
知り合いのハンターがわが家の入り口で「モグラ」の死体を見つけた。ハンターが言うには、モグラの毛皮は滑らかでとても貴重なもので、パッチワークのものが高価であったという。確かに触ってみると滑らかで心地よい気がする。死んでいたところはコンクリートのところだったが、7~8m先にはモグラ塚が二つあった。きっとそこからやってきたのかも知れない。死因は、外傷は確認できなかったので、野鳥や動物に襲われたのではないようだ。
以前、「ヒミズ」の死体を見たが、それは手のひらの中に収まるかわいい小ささだった。モグラとヒミズの見分け方は尻尾でわかるというが、忘れていた。モグラは短く、ヒミズはネコジャラシくらいの長めの尻尾だが、その画像が撮れなかった。しかし、今回は、ぼてっとした重さと大きさから、モグラであるのは間違いない。また、爪の頑丈さから言ってもモグラだ。ヒミズは土中というより落ち葉をかき分けてそこで生息しているので爪もひ弱だ。
モグラには、数十万年前から広く「アズマモグラ」が生息していた。それが大陸から体がやや大きい「コウベモグラ」が勢力をじわじわと伸ばして、アズマモグラを東へ東へと追いやってきたという。その境界が東海地方から北陸までのラインにまで来ていて、つまり、東軍と西軍の地下の関ケ原の戦いの様相が見えているということになる。
地下は温度も湿度も安定していて外敵もいない住みやすい環境ではあるが、モグラは12時間以上胃が空になると死んでしまう大食漢であるため、縄張り争いが激しいらしい。そこで、地上に追い出されたモグラは餓死してしまう。どうもそんな背景が今回のモグラ殺人事件の真相なのかもしれない。