前々から、幕末の農政家二宮尊徳について関心があった。
尊徳は戦前の富国強兵の道徳的バックボーンの尖兵に利用されたイメージが強過ぎて、怠け者のオイラとしては近づきにくい存在だった。
しかし、この静岡新聞社(平成8年刊行)の多面的な切り口からのアプローチは優れている。
地域を自力で再建する発想・政策、それを支援する「報徳社」の活動。
それはまるで現代のNPOと変わらない。
いやむしろ、地域密着と規模の上での影響力は今日のNPOもかなわない。
歴史のなかに捨てられた尊徳の実像をもっと掘り起こし、学ばなければならない。
欧米から学ぶことも必要だが、日本の土着の発想のなかに燦然と輝く羅針盤があることを知らなければならない。
歴史に学ばない日本。
だが、歴史が好きな日本は枝葉末節な知識の洪水の中にある。
人間にとって、時代にとって今、歴史から何を受け取るのかが大切。
掛川を中心とする遠州地方から全国へ広がり、いまも続いている報徳運動。
野球で知った「報徳学園」もその流れにある。
疲弊する地域・現代を救う大きなヒントがここにあると思う本だった。
尊徳は戦前の富国強兵の道徳的バックボーンの尖兵に利用されたイメージが強過ぎて、怠け者のオイラとしては近づきにくい存在だった。
しかし、この静岡新聞社(平成8年刊行)の多面的な切り口からのアプローチは優れている。
地域を自力で再建する発想・政策、それを支援する「報徳社」の活動。
それはまるで現代のNPOと変わらない。
いやむしろ、地域密着と規模の上での影響力は今日のNPOもかなわない。
歴史のなかに捨てられた尊徳の実像をもっと掘り起こし、学ばなければならない。
欧米から学ぶことも必要だが、日本の土着の発想のなかに燦然と輝く羅針盤があることを知らなければならない。
歴史に学ばない日本。
だが、歴史が好きな日本は枝葉末節な知識の洪水の中にある。
人間にとって、時代にとって今、歴史から何を受け取るのかが大切。
掛川を中心とする遠州地方から全国へ広がり、いまも続いている報徳運動。
野球で知った「報徳学園」もその流れにある。
疲弊する地域・現代を救う大きなヒントがここにあると思う本だった。