壺中日月

空っぽな頭で、感じたこと、気づいたことを、気ままに……

2011年07月29日 00時07分32秒 | Weblog
        古井戸や蚊に飛ぶ魚の音闇し     蕪 村

 蕪村の連句にも、「釣瓶に魚のあがるあかつき」の句があるように、昔は、水中の微生物を食べさせて水をきれいにするため、井戸の中へ鮒などを放したものである。その魚が、人が住まなくなって何年になるかわからない井戸の底に生きていて、井戸の主(ぬし)となり、しきりに活動しているらしい有様を、かすかな物音から意識させられるところに気味悪さがある。

 「魚の音闇(くら)し」の表現には、芭蕉の「海暮れて鴨の声ほのかに白し」の影響があることは無視できないが、この場合、魚の音により井戸の中の世界の暗さが、ひとしお強く意識させられる事実に基づいていて、実感があり無理がない。
 この句は、夕方とするよりも、白昼とする方が凄みが増す。

 季語は「蚊」で夏。

    「廃屋に近いような空き地の片隅に、雑草に閉ざされて古井戸がある。
     井筒は朽ち、内部にも忍の類がしげって、水面は見えないが、底の
     方で時々ごくかすかに水を乱す物音がしている。今でもこの井戸水
     の中に生きている魚があって、それが井戸の底の真昼の闇にひそむ
     蚊を追って飛び立つのであろう。その音を聞いていると、ことさらしん
     しんと井戸の中の闇が意識される」


      余生とは藪蚊のこゑの泣き笑ひ     季 己