壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

これも類か

2010年03月20日 22時37分19秒 | Weblog
          桜をばなど寝所にせぬぞ、
          花に寝ぬ春の鳥の心よ
        花に寝ぬこれも類か鼠の巣     芭 蕉

 ネズミが天井裏などで騒いでいたのであろう。春の夜、その巣を空にして騒ぎまわるネズミの姿から、ふと『源氏物語』の一節がおもしろく浮かんで、「花に寝ぬこれも類(たぐい)か」というつぶやきとなったものと思う。ネズミの上に『源氏物語』の世界が感じとられるところに俳諧がある。ひとり興じている姿であるが、興じつつ実は孤独な姿が感じとれる。

 「桜をばなど……」は、『源氏物語』若菜の巻上に、
          いかなれば 花に木づたふ 鶯の
            桜をわきて 塒(ねぐら)とはせぬ
        春の鳥の、桜ひとつにとまらぬ心よ、あやしと覚ゆることぞかし。
 と柏木が口ずさんだ、ということがあるのによったもの。「春の鳥の、桜ひとつにとまらぬ心よ」というのは、源氏(鶯)が女三の宮(桜)だけを、ひたすらに愛することをせず、紫の上のほうに通われることを言ったもの。
 「花に寝ぬこれも類か」は、「これも『花に寝ぬ』たぐひか」の倒置。

 季語は「花」で春。「花」そのものの趣に焦点を合わせたものではなく、古典を使った俳諧化の契機として用いられたもの。

    「おやおやネズミが巣を抜け出て、寝ようともせず浮かれ騒いでいるよ。『源氏物語』には、
     鶯があちこち木伝いして、桜ひとつに落ちつかないで移り歩いているとあるが、ネズミもそれ
     と同じたぐいなのであろうか、何ともおもしろいことだ」


      江戸彼岸 墓のひとつの樹木葬     季 己