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週刊 日本の100人 第61号 平 将門

2019-09-10 05:18:14 | 歴史関連情報
週刊日本の100人 平 将門

シリーズ第61号は平 将門です。



歴史上の大物といえば、平将門もその一人でしょう。

なぜ大物?

振り返ってみましょう。

平安時代中期の武将で、生年は西暦903年といわれていますが定かではありません。
903年は、菅原道真が亡くなった年です。

『平家物語』の冒頭、「祇園舎の鐘の声~」に続き、中国の「たけき者も遂にはほろびぬ」例が並んだ後、こう続きます。

近く本朝をうかゞふに、承平の將門、天慶の純友、康和の義親、平治の信頼、おごれる心もたけき事も、皆とりどりにこそありしかども、まぢかくは、六波羅の入道前の太政大臣平の朝臣盛公と申し人のありさま、傳承るこそ心も詞も及ばれね。


「承平の将門」と語られた将門は、道真の祟り?で没した藤原時平に替わった、藤原忠平と主従関係を結び、武士としての出世を願います。

将門は、忠平を終生「私君」と仰ぎます。

父の急死により帰郷します。27歳の時です。ところが、伯父の平国香らが父の遺領を勝手に相続していたのです。

将門は新たな土地を開墾し、領土を広げていきます。
そこで、伯父らから妬まれ、いきなり攻められますが、見事に敵を撃破します。

ここからは泥仕合。
一族同士の争いでしたが、ついに朝廷を敵に回し、「平将門の乱」となってしまいます。
常陸国府を襲ったからです。

ここに一人の巫女が現れ、将門に皇位を授けると告げます。自ら「親皇」と称します。
これは「将門記」にしか記録はありませんが・・・。

朝廷は、将門を討ったもに恩賞を与えると布告。

結局、平貞盛や藤原秀郷らと戦い、本陣へ引き上げる時に流れ矢が飛んできて、将門の額に当たってしまったのでした。

激動の37年間を終えるには、あまりにもあっけない最期でした。

NHK大河ドラマ「風と雲と虹と」をもう一度見たい!吉永小百合の最期を覚えています。

さて、大物と書きましたが、その理由は・・・

やはり天皇以外で「皇」を名乗った、または名乗ろうとした数少ない一人だったこと。
「将門記」が正しいとすればですが・・・。

そして、崇徳院、菅原道真と並び、日本三大怨霊の一人とされ、江戸時代はもとより、戦前・戦後にまで恐れられているのです。

 しかし、本人は、いたってまじめで純朴な好青年だっと思います。

本誌の内容です。
■特集
平 将門
 今の世の人は、必ず撃ち勝てるを以て君と為す

■ライフ&タイム
朝廷に反旗を翻した東国の新皇の37年
 京に活躍の場を求めて/血で血を洗う同族争い
 終わらない戦いの日々/踏み出した反逆者への道
 新皇、神鏑に倒れる

■ヒューマンエピソード
 弱きを助け強きを挫く心優しき荒武者

■クローズアップ
 我が五体はどこだ! 首にまつわる怪奇譚を追う

■人物スクランブル
 平 将門 人物相関図
  藤原純友/菅原道真/滝夜叉姫/織田完之

■後世への遺産
 野馬追、歌舞伎……坂東の覇者が残した夢の跡

■評伝アラカルト
 平 将門考
  幸田露伴/赤城宗徳/田口卯吉
  荒俣 宏/頼 山陽/滝沢馬琴

■ビジュアル人物事典
 種田山頭火/田能村竹田/近松門左衛門/千葉周作
 茶屋四郎次郎/重源/長宗我部元親/長宗我部盛親

■日本の100人ミュージアム

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