大盛況。
 そしてお定まりの大喧嘩。青くなっているガイド。携帯をかけまくる人。

「中国館が見れるというから、余分なお金払ったのよ~! なんとかしてよ!」

 怒る客。前日までド田舎貴州にいた私は知りませんでしたが、後で見たら、中国館予約券付きのツアーが「携程網」でもありました(註:このツアーがいいってわけじゃないですよ。携程は上海万博指定でもないし。現在どこが一番確実か、私にもわかりません)。らしくて管理は甘く、団体に混じってごく簡単に入場できそうでしたが、やっぱ私は日本人なので、そこまではしない。まあ、出口からチラと覗いた展示がそこまでするほどの感じではなかったのもありますが……。


 私と「中国通」な友達は、この風景を一目みてすべてを悟り、すみやかにあきらめます。

「ま、予約券は自分たちが金(賄賂)の取れる、ツアーにほとんど流して」
「残りのホンのちょっぴりを、申し訳に個人客に流し」


 中国では団体チケットには個人よりはるかに大幅なディスカウント(時に50%程度ー旅行業振興というよりご当地汚職振興のためです)があり、客には定価で売るので、その差額をどう分配するか…。最初からノーカウントにしちゃえば丸儲けだし。中国館団体入り口がゆるかったのは、誰も人数チェックしてなかったからです。
 あと、当然、各地の官僚関係者団体ツアーのコネ関係入場もあるでしょうね。(中国の政府「単位」は公費旅行が盛んです。ツアーは御大臣旅行と違う下部組織でしょう。予約券のダフ屋はさすが1日は遭遇せず。今はいるようです)。
 当日の朝に、売りすぎちゃったことが判明でもしたんでしょうか。機械で発券して一分で終わりなら、
さすが非難されるしなぁ。(ちなみに翌々日ぐらいの新聞に団体に流したのは30%だ、なんて記事がわざわざ出てましたが、私が見た時点では大嘘でんな。普通書かないしね、そんなこと)。
 ええ、証拠はございません。でも、こういう場面でも怒らず、中国の悠久の歴史に思いを馳せる、というのが、この国を知るオトナというもの。
 アヘン戦争でも、あれは別の面から見れば中国官僚が賄賂欲しさに、国民を売ったわけで(列強は日本にもアヘンを売りに来ましたが、当時の日本政府は硬かった)、万博の予約チケットや初日封筒なんて、可愛いものよ。
ちなみに個人では中国館参観のネット予約も受け付けておらず(受付はあるが実際は申し込めないそうー私も試しましたがダメでした)、会場の予約機も「一日中起動しているわけではありません」と新聞の記事にはありました。中国館予約券、現時点でも手配り、らしい、です(変更の可能性もたかし)。機械にかけると正確な数字が出ちゃうからね。記事にも「騙されないように、上海万博指定の旅行社に申しこもうね」だって。

 というわけで、中国館も日本館も挫折したものの、それなりに数を見て、お土産なども買い、出た出口には、偽物売りがずらり……。18元で買った海宝君のマスコットは3元……。


 まともな購入をする人をバカに思わせるこの国よ…。

 けなしてばかりでもナンなので、いいことも書いておきますね。


1)上海のホテルはけっこう予約取りやすかったです。(これもいろいろありましたが、また)
2)管理はまあまあだと思います。北京より慣れてました。
3)地方からの一般スタッフは一生懸命でいつも胸打たれます。食べ物屋さんも長蛇の列、というわけではない。一時間待ちで入場挫折したインド館のカレーは心残りですが。

 というわけで、谷崎さんのご提案!

 行きたい方はこれだけでなく、何かとセットがいいんじゃないかと思います。「感動中国!」を参考に(笑)、アモイなんかもいいかも。貴州も落差、という点ではおもしろいです。奥地の村では本当にまだ江戸時代の暮らし、してました……。中央が公共事業に金送っても送っても、各段階の政府が皆食っちゃうそうです。 上海万博のテーマは『城市』(都市)。なかなか深いです。




 どこから見てもなんだか偉そうだった中国館さま。ま、人が減れば多少、落ち着くかも。でも、全土から来るからなぁ……。

現在、秘境貴州旅行中!

