谷崎光 中国日記  official blog  

北京発! 2017年9月3日で北京在住17年目に突入。

四合院の家、その2

2010年11月29日 | 老北京
胡同、冬の金魚売り





(前回からの続き)



 で、その北池子大街の四合院に入って2分。

 キャー!!!

 なんと、穿いていたジーンズがあっという間にぐっしょり。す、すごい湿気。尋常ではありません。今まで四合院におじゃましたことあったけど、こんなことなかった。
 ま、前の故宮ってお堀だからね。


 ビビる私の姿に、不動産やと大家さんはあわてて窓を開けたりして「没問題!」を繰り返しましたが、こりゃ住めんわ。しかもよく見ると部屋の中はとてもきれいなんですが、壁際の洗濯機の水は下水ではなく、壁に穴を開け、そのまま外に流されてました!。


 さて帰っていろいろ人に聞いてみると、つまりまず四合院でも二種あります。

 ちゃんと地面のそこに木炭や石とか入れて基礎を作って上げているのと(高官用に多い)、そこまでしてない庶民用。


 どちらにしても古いやつは下水工事とかできない場合が多い。さらに雑居していたり、通路等に勝手に改築して大雑院にしているのは、もうめちゃくちゃ。胡同が基本、公衆トイレなのは家にトイレが作れないからです。
 ベストは、その高官用の全面改築したやつですね。今ならもう、億は下りません。

 雑居でも、元がいい四合院だと地面の状態はいいし、見掛けきれいでもびしょびしょなのもあるわけです。
 そこも、近くの役所になっている四合院はぜんぜん大丈夫でした。


 後日、問題の家の前をもう一度通り、よ~く見てみると、門の立派さ、建物の新しさにだまされてましたが、門はあとからつけたもので四合院ではなく、ただの改築した大雑院の一棟でした。路地の入り口を四合院の門風にしたわけです。


  四合院もニセモノがある。ま、卵や肉まであるんだから、あるでしょう。



 ちなみにこの四合院不動産屋は騙し型で、別の不動産屋を通して見て決めそうになっていたマンションを「同じマンションの違う部屋の空きでたよ。え、違うよ、これこれこーで」と見せようとして必死でした。見せるときに、「見たらわが社以外とは契約しない」の一筆を書かせ、他社の契約を奪うわけです。私が部屋番号、控えてたから見る前にバレたようなものの……。


2.さらに別の店を通して見たのが、南鑼鼓巷近くの胡同の中の部屋です。

  北京が好きで老北京地区に住みたい、でも部屋は絶対きれいじゃないとイヤ、ガイジン向け改築四合院なんかもいいかも、日当たりはよくて……、うんぬんという私の無理難題を聞いたあと、不動産屋の男の子は自信たっぷりに答えました。


 「君の理想どおりのすばらしい部屋がある。去年も僕が外人さんに紹介して一発で決まった。さあ、見に行こう」


 この子は日本人にも部屋を紹介したことがあり、その日本人が一時帰国後、お礼だと日本のお菓子を持ってきてくれ、ものすごく感動したそうです。私としては、その彼が紹介した胡同の部屋で中国人の彼女と、日本から連れてきた自分の父親と一緒に住んでいる若い日本人男性に現代日本を感じましたが……。ま、おかげさまで対日感情は非常にいい。


 おりしもあいにくの雨。そこへバイクのノーヘル二人乗りをして、親不孝な私は死亡保険金の額など思い出しつつ、無事に到着しました。

 その胡同は風情もよく、近くには外人若者向けのこじゃれた四合院ホテルなどもあり、
(つまり、四合院をこんな風にガイジン好みに改装したやつかなぁ~)
 などと期待もふくらむ。



 そして四合院の門を入りました。
 中には月亮門。それをくぐって奥にいき……。




 さらに鉄の中門を開けて、彼はいいました。
「これだ! どうだ、すばらしいだろう!」



(口、あんぐり……。)





目の前に建っていたのは、なんと、




ログハウス。 

でした。


ちゃんと木でできた本格的なアメリカンタイプ。しかも相当でかい。
それが老北京の古い四合院の中の雑居の平屋の間にぎっちりはさまれて建っている姿はなんと申しましょうか、「ケーキに醤油をかけたような」「イチゴにマヨネーズをつけたような」
少なくとも、私の望む老北京はこれではない……。



私の絶句を感動と勘違いした彼は、大喜びで部屋を見せてくれます。


中もカントリー調で、一階は小さなパーティができそうなほど広い。上下両方にトイレ風呂があり、二階の窓から出て、隣の四合院の屋根に上り、勝手に占拠して洗濯物を干すのは、
楽しそうでしたが、なんと言っても中国式の棟がひしめくなかに無理やり建てているため、
窓があっても真っ暗なのが痛かった。

やはりログハウスは草原や森に建てたほうがいいじゃないかと思いますが、中国人に言っても無駄。

前住んでいたのは、アメリカ人だったそうです。
家主は中国人で、なんとなくこんなのを建てて見たいと思ったそう。


ニセモノに続くログハウスショックでがっくりくる私に、また携帯が鳴りました……。


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郵便局も四合院でした……

2010年11月28日 | 老北京
さて、この胡同エリアに引っ越して、三ヶ月ぐらいたちます。

景観保護地域でもあり、北京中心なのに本当に意外なほど、
旧市街が残っているんですが、EMSを取りにいったら、郵便局がフツーに四合院でした。



路地から中庭に入って、受け取ります(これは中庭入り口)。普通郵便は遅配不達発生。出版社気づけでお手紙をくださった練馬のHさん、すいません、二ヶ月たつも転送郵便不着で拝見しておりません。よろしかったらブログ宛にメールくださいませ。(てか、そういう方ならメールしてるでしょうね……シクシク)。中庭で寝てた猫がくわえて持ってたんじゃないでしょうか。
(特に緊急でない場合は、普通は大丈夫です。私も日本からの本の購入はエアメールか、SAL便が多いです。日本に帰ったときに山のように買い、船便でダンボール箱てのもやります。ようは日本のようにほぼ100%が当たり前ではない、てことですね)。



