梅香のつれづれ日記

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今井町町並み保存会恒例の県外研修

2015-02-22 22:24:21 | 県外研修
2月14日今井町町並み保存会主催の県外研修を大阪の平野郷で開催した 今回のきっかけは平野区まちづくりセンターの 仁戸田 一樹さんが、数年前に私を訪ねてこられ、平野でも着物をきて町を歩きたいという話から交流が始まり、ブログで今井町の茶行列を紹介してくださったところからご縁が深まって、今回の企画となった
当日は平野の町づくりを考える会、平野を着物で歩こう!実行委員会 など地域の方たちが沢山対応してくださって、有意義な1日を過ごすことが出来た

行程は
2月14日(土)参加者 今井町より26名は8時30分華甍を出発

9:30 大念佛宗本山寺に到着 仁戸田さんはじめ沢山の方に出迎えられ


塚原さんのガイドで午前中の町歩きに出発した


町歩きの最初は地蔵めぐりから


そして古民家めぐり




そして元気な商店街めぐりと続く


午前中の極めつけは平野郷町づくりの原点となった阪堺電車平野駅の廃止に伴う駅のお葬式、旧駅舎後を大事に守る平野の気質を垣間見た




今回の目的は平野郷の歴史と文化、まちづくりを学ぶ事と着物で町歩きを推進する今井町と平野の交流にある
11:20 平野商店街にある 六ヶヶ屋(ろくろくやや)という美人ママの経営する元気な食堂で昼食~12:00



お寺の多い町並みを由緒などを聞きながら交流会場へ




平野郷で一番歴史の古い全興寺・おも路地2Fをお借りして交流会が始まる 









映像De平野紹介と意見交換などでそれぞれの「町思い」を厚く語り合えた

14:00 まちあるき・午後の部出発








杭全神社到着
 

大阪府指定の天然記念物クスの大木


一路本殿目指して




36歌仙の歌額のかかる蓮歌所に特別拝観させていただき、説明をいただく


庭越しに平野環濠を望む




坂上田村麻呂所縁の名家子孫、末吉家当主も合流して下さり記念写真


末吉家のガイドをしていただく


15:30 大念佛寺に帰着 本堂に上がらせていただき、読経の流れる中、しばし黙想! 最後の塚原さんのガイドを聞く 



解散、別れを惜しんで帰路につきました

中世に商都として栄えた平野郷は坂上田村麻呂の2男、広野麻呂が朝廷から賜ったこの土地を収めたことより「広野」が「平野」になまったのがその語源と言われるそうだ
その他、真田幸村が大坂夏の陣で徳川家康を追い詰め、敗走する家康を道明寺まで後退させた戦陣の地としての平野など、多くの史跡を持つこの地を改めて見直し、郷土愛を深め、町づくりに邁進される皆さんの熱気を強く感じた視察旅行であった

  

県外研修で九度山町を訪ねて

2014-02-04 11:17:55 | 県外研修
2月1日(土)今井町町並み保存会は恒例の県外研修を和歌山県九度山町に出かけた

九度山町は空海の高野山開創によって栄えた町で、寺領支配の拠点、政所を慈尊院に置いたのが始まりで、慈尊院は空海の母親のために建立した寺院だそうだ

鎌倉時代から高野参詣が盛んになり参詣道の町石道が慈尊院から高野山の奥の院までの24キロに216基の町石と里石が道しるべをしており、世界遺産に認定されています



戦国時代には真田昌幸、幸村親子が高野山へ蟄居させられて九度山に閑居しています

現在は柿、みかんなどの果樹栽培が盛んな地域に変貌しているが、残された史跡などを起爆剤として新たな町づくりを構築されて頑張っておられる皆さんの様子をお伺いし、熱いエネルギーを頂けたらと企画した


行程順に1日をたどってみた
8:30今井町華甍を出発→9:30 九度山町役場着






「ふるさとセンター4階」にて交流会を開催
岡本章町長も忙しい時間を調整して参加してくださって歓迎の意を述べてくださった
九度山町住民クラブ会長 阪井賢三様からは「まちは人と人をつなぐ舞台」を理念として、年齢に関係なく「思い立ったときが青春」の情熱に燃える、しかも和やかなまちづくりを目指しています。
素晴らしい町並みを守られている今井町の皆さまがお見え下さることで、こちらのみんなは緊張気味です。至らないところが多々あるかと思いますが、和やかな一日を過ごしていただき、今後の永いご縁に繋がりますようよろしくお願い申し上げます
と、熱い歓迎のお言葉をいただいた

