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映画「十三人の刺客」の史実

2010-09-26 07:31:57 | 社会科こぼれ話
映画「十三人の刺客」はフィクションですが、実在の名前の人物が登場します。

島田新左衛門に、松平斉韶の暗殺を依頼した土井利位(どい としつら)は、実在の老中です。
大塩平八郎を鎮圧し、その功績により京都所司代に抜擢され、天保10年(1839年)に老中に昇格しています。

稲垣吾郎 演じる松平斉韶は、実在の明石藩第7代藩主です。しかし、将軍の弟ではなく、暴君でもありません。

斉韶は天保11年(1840年)に隠居し、家督を養子の松平斉宣(なりこと)に譲ります。
この斉宣こそが、11代将軍徳川家斉の二十五男。12代将軍徳川家慶(いえよし)の弟になるのです。

したがって、映画のモデルは松平斉宣なのです。

松平斉宣には、次のような逸話が残っています。

斉宣が参勤交代で尾張藩領を通過中に、3歳の幼児が行列を横切ってしまいました。
斉宣は、村民たちの助命嘆願を無視して、切捨御免で幼児を殺害したのです。
このあたりが、暴君のいわれになっているのかもしれません。

これに対して尾張藩は激怒しました。
尾張藩は御三家筆頭。
そのメンツにかけて、明石藩の領内の通行を拒否したのです。

このため、明石藩は行列を立てず、藩士たちは農民や町人に変装して尾張領内を通行したということです。

これが、映画の中でモデルとして使われています。

殺陣の舞台となった落合宿は中山道44番目の宿場で、現在は岐阜県中津川市です。

尾張藩領で、1843年には人口は370人、家数は75軒あったそうです。

映画の中では、「75軒に50両ずつ渡して買い取ろう」とありますが、軒数まで史実と合っています。

このあたりを知った上で映画「十三人の刺客」を見ると、より深く楽しめます。

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