MASQUERADE(マスカレード)

 こんな孤独なゲームをしている私たちは本当に幸せなの?

『ゾンビ』

2020-12-29 23:58:41 | goo映画レビュー

原題:『Dawn of the Dead』
監督:ジョージ・A・ロメロ
脚本:ジョージ・A・ロメロ
撮影:マイケル・ゴーニック
出演:ケン・フォリー/ゲイラン・ロス/デビッド・エンゲ/スコット・H・ライニガー
1978年/イタリア・アメリカ

「死体の夜明け」と「共産化」について

 これまで数々のゾンビ映画を観てきたが、肝心の本作を観る機会がようやく出来て観てみたが、さすがに元祖だけあって驚くべき代物だった。
 本作に拠るならばそもそもゾンビの誕生は、とある惑星の爆破により次々と甦ったのであるが、甦った大量の死人たちを巡り、殺すか食料を与えるかが冒頭のテレビ番組で議論されているのである。例えば、テレビ局員のフランシーン・パーカー、彼女の恋人でヘリコプターのパイロットのスティーブン・アンドリュース、SWAT隊員のロジャー・デマルコと同僚の黒人男性のピーター・ワシントンが広大なショッピングモールへたどり着いた後のシーンを見てみると、自分のカバンを忘れてきてしまい、ピーターが制止したにも関わらず取りに戻ったためにロジャーはゾンビに襲われ噛まれてゾンビ化してしまい、ショッピングモールを襲撃してきた暴走族集団が店の金銭を奪っているところを見てしまい、隠れていたのだが我慢が出来ずに反撃したことで結果的にスティーブンもゾンビに襲われゾンビ化してしまう。
 欲を出してしまうと人間ではいられなくなるのだが、つまりこれは資本主義か共産主義のどちらを選ぶかの問題で、生産性がなく人間の肉を食べるだけのゾンビたちを目の前にして生きている者たちはなすすべがなく、必然的な「共産化」を観客は恐れたのである。


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