東美濃FW -5-
令和6年9月29日、いつものメンバー(積知積徳会)で、東美濃周辺へFW(フィールド・ワーク)に行ってきました。その様子を数回にわたってお知らせします。
1から6が今回の訪問地です。
1 富加町郷土資料館 2 夕田墳墓群 3 清水寺 4 加治田城 5 いぶカフェ 6 日龍峯寺
AからIは関連地です。
A 美濃金山城 B 猿啄城 C 堂洞城 D 龍福寺 E ヤマザキマザック工作機械博物館
F 関市役所 G 米田城 H 八坂山城 I 関城(安桜山城)
第5回は、夕田墳墓群 です。
資料館にあった航空写真です。
令和4年11月10日に国史跡「夕田墳墓群」に指定されました。
夕田墳墓群(ゆうだふんぼぐん)(蓮野1号墳・杉洞1号墳・夕田茶臼山古墳 計3基)
墳墓群の中心が、夕田茶臼山古墳[ゆうだちゃうすやまこふん]です。
堂洞城の戦いでは、織田軍は、小高い丘に陣を置いたと言われています。下の図の「高き塚」と書かれているところです。
これが、この古墳ではないかというのが木本説ですが、地元でもこの説が採られていました。
もちろん、蓮野1号墳・杉洞1号墳 等にも陣取ったことは考えられます。
夕田茶臼山古墳です。
画像出典 https://www.pref.gifu.lg.jp/page/17392.html
説明も引用します。
夕田茶臼山古墳は富加町東南部の北西方向に伸びた丘陵頂部(標高127.0m)に立地する単独の古墳である。
古墳の規模は、全長39.5m、後円部の直径24.5m、前方部の長さ15.0m、くびれ部幅10.5m、前方部全面の幅15.1m、前方部頂と後円部頂の比高は2.4mを測り、後円部が高い。古墳の平面形は、不整形な前方後円墳であり、前方部の前面に墳丘を区画する溝(幅3.0m)がある。
古墳の築造時期は、墳丘から出土した赤彩有孔直口短頸壷や高坏をはじめとする土師器の年代観と、基盤造成面から出土した炭化物の放射性炭素年代測定結果から、3世紀前半に位置づけられる。
埋葬施設は5.3mから5.5m四方の構築墓坑の中央に舟底形木棺1基(長さ2.6mから2.7m、幅1.0mから1.3m)を直接埋置する構造であり、概ね良好に遺存する。また、発掘調査における層位学的な検討により、旧地形の様子や墳丘の築造工程が明らかになった。墳丘の造成時に尾根頂部を大きく削平し、古墳主軸は尾根の向きに合わせ、後円部は尾根先端に設定されていた。墳丘の築造工程としては、後円部においては5つの工程(地山削平、基盤造成、造成面調整、周堤状盛土、埋葬及び墳丘盛土)に復元され、後円部の基盤造成工程は前方部の墳丘盛土工程に先行することが明らかになった。墳丘の築造工程のうち、周堤状盛土は弥生時代後期の墳丘墓と類似し、盛土以前に地山の削平と基盤造成は前期古墳にも踏襲される手法である。なお、地山削平工程で溝(幅2.0m)により前方部前面の輪郭づけを行っている点は類例がなく特異である。
夕田茶臼山古墳は、東海地域でも極めて稀な3世紀前半代の前方後円形を呈する初期古墳であり、発掘調査により旧地形や墳丘の築造工程を復元できた例として貴重である。
調査報告書について
・夕田茶臼山古墳については以下からダウンロードしてください。
夕田茶臼山古墳報告書 (PDF 13.1MB) 105枚の冊子です。
私が撮影した写真です。
駐車場の案内です。
一部拡大してみます。
お読みください。
考古学の成果がわかりますね。
次をご覧ください。
これはすごい!
私の理解では、後方後円墳の地域に、前方後円墳の勢力が中央権力の象徴として後から広まったと思っています。
そう思うと、夕田茶臼山古墳は早すぎると思いませんか?
これがポイントです。
この地域は、半布里戸籍を見ると秦氏が多いのです。
資料館の展示です。緑・オレンジが秦氏系です。
秦氏は、西から来ました。
秦氏と前方後円墳の関係は?
次の記事も思い出しました。日本経済新聞からの引用です。
https://mainichi.jp/articles/20241004/ddm/005/070/114000c
秦氏が美濃地区に早い時期から前方後円墳を伝えたと考えられます。
半布里文化遺産活用協議会 による動画をご覧ください。
発見!とみか歴史チャンネル(その5)夕田茶臼山古墳2021.11
以前にも紹介した、
発見!とみか歴史チャンネル(その1)富加町郷土資料館紹介
5分21秒から7分6秒までが夕田茶臼山古墳です。
蓮野1号墳(墓)
資料館の南に、蓮野1号墳・杉洞1号墳があります。
杉洞1号墳は私有地なので、立ち入ることはできません。
ここでは、蓮野1号墳を紹介します。
蓮野1号墳(墓)は平野部を見下ろす丘陵前端の頂部に立地する直径約15mの円丘状(えんきゅうじょう)の主丘部(しゅきゅうぶ)に主丘部直径とほぼ同じ幅の方形に近い突出部が取り付く、墳長28mの突出部付の墳丘墓の可能性が指摘されています。
(出典 https://www.town.tomika.gifu.jp/docs/129611.html)
次回に続きます。次回は、清水寺です。
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