MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

『燃ゆる女の肖像』

2020-12-18 22:26:58 | goo映画レビュー

原題:『Portrait de la jeune fille en feu』
監督:セリーヌ・シアマ
脚本:セリーヌ・シアマ
撮影:クレア・マトン
出演:ノエミ・メルラン/アデル・エネル/ルアナ・バイラミ/バレリア・ゴリノ
2019年/フランス

名作を損なわせる日本語字幕について

 主人公で画家のマリアンヌがエロイーズに貸した書籍はオウィディウスの『変身物語』の第10巻で、オルフェウス(オルフェ)と彼の妻のエウリュディケー(ユリディス)の物語が書かれている巻である。使用人のソフィと3人が議論したことは毒蛇に咬まれ冥界に落ちたユリディスを救うために、オルフェは冥界の王のハーデースに「冥界から抜け出すまでの間、決して後ろを振り返ってはならない」という条件を付けられて妻の先を歩いて冥界から抜け出そうとするのだが、不安になったオルフェが後ろを振り返ってしまい、その目撃を最後にユリディスは不帰の客となるという話に関してである。
 本作においてオルフェはマリアンヌでユリディスがエロイーズに当たるはずで、マリアンヌが三回白いウェディングドレス姿のエロイーズを目撃するのだが、オルフェが最後にみるユリディスの姿と重なるだろう。
 その後、マリアンヌがブルターニュの孤島を離れ、エロイーズがミラノの貴族に嫁いだ後、マリアンヌは2回だけエロイーズを目撃している。一回目は自身の作品を出品した美術展において、マリアンヌはオルフェが振り返ってユリディスを目撃した瞬間を描いたのだが、その美術展に展示されていた作品の一つに一人娘を連れて、片手にマリアンヌから借りた書籍を持ち、マリアンヌがエロイーズのスケッチを描いた「28ページ」を示したエロイーズが描かれていたのである。
 もう一度はクラシックコンサートにおいてマリアンヌの向かい側の席に一人でコンサートを聴きに来たエロイーズがいたのだが、エロイーズは決してマリアンヌの方を振り向こうとせず、ただステージを見つめて泣いているのである。それが演奏されている音楽に感動したものなのか、あるいはマリアンヌの方を振り向かないと決意した哀しみなのか微妙なところなのだが、振り向いたことが原因でオルフェが妻のユリディスを失ったことを知っているエロイーズはマリアンヌを失わないために敢えて振り向かなかったのではないだろうか。相手の方を見ないことが愛の証明だからなのだが、それでは「視線」無しで愛が存在するかしないか誰が判断できるというのかという問題は残ったままではある。
 ところでどうも日本語字幕に違和感があった。横井和子という人が翻訳したようなのだが、例えば「口(bouche)」と訳すところを「耳」と訳していたり、マリアンヌとエロイーズがずっと「です・ます調」で会話をしていたりして、もう少し工夫はないものなのかと思いながら物語の理解に困難を生じたことははっきりここに書いておきたい。


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