井上しんごブログ

北九州市議の井上真吾です。何かあったらいつでもどうぞ、私の携帯電話は070-5690-1423です。😄

八幡太郎ポエム ローズさんのごめんねを聞いて

2022年10月23日 | ポエム

ローズさんのごめんねを聞いて


若松南海岸、海の向かいは戸畑、届きそうで届かない。戸畑の人たちの生活、笑顔、声も聞こえそうなのに、

けっして聞こえない、見るてるだけ、


あなたと過ごした時、あなたの声、目の前で見ていた、聞いていたはずなのに、今はその声、笑い声は聞こえない。


でもあなたはあそこにいる。届きそうな所に、会えない訳ではない。でも会えない。聞こえない。届かない。


それはまるで、若松と戸畑のよう。二つの間には、決して深くない洞海湾がある。北海の海のように死ぬほど冷たくはない。


日本海溝のようには深くはない。

見ているだけ?


泳げんるんじゃないか。泳ごう。でも服で着飾った状態では沈んでしまう。


自分の着飾った服を脱ぎ捨てることができるか。我を脱ぎ捨てて、丸裸になれるか。人に笑われるだろうか。


対岸の戸畑を眺めるか。脱ぎ捨てて渡るか。

いや、そんなことをしなくても若戸渡船があるじゃないか。


いや北九州市営で若戸大橋渡るのもよし、翻って、高塔山に登ってまだ見ぬ世界を見るもよし。


こだわらず、自由に。この若戸大橋の上に広がるどこまでも青い空のように。


1023日若戸大橋記念イベント会場にて


歌詠会 自分勝手

2022年10月22日 | 歌詠會

己が主 あなたの目から 見えたおれ きみの心 何度傷つけた?


背景のストーリー


君の気持ちと違うことで、自分は、仕方ないやんと、そんな言い訳していた。

あれから時がたち、いま彼女の側に立ってみると、自分の言い訳した行いが、どんなに君を悲しませ、傷つけていたのかと、いま気づいた。

なんでここまで自分勝手だったのか、君の目から見た僕は、涙でにじんでいただろう。

そんなことも知らず、今まで、どんなに悲しませただろう。

もう戻れない。人は自分が強い時には見えないものが沢山ある。

しかし、弱い時だからと見える訳ではない、私が弱い時は今までだって沢山あった。でも、君の側で、君の心から見ることができなかった。

本当に好きになり、切なくなった時にしか見えない景色かもしれない。会いたい、会えない。

その時に見える心の景色。切なすぎる。だからこそ歌ができたんだろうか。世の中のラブソングの数々。

歌にせざるを得ないくらい、つらくて、切ない背景がそこにはある。

だから私も短歌にしたんだと。

しかし、それだけでも気持ちは晴れない。音楽にして、歌にして、メロディーに乗せて、人に伝えた時に、少しは救われるのではないか。そう思った、飛行機の中。


歌詠会 おばさん家

2022年10月22日 | 歌詠會
賑わいの 酒酌み交わす おばさん家
酒豪のおじさん すやすや眠る

背景
おばさんを見舞いに、久しぶりに家に訪ねる。
おじさんも喜んで、いつも一人晩酌だが、一献交えようと。
おばさんの相変わらずのモリモリの料理を食べながら、いとこも帰ってきて、大盛り上がり。
酒の強かったおじさんも、気がつくとすやすやと寝ていた。

安倍元首相の国葬に際し、マスコミ各社の囲み取材を受けた日のやりとり

2022年10月14日 | 枝光地域

安倍元首相への献花後に、マスコミ各社の囲み取材を受けました。すごいフラッシュの嵐で💦、何事?と思ったのも束の間、顔の前には数本のマイク、カメラ、周りをぐるっと囲まれて、逃げられない・・・。
よくテレビで見るやつです。流石に多い7、8人の記者の方の質問に、私も緊張して、足がガクガクする。手も力が入らない。どうしたんだ俺って、思いつつも、名刺をバラバラ落としてしまう始末で💦。
思いがけず突然の取材でしたが、記者とのやりとりから、国葬に対する考えを述べます。

本日国葬の日ですが、こちらに献花に来られた目的は何ですか?

政治家が自分の政策や思いを伝える選挙の場で、背後から銃撃を受けて、演説途中で、命を失うなど、あり得ません。私も政治家の1人として、安倍さんの無念さを考えた時に、私もいたたまれなく思い、せめて弔意を伝え、献花したいという思いが強くなり、この場に立っています。

自民党の議員ですか?

いや違います。無所属です。元々は共産党の議員でしたが、今は社民党の推薦を受けて無所属で当選しています。なので、考えからすれば、安倍さんの考えとは対極にあるかと思いますが、右とか左とか、国葬に反対とか賛成とか、そうした議論できた訳ではありません。1人の政治家の道半ばでの死に対して、いたたまれない、そんな言論を暴力で押さえつけるやり方は許せない、その憤りからここに来ています。

今、国葬について、様々その是非について議論されていますが、そいう中で献花に来られたのはどういう意図でしょうか?

