すぷりんぐぶろぐ

桜と絵本と豆乳と

何度も仕切って進化する

2018年05月20日 | 読書
 著者は、相撲好きには変わらないがライターではなく、いわゆる「タニマチ」と称される存在のようだ。出版社の書籍紹介に「タニマチが描く力士たちのサイドストーリー」とある。現役力士、引退した力士、そして行司などの様々なエピソードが興味深い。私たちがふだん見聞きする情報は、ほんの一部と痛感する。

2018読了53
 『土俵の周辺』(岩崎友太郎 白水社)


 目次に「六 ヒタチきめない 豪風旭」とあった。それぞれが読みきりのようだし、そこからページを開くこととした。豪風は、先場所十両へ陥落し、引退も考えられた危機があったわけだが、この復帰がいかに凄いかを今さらながらに知る文章に出会った。平成26年秋、最年長の三役昇進を果たした時のことである。


 祝宴であまり喜ぶ表情を見せない豪風をいぶかる周囲に対して、こう答えた。「よくヒタチきめてるヤツがいますけど、そんなことをしている場合じゃないスよ。この年になっても進化を続けなければやっていけない世界ですから」…「ヒタチきめる」とは調子にのるという隠語。維持ではなく進化という言葉が重い。


 これは相撲界入りを99%の人に反対され、現実の厳しさを「研究」や「理論」で克服してきた力士だけが持つ重みを感ずる。だからこそ、現役はわずか二人しか取り上げられていない、この著に載る価値があった。もう一人は隠岐の海。これは隠岐という風土を背負った物語だ。実はこの力士も秋田の血を引いていた。


 冒頭の「譲り団扇 木村庄之助」も読み応えがあった。行司も最近の不祥事で話題になったが、実にシビアな世界だ。また、現役を退き別の道を歩むことになった者の厳しさも描かれた。神事であり、競技である相撲に生きる人々はやはり「特殊」だ。「普通」の世間とまみれて生きていくために、何度も仕切っている。