10:40 バス移動で 勝利寺と紙遊苑到着




ガイドのリーダー、九度山町語り部会長(住民クラブ副会長)木村憲次様の立てていただいた行程は 最初に一番高台までバス移動して坂の町を順次下がっていこうと配慮してくださっている 
また、恒例の着物姿の参加者にも苦にならないかなりの余裕をみているのもうれしい


勝利寺は空海の厄除け観音を祀る高野表参道の玄関口で高台からの景観は素晴らしい


とこの後 町石道の一部を歩き



 
丹生官省符神社
 

慈尊院
丹生官省符神社は空海が慈尊院建立の際、守り神として丹生都比売と高野御子の2神をお祀りしてある


119段の石段を降りたところが慈尊院


ここは高野山の庶務を司る高野政所屋宿泊所を置いた高野山の要所で、空海の母公が晩年移り住み、女人高野と呼ばれ、親しまれてきた

バス移動で
11:40 真田庵


真田昌幸・幸村が閑居した屋敷跡に建つ寺院で有名な六文銭の紋が山門にかかる
境内は真田ゆかりの品々がたくさん残されている
5月に行われる真田祭は総勢500名の武者行列が町を練り歩くそうで、今も真田親子は九度山町民の象徴のようだ


ちなみに武者行列の鎧兜は町民による手作りだそうだが、見学させてもらってその出来栄えの凄さにびっくりした 技術と根を詰めた成果が見える

12:20 幸村庵で昼食
幸村庵は財団法人九度山町柿の里振興公社の経営で
昼食メニューは
阪井会長おすすめの天ぷらそば1,000円+柿の葉すし2個250円 = 1,250円
「そば」は「ざる」(冷たい)か「どんぶり」(温かい)を選べます。
 他にも大助御膳1,500円 内容 = そば、天ぷら、出し巻き、フルーツ(みかん)、コーヒー
  他に単品注文でセットにすることも可能ですとある

食後は
→ 真田古墳(真田の抜け穴伝説)→「町家の人形めぐり」特設会場→ 対面石 →


14:00 大石順教尼の記念館 (旧萱野家)
旧萱野家は元禄16年とも、明和2年とも伝えられる創建の不動院という高野山の里坊を萱野家を経て九度山町所有に至っている

大石順教尼(1888~1968)は幼少より花柳界で芸を磨き、その芸は当世一の折り紙つきで大阪勧業博覧会では主役を舞うほどの売れっ子であった
17歳の時養父の狂乱により両腕をなくすが、カナリアがくちばしで雛に餌を与えているのを見て口で筆を持つことに気づき、寸暇を惜しんで練習を重ね、古典、和歌、絵画の道を究め、書では日展に入選、
また、身体障碍者の自立教育の育成にも傾注された

大石順教尼の書き残された資料を中心に、生い立ちを知るビデオ上映などが鑑賞できる記念館で、何度も訪れてみたい施設だ


沢山の遺跡が残る九度山町で、忘れがちな故郷の歴史から自分たちの町に誇りを持とうと頑張っておられる皆さんに最大の敬意を表してお別れの途に就いた
15:00 真田いこい茶屋→ 15:30~16:00 真田駐車場→やっちょん広場→今井町

雪の伊賀上野を視察

2013-02-17 21:57:17 | 県外研修
今井町町並み保存会では毎年2月、先進地見学会を開催、2月15日、雪の中の伊賀上野を視察した
降りしきる中で上野城に上り、俳聖殿の雪景色に感動、

城下町では名物の大和屋の田楽定食を賞味、

食事の間に雪も止み、藤堂高虎の創った城下町の風情を楽しんだが

こうして毎年各地を見学しているが、わが今井町に勝るようなびっくりする町に出会わない
しかし、どこにも熱い思いで町づくりをしている人に出会う
みんな自分の町が好きで、時代の波に流されて崩れていく町並みを必死に守ろうとしているのをひしひしと感じる