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天との約束の物語

2011年12月21日 | 読書
 職場は忙しい最中だったが、空いている日がないのでやむを得ずこの時期の人間ドッグになった。
 当然のごとく二冊ほどバックに詰めこんで出かけたが、待合室の書棚でその背表紙が読んでくれとせがんでいる…ような気配だったので、結局持ち込んだ新刊本は開かずじまいだった。

 黒いカバーに白抜きの題字。帯には「2010年本屋大賞」の大きな文字。

 『天地明察』(冲方丁 角川書店)

 500ページ近い作品を、検査の合間に、夕刻から朝にかけて読み切った。
 時代小説など21世紀になってから読んだことがあったろうか、と思うほどのジャンル初心者だが、さすがの本屋大賞である。
 帯に書かれた書評は、トップから順に、かの野蛮人の養老、内田の各先生方。キャッチコピー的に書かれてあることが見事に的を得ている。

 現代人もこういう風に生きられないはずがない。同じ日本人なのだから(養老)

 「こういう生き方って、いいよね」という素直で朗らかなロールモデルの提示(内田)

 主人公である渋川春海はもちろんそうだが、脇役たる登場人物がまた魅力的である。
 歴史的に名を残している人物も多く出てきていて、その描き方がやや劇画っぽくありながら、それがまた存在感あふれる。酒井忠清、水戸光圀、保科正之…
 何より算数の教科書にもその名前は載っているだろう和算の関孝和。この存在が全編を通してのバックボーンとなっていて、後半になるまで姿を見せない点やその劇的な出会いのシーンなど実に絵になる。

 関の能力を示した「一瞥即解」のような、四字熟語の言い回し、リズムにも浸れる。これは時代小説ならではだと感じた。
 給湯茶事、数理算術、播種収穫といった実用?用語も何か背筋を持ったように、きりりと文章を引き締める。
 しかし、一番はなんといっても「天地明察」というこの題名だ。すっきりしていて奥深い、比喩性にもあふれている。
 いつかこの言葉を使える日が、もしかしたら訪れるかもしれないと思わせてくれるような響きのある言葉だ。


 実は、初めの場面で最も考えさせられた一文に出会っていた。
 今まで自分のなかになかった概念だ。

 暦は約束だった

 この物語を読み終えて、再びそこにもどると、また一層味わい深い。
 暦は紛れもなく、天との約束だった。それを取りつけに幾千の人が、自らの生を滾らせた。

 考えてみれば人は「明日も生きている 明日もこの世はある」という証拠を、まず暦の中にみているのではないか。

 もうすぐ新しい暦になるのだなあと、ベッドのなかで思った。
 ドッグの帰りには、ロフトに立ち寄り、来年の暦を買う。

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