ちなみに外人登録の公安もぜんぜん普通に四合院。そこへ、「所長を出せ~。お前ら不正ばっかりして~」とおばあちゃんが怒鳴り込んできて居座ったりして、北京情緒満点です。

このあたりは、旧清朝の皇室関係とか大臣とかの大邸宅が残っているんで、そのまま公共施設や小学校になったりします。





黒ゴマ胡同小学校



  

看板もいろいろしぶい。左は「愛新覚羅なんとか先生」-つまりラストエンペラーのご親戚の人が、書を書いてくれるというやつです。代書屋さんみたいなのか。でも中は実際はタバコ屋さんで、一枚あった書はあんまり……。



 

胡同の中のカフェでお仕事。



ま、北京どっぷりの暮らしで満足です。

家探しの時は、一応四合院も視野に入れ、いろいろ見たんですが、さすが北京、おもしろかったです。



1.一番、印象的だったのは、北池子大街のなぜか7平米の店舗付き四合院住宅(家は60平米ぐらいですかね)。

北池子大街というのは、故宮を取り巻く東側の道で道の向かいがすなわち故宮。ロケーションは絶好です。ちゃんと独立した一棟で四合院の入り口にはあの獅子の置物も並んでる。

 なんでこんなのが出てきたかというと、四合院専門の不動産やに聞いたからで、この奥に500万元(六千五百万円)の大きな四合院を買った客がいて(半年で800万元に値上がりしたそうです)、その取引の時に入り口のこの家の持ち主が声をかけたそうです。

 話どおり、中は改装され、大変きれい。

 道に面した店舗も気に入りました。

 そうか、私もこの店舗で外人にポストカードやコーヒーなど売りつつ、机置いて原稿書くか、公安が来たら賄賂を渡せばいいのね、などと考えて、2分、3分、うわっ~!


(続く)
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ヨットと私

2010年11月17日 | エッセイ
海上保安庁で思い出しましたが、
私、ヨットが運転できます(もうできないかな~)。

 

カエルのTシャツを着ているのが若かりし頃の私。まだ髪が長い……(追憶)。30ぐらいですね。

マストって、風でゴーンと移動してきて人ぐらい、簡単に跳ね飛ばします。元の写真は普通の曇りなんですが、携帯で撮りなおしたんで嵐の前のように変色。




向こうに見えるのは大阪南港のATCだと思う。 下は船で多重露光撮影の練習。

 


 これは自分の船でした(とかいうとかっこいい? いや、でもほんとに。名義も)。定員八人だったかな。ちゃんと船室もあるやつ。大阪港の南港に近い公営のハーバーに泊めてました。

いや、なんで持ってたかというと、小型船舶の教習所の人にもらったんです。タダで!
免許取ってから、中古のモーターボート買おうと思って探してて、そこにも聞いたら(生徒の練習で使い古して安いのないかって。浮いたら、桃太郎のお碗の船でいいって→、あ、間違えた、一寸法師だ)「そんなに船が欲しいなら」ということで、いきなりくれて驚きました。
 よく中古の車、もうタダで人にあげたりするじゃないですか。もってても維持費(係留費、保険代等)がかかるし、といって売ってもお金になるわけでもなく、でも大事に乗ればまだまだ乗れる、てやつですね。


 あと、ヨットの世話をするのは、多少時間の自由がいります。当時はもう、会社やめてました。
 乗船は天気に左右され、台風が来た後は、見に行かないとだめ。経費節約のため、自分で船底に潜って貝落とし。底のペンキ塗りもしました。全身ペンキだらけで、私は農民工か。


 で、免許取立ての時、喜んでとにかくすぐに自分ひとりで出航したんですが(←自己過信)、まず出航で隣の一億の船にぶつけそうになり全身冷や汗。
 で、ちゃぷちゃぷと大阪港からちょっとだけ出て、そこから先はもし潮に乗ったら、私の腕ではジョン万次郎になると思って引き返しました。

 帰ってくるときは目の前に、北港から南港まで、大阪沿岸コンビナートとかが全部あるわけで、自分がどの港から出たか視覚で目標物を覚えてないとダメなんですが、全然わからず真っ青……。
 あのときほど、乗り物は道のあるやつにしておこうと思ったことはありません。

 コンパスも読めず、死ぬ気のカンで這う様にして戻りました。
 そのときの心の支えは海上保安庁。港内で「遭難」してれば普通は見つけてもらえるらしいです。


 でも、その頃に聞いたんですが、船ほど完全犯罪に向くのはないそうです。ちょっと沖に出て、後ろからボーンて海に突き落とせばそれでおしまい。船って上から助けてもらわないかぎり、上には登れません。
  落ちたら普通は発見されないし、ちょっと泳げたって、そんなうまく船こないわな。
 名画「太陽がいっぱい」でも、アランドロンが金持ちの息子をヨットから突き落として? 完全犯罪をたくらんでましたね。

でも、大阪で一番美しい、好きな景色は、川面から見る中ノ島から堂島、土佐堀です。あとやっぱり川面からみる朝焼けのOBP。最高(たしかCMにも使われてましたね)。だって浪速八百八橋の水の都だもん。この蔵屋敷がいっぱいあった堂島のあたりからいくつかの財閥が生まれました。

 私は自主独立の町人の町の大阪が大好き。
 誰がなんと言おうと、世界で一番の街なのじゃ→関西人……。
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