尾道で知り合った方に誘われ、渋谷
UPLINKで、『映画の記憶』を観た。
古い映画の好きな息子も誘い、久々息子とデート。
『映画の記憶』とは、松田完一さんのインタビュー映画。
数年前、岡山映画祭で上映されたものである。
松田完一氏とはどのような人であるのか。
1921年11月、岡山市西大寺町に生まれる。生家は料亭「大一(だいいち)」を営む。
時は、日本映画最初の黄金時代の始まる頃であり、料亭の若い人に連れられて、もの心つく頃から映画に親しむ。
'75年、それまで折にふれて集めていた、映画のポスター、スチール等を展示する「岡山映画資料館」を開館。(現在は閉館)
'80年、世話人として「岡山古典映画愛好会」を立ち上げ、無声映画の紹介につとめる。
後にこの会で、休演した弁士の代役を見様見真似でやったのが、その後弁士をつとめた最初である。
野村芳亭監督「不如帰」を含む貴重な16ミリフィルム38本を、先日、広島市の「映像文化ライブラリー」に寄贈。台湾で最初の映画と言われる「義人呉鳳」の16ミリフィルムの台湾への寄贈とともに、映画文化に大きく寄与した。
映画の中では、
成瀬巳喜男「チョコレートガール」'32
山中貞夫「盤嶽の一生」'33「足軽出世譚」'34「磯の源太 抱寝の長脇差」'32「人情紙風船」'37
溝口健二「浪華悲歌」'36
水久保澄子、山田ライオン(弁士)、尾上松之助、片岡千恵蔵、市川春代、水の江澄子、三枡豊、ジーン・アーサーなどについて語られている。
映画の中でのインタビューも興味深かったが、
上映後、松田さんを向かえて行われた、日本大学芸術学部教授 田島良一さん、無声映画伴奏者 柳下美恵さん、「映画の記憶」聞き手 中原省五さんとのトークも楽しく、面白かった。
無声映画は、もうフィルムの無いものが多い。
見た人の記憶の中にしか存在しないのだ。
山中貞夫監督作品は、トーキーになってからのものでも三本しか残っていない。
しかし、『山中さんの作品は「磯の源太 抱寝の長脇差」が一番面白い』などという話を聞くと、観たくてたまらなくなる。
松田さんは、トーキーよりも無声映画が好きだったと言う。
「音楽があるでしょ?チャンバラなんかね、リズムがいいんですよ」と。
しかし、今の映画も観られるそうで、今でも映画館に足を運ぶのだそうだ。
「誰も知らないは良かったですな」とおっしゃい、あれも観たこれも観たと、いくつか洋画も挙げておられた。
「わたしのからだのどこを切っても、
血ではなくフイルムが流れとったらええですなぁ」 とは、松田氏の言葉。
市井の人でありながら、映画と共に、生きてこられたような方である。
イベントが終わり、「いいなぁ、羨ましいなぁ」と呟いたら、
「松田さんが映画に取り付かれたきっかけになった、山中監督の無声映画が一本も残ってないなんて、寂しいことだね」と、息子が言った。
この上映会は9/09にもある。
トークゲストは、映画監督 篠崎誠さんの予定。