壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

熊坂

2009年10月26日 20時00分13秒 | Weblog
          加賀の国を過ぐるとて
        熊坂がゆかりやいつの魂祭     芭 蕉

 「熊坂」という地名をその契機とした、即興の句である。おそらく謡曲「熊坂」があったので、心惹かれたものと思う。
 義経に心惹かれている芭蕉が、義経とは逆に、盗賊の名を負う熊坂の哀れを詠み生かしたもの。「魂祭(たままつり)」が、そのあわれを呼びさましている。

 熊坂長範は、平安末期の伝説的大盗賊。謡曲「熊坂」、幸若舞「烏帽子折」などによれば、美濃赤坂の宿に金売吉次を襲い、牛若丸に討たれたといわれる。
 「熊坂」は、山中温泉から二里、大聖寺(だいしょうじ)に近い江沼郡三木村にあり、熊坂長範の故郷であると伝えられているところ。

 『曾良書留』には、「熊坂が其の名やいつの玉祭」とある。出典の性格から考えて、これが初案であろう、といわれている。
 魂祭の折の作と考えれば、元禄二年(1689)七月十五日金沢での作か。熊坂あたりでの作とすれば、八月初旬ごろの作と思われる。
 季語は「魂祭」で秋。魂祭には誰も亡き魂を迎えられて孫子(まごこ)に弔われるのに、荒々しい盗賊であるだけに、誰もその営みをすることもないであろう、ということを哀れんだもの。「魂祭」という季語でないと、これだけの効果は、とうてい生まれてこないであろう。

    「熊坂長範の生地、熊坂を、自分はいま過ぎてゆくが、あの牛若丸に討たれた
     長範は、盗賊の名を負うこととて、ゆかりの者も世をはばかって、あからさ
     まにはその魂祭をいとなむこともなく、打ち絶えていることであろう。いつ
     の日、その魂祭がなされることであろうか」


      うそ寒むの雨夜はとみにルネサンス     季 己