なかなかに心をかしき臘月かな 芭 蕉
この句は、弟子の曲翠宛の書簡に見える。文面は、
一樽賢慮に懸けられ、寒風を凌ぎ、辱く存じ奉り候。
明日より御番の由、御苦労察し奉り候。
なかなかに心をかしき臘月かな
御非番の間御尋ね芳慮を得可く候。折節対客早筆に
及び候。頓首 洒堂も御手紙見申し候。
とあり、文面から見て、元禄五年(1692)十二月のもの。
誰もが俗事に心を煩わせる臘月(ろうげつ)。その中にかえって風雅の本情を見出してゆこうとするところは、このころの芭蕉としては、あまりに常套的に過ぎるようである。
酒一樽を贈られたことに対する謝意と、勤番の労苦へのいたわりとをこめた挨拶の作である。書簡中での即興で、多分に曲翠に対する、くだけた語りかけの気持が含まれていたものに違いない。どこか『徒然草』風の匂いが漂う発想だ。
「なかなか」は、「かえって」の意。
「臘月」は陰暦十二月をいい、ここでは「しわす」と読みたい。「師走(しわす)」も陰暦十二月の異称であるが、今でも十二月になると、盛んにこの語を使う。この二字の漢字が、押し詰まったあわただしさを伝えるからであろう。極月、春待月ともいう。
季語は「臘月」で冬。「臘月」の、俗にあわただしいさまをとらえて、その逆を導き出す発想で、実感としてとらえられたものではなく、一般的な意味として使われている。
「師走は、いろいろと世俗のことであわただしいが、心のありようでは、
かえって、どこか年の暮れゆくあわれも感じられることだ」
パンの耳さげてゆくひと社会鍋 季 己
この句は、弟子の曲翠宛の書簡に見える。文面は、
一樽賢慮に懸けられ、寒風を凌ぎ、辱く存じ奉り候。
明日より御番の由、御苦労察し奉り候。
なかなかに心をかしき臘月かな
御非番の間御尋ね芳慮を得可く候。折節対客早筆に
及び候。頓首 洒堂も御手紙見申し候。
とあり、文面から見て、元禄五年(1692)十二月のもの。
誰もが俗事に心を煩わせる臘月(ろうげつ)。その中にかえって風雅の本情を見出してゆこうとするところは、このころの芭蕉としては、あまりに常套的に過ぎるようである。
酒一樽を贈られたことに対する謝意と、勤番の労苦へのいたわりとをこめた挨拶の作である。書簡中での即興で、多分に曲翠に対する、くだけた語りかけの気持が含まれていたものに違いない。どこか『徒然草』風の匂いが漂う発想だ。
「なかなか」は、「かえって」の意。
「臘月」は陰暦十二月をいい、ここでは「しわす」と読みたい。「師走(しわす)」も陰暦十二月の異称であるが、今でも十二月になると、盛んにこの語を使う。この二字の漢字が、押し詰まったあわただしさを伝えるからであろう。極月、春待月ともいう。
季語は「臘月」で冬。「臘月」の、俗にあわただしいさまをとらえて、その逆を導き出す発想で、実感としてとらえられたものではなく、一般的な意味として使われている。
「師走は、いろいろと世俗のことであわただしいが、心のありようでは、
かえって、どこか年の暮れゆくあわれも感じられることだ」
パンの耳さげてゆくひと社会鍋 季 己