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北京発! 2018年9月3日で北京在住18年目に突入。

歴史読本6月号 北京の中心&鄧小平の家

2014年05月10日 | 老北京
今回は、北京の中軸線(中心線)の話です。

いまの北京というのは、元代に風水によって設計された都市なんですが、その思想により中心に、コマの芯のように、南北線が通っています。で、その中心線は、故宮の中心線とも重なります。

それを空から見ると、中国の「中」という文字になっています。





これは景山公園の万春亭。家(8階)からも見えます。周囲に、他にあまり高い建物がないので、ながめは最高なんですよ。老北京の四合院の屋根を手前に北京城外の高層ビルがばーっと屏風みたいに180度、広がります。毎日、めちゃうれしい。


同じ場所から、鼓楼に向かっての方角。

そしてこの中心線には、大きな秘密が隠されていた…、という話です。

 今も昔も北京の本当の権力者が住むのは、内城の、この中心線の付近です。お金だけでは絶対に住めない、金と権力の両方そろった最高のぜいたくをよく見かけます。
 今、 外国人の多い朝陽区というのは、建国以後も長らく荒れ地で、1.外国人は政治の要所のある内城(地下鉄2号線の中)にいれない。2.外国資本で何もない場所を開発させる という二つの目的があってできたわけです。各国大使館も、外国記者の住居も全部、本来の北京の外に出してしまったわけです。(植民地時代の北京では、全部やっぱり内城に置かれたという苦い思い出もあります)。何もなかった分、開発も簡単で今は高層ビルが立ち並んでいるのは、ご存じの通り。
 内城は今は不動産価格だけが天文学的にあがり、権利が複雑に錯綜し、文化財保護もあり、開発は手がつけられず保留状態です。

 今回は特別に皆さまもよくご存知の、トウ小平先生のお宅(四合院)の場所をご紹介したいと思います。地元では知られており、新聞などでも紹介されています。2000年代まで奥様が住んでらして、その後もまだご親族がいらっしゃるとか。隣は軍区でちらりとのぞくと、屈強な若者たちがトレーニングを積んでおりました。

 この米粮庫胡同を奥に入って、つきあたりの右側。門が閉まっていて街灯がついてます。
 観光したとき、「知ってるかー。ここ、トウ小平の家やで」とかいうと、ちょっと通っぽくないですか(笑)。



 さて、丸二年続いたこの老北京の連載も、今回が最終回です。
 まず、何より、ご愛読いただきました読者の皆さま、本当にありがとうございました。
 また、お世話になりました方々、本当にありがとうございました。皆様のお力を借りて、レベルのなかなか高いものになったと思ってます。本人的には、大満足です。

 現在は、北京から中国各地をいろいろ訪ねる日々です。
 さすが中国広くって、 
 やっぱ、こうなると、私人飛機(プライベートジェット)が欲しいわね、
 タオバオで買うか、模型を……。