goo blog サービス終了のお知らせ 

山里に生きる道草日記

過密な「まち」から過疎の村に不時着し、そのまま住み込んでしまった、たそがれ武兵衛と好女・皇女!?和宮様とのあたふた日記

如意輪観音

2009-10-06 10:48:08 | 石仏・石造物
 持物をもたないシンプルな石仏があった。
「輪」は、車輪のようにどこにでも転がるように「意」のまま現れ、苦しみを解き、願いをかなえてくれるというありがたい仏、「如意輪観音」である。
 弥勒菩薩のように片足を折り曲げ、右手を頬近くに添える半跏思惟像型だ。
 化仏が顔と同じくらいでかいのも特徴的だ。
 庚申信仰の主尊にされたり、安産や子宝を願う女性にも人気があったようだ。
 ふくよかな尊顔をじっと見ているだけでおおらかな気持ちになりそうな石仏である。(浜松市細江町)

 ついに、石油ストーブをとりだした。朝夕はとくに寒い。
 ブロッコリーが順調だ。モンシロチョウも懸命に卵を産みに来る。青虫くんとの格闘も終わらない。

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

千手観音

2009-10-01 20:31:44 | 石仏・石造物
 どんな人でも苦悩をすべて漏らさず救済するという「千手観音」。

 左手に「宝戟(ほうげき)」=三国志によく出てくる先端が3つに分かれた武器/外国の敵を追い払う意味、右手に「錫杖(しゃくじょう)」=山野を歩いたとき、杖の上にある輪の音で獣や毒蛇から守るという/煩悩を除去し知恵を得る効果がある、という典型的な基本パターンが表現されている。
 
 お腹の前では、仏の象徴であり願いをかなえる宝としての「宝珠」が、座禅をしたときのような印相の上にある。舟型光背がスマートでじつにかっこいい。

 ありがたや、ありがたや。もともと外国の宗教であった仏教が日本に定着して日常化したんだね。一神教だと排他的なところがあるが、多神教的に受け入れているところが日本的だ。おおらかと言おうか、ご都合主義と言おうか、多様であることは素晴らしい。合掌。(浜松市細江町)

 
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

蓮華をもつ聖観音

2009-09-30 18:37:28 | 石仏・石造物
 左手に蓮華を持つ「聖(しょう)観音」。いわゆる「観音さま」だ。観音には、十一面観音とか千手観音とか異形・人間離れのかたちの像があるが、この聖観音はその基本的な人間に近い姿で、蕾の蓮華を持つシンプルなもの。一般的には、右手で蕾の蓮華を開花させるしぐさが表現されていて、蕾にある煩悩を救い、開花させる意味があると言う。この石仏は、右手に錫杖(しゃくじょう)を持っているのが珍しい。地蔵菩薩を併せているのかもしれない。人々の善な心を促す杖ということなのか。

 頭部に阿弥陀如来の小仏・化仏を配しているのが普通だが、形が大きいので十一面のつもりかも。
 江戸時代以降は、女性に人気のある観音様だ。どこか子どもっぽく、かわいい。(浜松市細江町)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする