バラエティ番組が嫌いではないがお笑い芸人の顕示欲が目に余る。したがって、そこにはチャンネルはいかないことが多い。そのぶん、深夜のドキュメンタリー番組を見るようにしている。先日たまたま「さすらいのシェフ」という韓国の料理人のドキュメンタリー(再現物語かも)を見る。ヨーロッパの宮中晩さん会でも著名なシェフのイムシホは野草料理の達人でもある。
放浪の旅先でやさしい老婆に出会い、地域に生えている野草料理をお礼にふるまう。その後、初対面にもかかわらずシェフを息子のように受け入れた老婆も彼岸の人となった。シェフは仏教でいう108の料理を一人で作ることで老婆を弔う。それも地元の野草や食材を基本とした。それは同時にイムシホが、逢うことのなかった生母と自分を生かしてくれた養母への鎮魂歌でもあった。
日本の料理界の一流は金持ちのためだと断言してもいい。庶民にとっては料亭ののれんをくぐることのないまま一生を終わる。その意味で、イムシホさんの料理は地域を活かすこと、あたりまえの生活者を活かすこと、食材を活かすこと、それを自分に課しているところが日本の一流料理人との違いだ。韓国の宮廷料理人のドラマは和宮様のお気に入りだったが、それとも対照的な生きかたでもある。格差社会がますます進行する日本社会の中で、何に向かって生きるのか、誰のために生きていくのか、の選択の時代が始まっている。