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週刊 日本の100人 第43号 伊藤博文

2019-08-23 05:27:17 | 歴史関連情報
週刊日本の100人 伊藤博文

シリーズ第43号は伊藤博文です。



あまりにも有名であり、いろいろ語られているので、ここでは簡単に紹介します。

 伊藤博文は、天保12(1841)年9月2日、林家に生まれました。
 9歳まで山口県光市で過ごし、その後萩に移り住みました。

 父十蔵が長州藩士・伊藤家の養子となったため伊藤姓を名乗り、吉田松陰の松下村塾に学びました。

 そこで、桂小五郎(木戸孝允)、高杉晋作、山県有朋、井上馨らと出会います。
 ご存じの通り、倒幕運動に汗を流しました。

 あの高杉晋作が4カ国連合艦隊との講和使節として全権を任されたときにも同行しています。
 英語力を買われて、通訳を担当します。
 あの演説をどう訳したのでしょうか?

 明治維新後は新政府の要職を歴任し、明治18(1885)年には初代内閣総理大臣、同22(1889)年に大日本帝国憲法制定を発布します。
 これだけでも、明治を代表する政治家と言えるでしょう。

 明治42(1909)年、10月14日に満州へと出発し、同年10月26日にハルビン駅で暗殺されました。

 身分の低い家に生まれながら、伊藤家の養子になり、運命が大きく変わりました。

 松下村塾に入り、得たのは学問より人脈でした。
 斬首された吉田松陰を密かに埋葬したのも、伊藤博文たちです。
 
 イギリスへの密航留学も視野を広げるのに役立ちました。
 この後、英語力を駆使して出世し、総理大臣にまで上りつめます。 

 「運」の強さを特に強く感じる偉人の一人です。
 長く、千円札の「顔」でした。


■特集
 伊藤博文
  人は誠実でなくては何事も成就しない

■ライフ&タイム
 明治日本をリードした初代総理大臣の68年
  太閤への夢を抱いた少年時代/強行攘夷派から開国派へ
  才覚が呼び寄せた最高の地位/世界が認める近代国家への道
  平和外交の元勲暗殺さる

■ヒューマンエピソード
 天性の愛嬌と活動力で人望を集めた庶民派宰相

■クローズアップ
 ハルビンの悲劇 伊藤暗殺事件の顛末

■人物スクランブル
 伊藤博文 人物相関図
  井上 馨/閔妃/A・B・ミットフォード/宮武外骨

■後世への遺産
 ランドセル、ふぐ料理…… 初代宰相ゆえの初物づくし

■評伝アラカルト
 伊藤博文考
  大隈重信/エルウィン・ベルツ/福田和也
  内田魯庵/明治天皇/尾崎行雄

■ビジュアル人物事典
 坂本乙女/坂本龍馬/向坂逸郎/佐久間象山
 桜井錠二/佐倉宗吾/笹川良一/佐々木道誉

■日本の100人ミュージアム


このシリーズでの100人は・・・
織田信長
徳川家康
豊臣秀吉
坂本竜馬
伊達政宗
平清盛
勝海舟
真田幸村
源 義経
武田信玄
西郷隆盛
明智光秀
上杉謙信
石田三成
徳川家光
前田利家
高杉晋作
徳川慶喜
聖徳太子
徳川吉宗
近藤勇
黒田官兵衛
足利尊氏
吉田松陰
空海
大久保利通
東郷平八郎
徳川光圀
東条英機
北条早雲
山内一豊
土方歳三
田中角栄
福沢諭吉
宮本武蔵
加藤清正
毛利元就
吉田茂
源頼朝
山本五十六
直江兼続
平賀源内
伊藤博文
松尾芭蕉
白州次郎
徳川綱吉
千利休
細川幽斎
大石内蔵助
木戸孝允
島津義弘
足利義満
渋沢栄一
井伊直弼
大友宗麟
福島正則
松下幸之助
伊能忠敬
板垣退助
後醍醐天皇
平将門
乃木希典
南方熊楠
大隈重信
日蓮
ジョン万次郎
野口英世
大村益次郎
山本勘助
田沼意次
松平容保
菅原道真
北条時宗
藤堂高虎
榎本武揚
島津斉彬
二宮金次郎
後藤新平
手塚治虫
岩崎弥太郎
本田宗一郎
親鸞
津田梅子
藤原道長
山田長政
上杉鷹山
原敬
森鴎外
葛飾北斎
岩倉具視
芥川龍之
新渡戸稲造
犬養毅
黒澤明
日野富子
豊臣秀長
今川義元
本居宣長
高橋是清
夏目漱石

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