壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

蜻蛉

2009年10月23日 19時53分07秒 | Weblog
        蜻蜓やとりつきかねし草の上     芭 蕉

 蜻蛉(とんぼ)というものの動きを、柔軟にとらえた作である。
 眼前の景を、素直に把握した句で、自然を見る眼が、実に素直に出ている。
 蜻蛉自身の重みでか、あるいは風によってか、とにかく草の葉先が定まらないので、しきりにとまろうとして、なおとまりえない光景であるが、「とりつきかねし」という措辞も、この場合、なかなか味のあるつかみ方になっている。
 季語は「蜻蜓(とんぼう)」で秋季。蜻蛉そのものの一瞬が生かされている。

    「蜻蛉が羽をやすめようとして、草の葉に近づく。しかし、葉末はゆれて
     なかなかとまることができないでいる」


 病院への途次、秋空に赤トンボと飛行船を見た。何かの暗示のように。
 検査の結果は、思っていたよりは軽くすみそうである。しかし、入院して治療する必要があるので、10月27日に入院することにした。
 肺ガンの心配は全くなく、S状結腸ガンのそれも初期なので、副作用などの問題が生じなければ、31日には退院できるとのこと。
 まだ完全に安心はできないが、死ぬまでは生きられるので、それでヨシとしよう。昭和の作品を、鎌倉と言い張る骨董商ではないが、長い歴史からみれば、鎌倉も昭和も大差ないのだから……


      病院を出れば秋空 飛行船     季 己