2010年04月18日 | 観光
てか、まだ秘境には全然突入しておりませんが……。 
今回の旅に備えて買ったもの、リュック、寝袋。が、そもそも秘境はあるのか?

二度目の省都貴陽はビルが建ち並び、北京上海と同じ服飾チェーン店が入り、高級品もバンバン売られ大発展はしておりますが、携帯の電波がところどころ弱かったり(日本からの携帯は上海、北京等は大丈夫ですがここではダメだそうです)、まだまだ見かけ倒して感じ?

旅の様子、またおいおいご報告していきますね!

大好評発売中 感動中国! もどうぞよろしく!

感動中国!
谷崎 光
文藝春秋

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感動中国! 山西省観光の穴場 晋商老街

2010年04月14日 | 観光
山西の観光といえば、この平遥古城とか…。




山西は蜂の巣状のカオラオラオという麺がうまい! 隣のナスいための油は、
下水溝油かも……。
あ、いかん、いかん、本の販売に悪いことを言っては(笑)。
平遥古城だと観光用のこぎれいな店でも、カオラオラオは出してます。
でも、北京上海の屋台ではいろんなもの食べちゃだめよ。出稼ぎの人は一元でも多く持って帰りたいからね(屋台の焼き鳥も病死の鶏とか使ってるからね、安すぎるのあるでしょ)。下水溝油の話は、現地では数年前から話題で、でも危ないものが多すぎて、中国人は(私も?)皆、麻痺しています。


 


五台山とか…。黒和尚だらけ。和尚に人気のない廟に閉じ込められて「お布施」を強要される事件、多発。
公安とグルだからね。




雲崗石窟とか、映画で有名な喬家大院とかが有名ですが……。
  

私のお勧めはココ!

 晋商老街(晋は山西の意味です)。平遥古城と同じく、中国のロスチャイルド、山西商人たちが作った街ですが、
 世界遺産でこぎれいに整備された平遥古城とは違って、文化財に勝手に人、すみまくり、店舗にしまくり。その猥雑さが、八十年代の中国を彷彿とさせます……。
 街全体のあの昔の見事な街と猥雑な今がスライドのように重なる雰囲気が、私には上手く撮影できませんでしたが、もっともっとうわ~って感じよ。濃い中国好きにお勧め。十字路のあるかなり大きな街です。


自転車のおっちゃん、いい味出してます。




刺青屋(&刺青取り屋。二度おいしい)。山西省は黒社会の巣窟で、刺青をしている人も多いです。
隣の「香港式美容院」は、まあ、怪しいやつでしょう。エイズ大爆発中……。



こんなのもあります。長裕川茶庄。ロシア、モンゴルとの茶貿易をやってました。あの、旧北京城前でラクダひいてるのは、山西商人たちです。あと渠家大院もあります。




脈絡なくハデに取り壊して、店作り。でも、元の街は見事よ



歯医者。九十年代も北京、天津でもこんな感じで、公司の中国人、日本で治療してたなぁ。


こんなのが10個ぐらいあったので、アンティークショップだと思ったら、皆、近所の人が修理に持ってきた現役でした。



 ……病気が悪化しそうな病院。
 先日、知人のお父さんが、北京の安貞医院(大きな比較的有名な病院)で心臓の手術をしたんですが、手術室の前で待ってたら、手術室から出てきた患者が本当にバッタバッタ死ぬそうです。先に親族一同の誓約書を取っているので医者は問題ない。
 しかし知人は外国の状況なんか知らないので、
「あなたも外資病院なんて行かずに、中国の病院に行けば良いのに~」

 中国はあまり老人の手術なんてしません。--お金、もったいないから。ちなみにこの人も医者に止められたそうですが、決行。官僚なんで順番とばしてもらって手術。

 ローカル病院も友達に付き合ってかなり行きましたが、病人という「藁をも掴む弱者」を相手にする中国の医療事情は、それはそれはそれは恐ろしいです。もちろん比率と程度を無視してどこの国でも、とかいう人もいるでしょうが、ま、それは中国人を知らなさすぎる……。


