活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

プロムナード いちばん美しい花火

2009-08-08 00:20:32 | 活字の海(新聞記事編)
2009年8月7日(金) 日本経済新聞夕刊 7面らいふより
筆者:道尾秀介(作家)


花火についての、冒頭の筆者の考察が面白い。

曰く。
花火大会に出かける主目的は、花火を鑑賞することというよりも、
お祭り気分を味わうためだったり、デートに相手を誘う口実だったり。
更には屋外でビールを飲む口実だったり、とまで言い切られてしまう。


その次に槍玉に挙げられた市販の花火についても、秀逸な分析が
為されていた。

曰く。
筆者の知人女性が一人で夜の公園で線香花火を行う、その理由とは。
別れた男との花火の思い出を反芻するため。
そうしている自分にうっとりするため。
新しい男が声をかけてくるチャンスを演出するため。
もう何をかイワンやの三拍子であるが、露悪的なところが妙に憎めない。


自分自身のことを振り返ってみても。
彼女と出かけたときには…。

すべからく、彼女と夏の祭りを楽しむという、そのイベントに酔って
いたし、人ごみに流されまいと手を握ることも、ビールを片手に
ああ酔っちゃったという浴衣の彼女の襟足に見惚れることも、
夜空に明るく弧を描く花火の放物線が彼女の頬を染め上げるのを
見て、思わず肩を抱き寄せてしまう、そんな自分にも酔っていた(苦笑)。


勿論。
何も無い空間に突如広がる極彩色に放たれた光の華の美しさは
十分魅力的だったし、炸裂音がソニックして体に響き渡る快感も、
屋外の花火ならではのものだ。

終わらない花火は無い。
例え、どれほど壮麗に、華美に、そして時に慎ましやかに光の饗宴が
続いたとしても。
いつか、微かにたなびく火薬の残香だけを残して、花火大会はその
幕を閉じる。

だからこそ。
その一瞬を切り取って持ち続けられないものかと、人は夢見る。
それが夢と知るからこそ、より一層思いを馳せることとなる。

それに託す思いは、人それぞれであったとしても…。


さて。
ここからコラムは大きくそのトーンを変える。

いきなり、作者による思い出語りへと舞台は切り替わるのである。

そこで筆者は、時間を止めることが出来たという、驚くべき幼少時の
特技を披露する。

その秘技を以って作者は、時間を止め、街中を一人自由気ままに闊歩
する。
何せ、時間は止まっているのだ。
何をしても、作者の思いのまま。為すがままなのである。
そんな時間の中にて、作者はどんな欲望を満たすために奔走するのか。

それこそが、市販の花火パックを、一人でユックリとやり切りたい!
というものであった。

そして。
その願いが成就した夜の公園において。
作者は、静止した時間軸の中で、まるでキャンバスに絵を描いたような
線香花火の情景に、心を奪われる。

その止まった火花は、燃えて発光しているにも関わらず、どこか冷たい
触感を持っている。
そして、あの繊細な光の華は、どこかフラクタルな広がりを持ったまま
空中に凍てついているのだ。

その花火こそが、作者がこれまでの生涯の中で見ることが出来た中で
「いちばん美しい花火」だったと、述懐するのだ。


勿論、現実にはそんなことが起こる筈も無い。
このコラムも、夢落ちという半ば禁じ手によってその幕を閉じる。

それでも。
夜空に咲いた美しい花火を記憶の中に留めようとして、瞼のシャッターを
切るくらいしか思いつかなかった僕に対して、作者の花火の美しさは
遥かに凌駕する煌きを放ち続けている。

そのことが、素直に羨ましい。


さて。
明日は、なにわ淀川の花火大会だ。

どんな花火に出会うことが出来るのだろう。
そして、僕はそれをどうやって、永遠に留めおくことが出来るのだろう。

願わくば。
僕も作者のように、美しい花火を心の中で咲かせ続けたいと願う。

(この稿、了)







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