活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

邪眼は月輪に飛ぶ   藤田和日郎 (後編)

2009-01-26 23:02:06 | マンガの海(読了編)
著:藤田和日郎  小学館 ビッグスピリッツコミックス刊 
  2007年5月2日初版発行  524円+税



前編では、本作品の魅力を、ミネルヴァを中心に据えて紹介した。

次は、人間側の四人である。

この四人は、それぞれが身近な人の死を、そして更に多くの死を常に
纏っていることは既に書いた。

輪を除く三人は、ミネルヴァとの戦いの中で、実は自分こそが他者に
とってのミネルヴァだったと思い至る。
否、常に心の中にその思いは有り、ずっと彼らを鬱屈とさせていた
ものが、顕在化した、といった方がより適切だろう。

唯一、鵜平のみが以前からそのことを明晰に自覚しており、だからこそ
彼は、人里を離れた山中での暮らしを選んでいた。

もうこれ以上、自分が他者を死に追いやることが無いように。
それが、自分の娘(=輪)に誤解され続けることとなろうとも。

この鵜平の孤独の深淵もまた、深い。
しかも、それはミネルヴァと異なり、自ら選んだ孤独であるが故、
ある意味ミネルヴァよりも深い淵の底に、鵜平は立っている。

だが、そのことを是とし、誰にも胸中を語らずに立ち続ける彼の
矜持の格好よさ。

これが、この作品に僕が魅力を感じる二つ目である。




結局、それが人であれ、動物であれ、他者の死に対する畏敬の念を
もたぬ者達を集めたミネルヴァ掃討作戦はことごとく失敗する。

最後に、鵜平がミネルヴァに立ち向かったのは、別に壊滅的な打撃を
受けた東京のためでも、ましてや人類のためでもない。

自分の銃を笑わなかった唯一のアメリカ人、マイクのため。
そして何より、自分の娘 輪のため。

鵜平は、自分が大切だと実感できる存在のために、その命を賭けて
ミネルヴァと対峙する。

なぜ、あらゆるものを死に至らしめるミネルヴァの邪眼をして尚、
鵜平を殺すには至らしめなかったのか。

それは、鵜平には、常に自分が死をもたらす相手に対して、畏敬の
念を抱き、接する心構えが有ったこと。

そして極めつけは、鵜平には犬がいたこと。
この犬とは、単に狩のパートナーとしての犬、という意味ではない。

行動を共にし、辛苦を分かち合い、思いを同じくすることの出来る
仲間がいた、ということである。

それが、それこそが、鵜平と、常にその生涯が絶対弧の中にいた
ミネルヴァとの決定的な違いであり、鵜平に勝利をもたらした
ものなのだ。
#実際に、どのようにして鵜平が勝利するに至ったのかは、是非
 ご自分の目で本作を読んで見て下さい!
 必ず、お時間を損させはしません。


二人の対局の最後。
鵜平が乗った戦闘機ハリアーと正面から向き合ったミネルヴァは、
ハリアーのエアインテーク(空気取り入れ口)に、二つの巨大な
眼を見る。

超自然の力を持つ巫女・輪は、その末期のミネルヴァの気持ちと
シンクロし、自分へ襲い掛かるその眼に対するミネルヴァの恐怖を
感じることとなる。

だが僕は…。
作中には描かれてはいないが、そこにもしかしたら、ミネルヴァの
救いがあったのでは?とも思っている。

なぜなら、ミネルヴァは、そこで初めて自分と向き合っても命の
尽きることの無いものと向き合うことが出来、絶対的孤独から
解放されたのだから。

そうでなければ、ミネルヴァの人生が切な過ぎるではないか…?


最後に。

このように、僕にとっては魅力の尽きない本作品であるが、
それでも不満が無いことは無い。

例えば、狩のパートナーとしての犬の扱い。
もう少し、この犬をエピソードに絡ましてくれても良かったのでは?
と思っている。

もっとも、それでなくても予定の作画枚数を大幅に超過してしまい、
短期集中連載の回数を2回もオーバーしてしまったらしいから、
ひょっとしたら泣く泣くカットされてしまったのかも知れない。

あるいは、最後のシーンであった、次のエピソードへの引き。

これから展開される話の中で、また徐々に犬との話、鵜平の妻である
千恵子との出会いや日々の暮らし。マイクやケビンの癒しと解放の
エピソード等も、徐々に語られると嬉しいなぁ。

もっとも、現在は「月光条例」に取り掛かったばかりの藤田先生。
ほぼ間違いなく連載が長期化する先生のこと。
しかも、本作品が描かれたのは、先の長編連載が終わった、いわば
先生の充電期間に描かれたものであるため、本作品の続編に出合える
のは、単純に考えれば後数年は先になるだろう。

今はただ、嘆息し、指折りしながら、そのときを待つのみである。


(付記1)
それにしても、鵜平。
彼のシルエットは、まるっきりパンタローネである(笑)。
思えばパンタローネも、シニカルで冷えた心を抱きながら、最後に
解放され、月輪のような笑顔を浮かべて逝った男であった。合掌。


(付記2)
本作品の中で、鵜平とマイクが乗ったハリアーは複座であった。
通常モデルのハリアーは単座であることから、このハリアーはアメリカ
海兵隊向け複座練習機型(TAV-8A)と思われる。




(この稿、了)

邪眼は月輪に飛ぶ (ビッグコミックス)
藤田 和日郎
小学館

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