 消えかけた共産党万歳! の文字……。






 勝手に文化財利用の服屋。壊すのもお金かかるし、て感じかも。




 文具屋。町中、こんな感じ。



夕暮れ。タイムスリップした気分になります。



あと、平遥古城からちょっと離れているためけっこうとばしてしまうんですが、絶対お勧め、山西故宮といわれる王家大院。これでもごく一部です。中の建築もすばらしい。




 そして山西といえば、煤老板(炭鉱主)。マンションを買うなら棟ごとで、外車展示場で美人コンパニオンに「さわっちゃだめ! 高いのよ」といわれて、その外車20台と言ったコンパニオンを一緒に買って帰ったりするスーパー成金ですが、「感動中国!」では、中国のいびつな経済を象徴する彼らの終焉にも迫ります……。

さあ、皆様、書店へどうぞ! 

感動中国! 世界中にチャイナタウンがある本当の理由

2010年04月03日 | 観光
広東省、開平……。

  

こんなのがいる、ぼうぼうの草むらの中をたどっていくと……。(広東は南国だからね)。

 わー、なんだ、これは。

しかもいくつも、いくつも。その数、3000だったっけ……。今は1800棟ぐらい残ってます。

車で走っていても、あちこちにある。村一つ、こんなのばっかりだったり。村でご飯食べたら、テーブルの横の鳥小屋から、生きた鳥出してきて、ま横で「殺害」され、料理になって出てきました。


 

 



門はこんな風に頑丈で、よーく見ると、うえに銃用の穴があります。

「こんばんわ~」と訪ねていくと、上から黙ってズドン!

 

 

お部屋は洋式。一階ごとに、上から正・太太(タイタイー奥さんです)、第二太太、第三太太、第四太太…と住みます。中国は儒教の影響で妻妾同居が多いです。これが山西省になると、平面で一院に正・太太、二院に第二太太……。妻妾花火、上から見るか横から見るか、あ、違うか。

 


こういう形の家もあります。


  
この華南は華僑たちのふるさとでもあります。建物は戻ってきたじいさんとかが、海外の記憶をたどり、地面に杖で描いた絵などを元に建ててます。


思うに世界中どこにもチャイナタウンてありますが、それがなぜか本当の理由を知っている人は、日本でも非常に少ないと思います。そしてそれがときに数少ないジャパンタウンとかぶる訳も。
 これがわかれば、幇も華僑ネットワークも黒社会も華僑金融も、今の中国の国際性も本質がつかめるかと。


 あの人たちの悲しみも喜びも非情も人情も、彼らはきっと知って欲しいが知って欲しくないでしょう。日本とは違う、激しいダイナミックさにひかれます。


 ちなみに広州から開平へ行くまでの、仏山郊外には、趣味人の官僚が作った清暉園という春に行くと、それはそれは美しい夢のような庭園があります。南国の花が咲き乱れ、天国のよう。(絶対、春に行ってね!) 


    

  ステンドグラスは、イタリアから輸入の板ガラスに中国で加工。
 今頃騒いでいるけど、この国、四千年、格差社会ですがな。

 

広州は飲茶もうまい。

 

蛇とか、腸粉とか。

  
お土産に買った龍が、肉食で北京まで連れて帰るのに、苦労しました。レストランで、「白切鶏」を食べさせています。
 うま~。

「感動中国! 女ひとり、千里をいく」 4月15日発売!

2010年03月28日 | 観光
発売は4月15日ですが、早いところだと、13日ぐらいから、店頭に並ぶそうです。
ぜひぜひ、お手にとってご覧ください。


と、言うのも、装丁家の鈴木成一さんのブックデザインがすばらしい!!!

もう、うれしくて、うれしくて、右にステップ、ポーズ、左にステップ、ターン! くるくるくる←一人暮らしってこうしてアホになれるのがいいです。ま、人いてもやると思いますが。
(表紙のアップはもう少々、お待ちくださいね。詳しくはその折に)。


ちなみに中国といえば、餃子事件の犯人が捕まったそうですが、

んなこと(中国側犯人)なのは、先刻ご承知なわけで(左のブログカテゴリの「中国食品問題」の中に当時の記事がけっこうあります)、なぜ今カードを切ってきたのか、てとこですね。(怖かったのは、犯人を英雄扱いしてアクセス集めた中国ブログがあっという間に削除されてたことでしょうかね)。

 まあ、日本の首相の訪中もあるでしょうが、上海万博がよほど盛りさがっているんでしょう。それと日系企業の撤退。
 ちなみに上海万博の5月1日(初日)のチケットは、先月、北京の郵便局で難なく買えました。行く予定にしております。


 「感動中国!」の中でも触れてますが、上海の本質というのは、けっきょく一言「***だから」に尽きます。(ご回答は本をどうぞ。ヘヘヘ)

 あそこは昔、欧米以外に日本も占領しておりまして、戦前からぼちぼち日本人も住んでましたが、その占領した戦中に日本から有象無象がどーと押しかけ、10万人ぐらい日本人が住んで、租界(正式には間借り)を作ってました。


 ナツメロの♪上海帰りのリル~、とかいう歌は、日本から渡った娼婦の人で、あと日本で食い詰めた一発屋や阿片目当ての軍属や芸術家や、もちろん今と同じく日系企業も沢山あったので、その関係者とか(無所属組みとビミョーな距離感があったのは今も同じです)です。


 今でも上海には、がんばっている独立系と共に、「日本で会社つぶして逃げてきた」という人がけっこういるらしいんですが(ちなみに商社時代の知人も、中国で合弁会社つぶして一人埋もれているらしいです)、この間、ついに北京でも初めてそういう日本人見ました。正直、やっぱ、ちょっとタチ悪かったです。


 でも中国についてやっぱりよく良さも悪さもおもしろさも知ってるのは、「利害関係が対立する」商売してる人だと思います。それも自腹。あと企業のごくごく一部の人。中国語は必須。

 もちろん留学でも友好事業でも学術でも知れるけど本当にイヤなとこは見ないですむし、結婚はかなり深部を知れるでしょうが、でも「日中」最終利害が一致している。(……この国の人に、家族以外のwinwinの概念を語るのはなかなか難しい)。

 中国の奥さんて、旦那と一緒に派手に悪事をやりますが(企業家や政治家が捕まるとき、よく奥さんも一緒に重罪で捕まってます)、りこうな日本の奥さんは日中一般に旦那にやらせて(ーて別に旦那に薦めてるわけじゃないですが(笑))自分はしないですむし、逆の場合ーー中国女性と結婚して、商売しようと言われ全部持ってかれてスッカラカンで捨てられる、てのは、聞きますが。


 現代中国についてカン違いなことを「知ってても」いう先生とか、一回、自腹で2000万円ほど持って中国で何かしようとやってみたら、また見方変わるんだろうな、と思うけど、そういう人は絶対しないでしょうね。(上海、北京、今、もうそれぐらいでは何もできないかもだけど)。

 何でも授業料いりまんな。私はお金はつぎ込んでませんが、人生つぎ込みましたか。

 脱線しました。  
 で、今の魯迅公園のあたりから南あたりの「虹口」がその上海の日本人租界だったんですが、今も片鱗が沢山残っています。

 

昔の日本のお寺の境内に、中国人が住み着いています。お堂が家に改造してあります。



日本陸軍の将校用のダンスホールあと。大理石のホールの上を軍靴で踊ったんでしょうね。



 そして日本の下町の商店街そっくりなその虹口の夕暮れ、

 私はそこで、ある人と出会います……。 

続きは、感動中国、プロローグ、「おしよせる海」でどうぞ!

中国、華北のクリークを行く、白洋淀2

2009年08月21日 | 観光
帰りは舟を葦の中に入れてもらいました。





船頭さんにいろいろ話を聞いてみます。つまり、日本軍は天津からこの河経由で、当時の華北の要所であった保定に軍需物資を運んでいました。





で、中国軍は、この芦の中に隠れていて、日本軍をやっつけるわけです。
6メートル離れていると、もう小銃も当たらなかったとか。


ちなみに時間切れでたまたま荷花大観園しか見れませんでしたが、文化園には「白洋淀雁翔隊記念館」(日本兵が強姦している蝋人形があったとか。今は不明)があったり、元妃荷園では、「日本軍をやっつけるショー」などが行われていたそうです。中国の愛国教育基地でんな。もちろん鵜飼コーナーみたいなのもあります。




 




 このあたりの人は、今はダウンジャケットの原料の水鳥を飼っているそうです。で、河で、防寒ジャケット製造が得意な天津に送ります。




舟は葦のしげみを出て行きます。





陽も暮れてきました。










中国、華北のクリークを行く 白洋淀1

2009年08月19日 | 観光
北京から車だと二時間あまりぐらいかな。

この白洋淀をはじめて知ったのは、北京大で最初に中国語をやってたときです。
高級のリーディングの教科書に、葦の中に隠れていた中国兵が、
日本兵をやっつける、という話があって、各国の外国人にまで反日教育かよ~とは思ったものの、兵士が飛び出す感じや、手榴弾が水に飛ぶ様子の描写がうまくて、いつか行こうと思ってました。




さあ、出発~!











ちょっとわかりにくいけど、つまり葦のはえてる巨大なクリークがあって、そこに観光ポイントが点在しています。そこまでは船をチャーター。







この地域自体の入場料がひとり30元、小さい船が六人まで乗れます。六時間拘束可能で一艘100元、各観光ポイント(上の赤字)がひとり30元とか、50元とか。見るの、似たりよったりだそうで、一個が二個で充分だと思う。中で泊まれたりもします。

 サイト見てもわけわからんし、来る日本人は極少だそうで、書いときます。上の舟がいっぱい付いているのが旅遊ma頭。これも二つあったり裏道もあるようです。







うおー、ゆれる! 

行った一番メジャーな荷花大観園までは手漕ぎ船で40分。ついたら一度岡に上がって、そこで遊びます。舟は待っててくれます。携帯番号、聞いておきましょう。



 遠くから蓮の花の匂いでむせ返ったってすごい!

 



    





 



 

蓮花の海の中で写真が撮れます。

そしてここだけでもまたとにかく広い。早足で見て二時間。ちゃんと遊んだら半日以上でしょう。




クロスしたとこの、ちっちゃいのが舟ね。




花摘み船は乗船無料で、摘んだ花代を払います。花一本5元、葉っぱ2元とか。有料の舟もあったかな。みんな、降りるころは葉っぱを帽子にしてコロボックル状態。


 午後だから、花は閉じてます。


さあ、帰りの船ではクリークに突入。(続く)

江南、水郷の街

2008年04月17日 | 観光

今日は上海から二時間あまりの水郷の町、西塘というところに泊まっています。


午前中に行った烏zhenといい、昔行った周庄といい、中国のこういうところは、
観光地化されている、というか、
、あまりに人工的でがっくりくるんですが、
ここはなかなかいいです。





作りもんのほうが写真はきれいんですが、ここはかなり元のまんま。
お店や旅館はいっぱいありますが、それも悪くない感じ。







こじゃれ店もありますが、まだごく少数で大半が素朴なお店。まあ、
中国のこと、あっという間に後海化するかもしれませんが…。





そんな江南の春の日が暮れて、月が昇り……、






川端に折り紙で作った船(上にキャンドルが載ってます)が、一個一元(15円)で、売られています。

色ごとにお願い事があります。
オレンジなら事業、緑なら健康とか…。富貴、吉祥、愛情、平安、幸運等いろいろあります。店によっても違います。






私も青い船を買いました。






河をいくつものお願い事が流れていきます。
♪去年のあなたの思い出が~、テープレコーダーから流れてきます~
(思わず口ずさんだ人は、同世代でございます。テープレコーダーって……)









見えるかな? 行きかう手漕ぎ舟とキャンドルでなかなかきれいです。



しかしここで気がついたことがひとつ!

なんとなく、お願い事をひとつにしぼった謙虚な日本人のわたくしと違い、
中国人たちは、舟を5,6個、時には全色両手でわしづかみ……。
(店によっては10色ぐらいあります)。





目からうろこが落ちました。

あんたらな、ものには、程というものがあるやろが!!
などというのは、無益な説教。

そう、別に全色掴んでもいいんです。そもそも蓮の二色、三色折り紙は一粒で二つ、三つお願いが叶う、お得タイプ。

両手にパレットのように舟を持ち、ガハハと笑う中国人集団の姿はかなり迫力がありました。







宿の窓から河を眺めつつ、
物思いにふける江南の春の宵でございます…。

(この宿はなかなかきれいですが、ネットがないので、ノートパソコンにつけた無線インターネットで送稿しています。世の中、ほんと変わりました)

紹興から寧波へ

2008年04月13日 | 観光
皆様。ご心配のメールをありがとうございました。
ブログをほっといたら、ついに姉からも、国際電話がかかってきました。


今、出張中なのと、単に仕事が多少忙しかっただけなんですが、ご心配かけて恐縮でございます……。こう見えても、仕事はとてもまじめな私。全部片づけて出発したら、あたふたでした。



そしてそんな皆様のやさしい気持ちと裏腹に、
紹興のご飯食い倒れ状態だった私を許してください。


紹興のご飯は超おいしいです。





こんな景色の中で、






一見、ふつうの鶏ですが、
紹興酒を作るお米の酒粕を食べて大きくなり、紹興酒に漬けて料理され
激ウマ。






採りたての旬の筍をカラッと焼いて(?)、塩漬け肉と調理したもの。
コックさんの一番の得意料理だそうで、一口食べると、口が春の香りでいっぱいになります。






今の季節は街のあちこちで筍を干してました。


古都、西安の城壁

2007年11月10日 | 観光
本日は、古都西安を満喫。

西安の特徴というのは、
町を囲む城壁が全部残っているところ。。。

中国の皇帝のいた町は、「封閉式城市」(←博物館で勉強した中国語)で、
壁に囲まれているのが特徴。
北京も本来、そうだったんだけど、今はないだけです。
あのいっぱいある「なんとか門」の地名は、その城壁の元の出口です。


で、最初にその城壁に上って、
昔の建築が残っている「古文化街」の屋根屋根を眺めたら、
いきなり唐の都の長安が、私の眼のまえに~。

てか、そこだけなんですが。。。

さすが歴史ある町、人もやさしいし、
去りがたい街、西安......。


でも、明日はあこがれの洛陽に!




マカオ散歩とポルトガルレストランとカジノ

2007年06月20日 | 観光

なんだか完全に観光モードだけど…。






マカオってのんびりしたいいところでした。
次は、黒沙海灘というところにあるポルトガルレストランへ…。
ここは名刺があった。 restaurante fernando (852)2888-2264


   



白人多くて、ファドとか流れてました…。
しかしヘタな英語で「サングリア~」と言ったら、通じませんでした。
友達が帰ってきて言ったら一発。どこがちゃうんや~て、違うんだろうな。


オリーブオイルで揚げたエビと、鰯の塩焼き。
オイルと塩と香辛料だけ。なぜこんなにおいしい…。 マカオはご飯おいしいです。

  


売ってたオリーブオイル買うの、真剣に考えたけど重いのであきらめた…(涙)。

前、香港でカレー粉一袋買ったら、売っていたインド人が5袋買え、て言って、
(インド人、すぐ売りつける)と思って買わなかったら、
北京に帰ってものすごくおいしくて後悔した。おまけにすごく安かった…。

   


では、腹ごなしに私と一緒にマカオ散歩を…。

 



わー、コカコーラの看板。





さすが元ポルトガル領、なんだかヨーロッパみたい…。

  


この広場の牛乳プリンが激ウマ。有名なお店らしいけど。
いわゆる「エッグタルト」よりおいしかった。




こんななかにスタバがあるのよ~。

    




砲台のある丘の上へ…。





ポルトガルが設置した砲台。向かいの奇怪な建物はカジノ。

  







有名な門。中の礼拝堂に、殉職?したカトリック信者の日本人の名前がいろいろありました。
ザビエル谷崎、みたいな…。


 


 しかしこういう姿も夜になると一変するマカオ…。
 ていうか、国?の財政からするとこっちがメインなんですが。
 カジノです。



 最初、大陸観光カップルが写真撮ってるほほえましい姿、と勘違いして撮った写真は、「小姐」との記念撮影でございました…。
                                  
 
    


 
 中国汚職官僚がVIP百家楽(バカラ)にふけるカジノに潜入した話は、
 来月発売の月刊文藝春秋の巻頭のエッセイで見てね!



  

 
 こんなフェリーで、香港へ渡りました。
 これで脳内のマカオ、終了!