確かに、今与野党や国会で、国葬賛成、反対などマスコミをはじめ、国民の中で対立が生まれています。確かに細々、法律上の問題とか、税金の使い方、国会・国民への説明不足などあるかと思います。

賛成側、反対側、双方が、この安倍さんの国葬を利用しようとしてないか、今、一度、与野党が考える必要があるのではないでしょうか。

1人の政治家の悲しい死に対し、もっと穏やかに送ることができなかったのか、残念です。

賛成、反対、それぞれが、安部さんの死を政治的に利用しようとしている、そこ点は残念です。本来は安倍さんの思想や哲学、政策や考えを支持するか、しないかの問題ではないはずです。

安倍さんの国葬に参加するからと言って、イコール安倍さんの信奉者ではありませんし、また国葬に行かなかったからと言って、反安倍ではないと思います。
要は、安倍さんの考えについての、賛成、反対の踏み絵にしてはいけないと思うのです。

これは、政治家の魂というべき、言論、演説。私たち政治家は、言論で生きています。人に伝えて、思いを共有して、世の中を変える、政治を変える。
それが、どの立場か、どういう風に変えるのかは、それぞれの政治家の信念や理念です。それが違うだけの問題です。
安倍さんと私は、その信念や理念が違う、ただそれだけです。ただ右か左かの些細な違いです。その右か左かも、その時々の社会情勢や、権力の構造で、簡単に入れ替わる代物です。
しかし共通しているのは、この世の中を変えたい、日本をよくしたいと思って政治家になったことではないでしょうか。
ただ、それを国民の皆さんが支持するか、しないかの問題です。私の政策がいいのか、安倍さんの政策がいいのか、果たしてもっと別のがいいのか、国民が判断するだけです。

私たち政治家は、それぞれの信念に基づいて、自らの言葉で語る、訴える。このことは右でも左でも、保守でも革新でも、共通ではないでしょうか。国民のために頑張りたい、日本をよくしたいと思わない政治家なんていないと思います。
私たちも、現場の声を聞いて、それこそ、命懸けで、政治家をしています。右でも左でも関係ない話です。
そうした意味での、仲間の政治家の1人が、選挙中に、しかも演説が終わらない途中で、背後からの卑怯な手段、暴力で命を奪われた、
政治家が選挙で落ちて審判を受けるならまだしも、選挙の審判を得ずして、無理矢理、言葉を奪われた。
私はここに強い憤りを怒りを感じています。よくもうちの仲間をやってくれたなと、許せんという感情です。そこに、自民党とか共産党とか、思想信条は必要でしょうか。

私がここに来たのは、言論の自由を守る。もっと自由で開かれた国を作る。
安倍さんの無念さに対して、せめてもの、弔意を示したい、花を手向けたい、ただそれだけです。
国葬反対、賛成。これは国会の問題、主権者の問題、法律の問題、先例の問題であって、私はそれを論じに来た訳ではなく、今日私が北九州から来たという事実に対しては、正直、どうでもいい話です。

以上、私の発言です。


歌詠會

2022年10月14日 | 歌詠會

朝焼けの 友と語らい 明ける夜は こっくりなりつつ 話合わせる


解説 友人と飲んで回って、もうこんな時間、楽しい話でも、互いに眠く、話の途中、途中が抜けて、何の話だったかなと、互いに話しを合わせている。💦😅


2021年9月議会最終日 枝光本町商店街の火災への対応要望と、小森江東小、小森江西小統廃合に反対する立場での討論

2022年10月04日 | 枝光地域

市会議員の井上真吾です。

まず討論に先立ち、先日1日の土曜日に発生しました、八幡東区の枝光本町商店街での火災で被災された商店主の方々に心からお見舞い申し上げます。

2度の大規模火災を経験し、復興の緒にある旦過市場の例にならい、クラウドファンディングの実施、がれき撤去の許認可の迅速化、仮店舗での営業支援など、歴史のある枝光本町商店街の早期の復興につながるよう、議員並びに行政の皆様方のご支援を心よりお願い申し上げ、討論に入ります。

私は、議案第116号・北九州市教育施設の設置及び管理に関する条例の一部改正に、反対する立場で以下討論を行います。

 この議案は、門司区の小森江東小学校と小森江西小学校を統廃合し、小森江小学校を新たに設置するものです。

 しかし、統合後の校舎位置で双方の代表による話し合いで結論が出ずに、今年度も校舎位置の選定などで、地元の話し合い、教育委員会での検討が行われてきました。

 しかし、今回、地域・保護者の混乱が収まらず、4件の陳情が出され、議会で保護者代表による口頭陳述も行われました。

 この陳情審査が行われた常任委員会を傍聴しましたが、門司区選出の議員さんの、葛藤、苦しさ。聞いていて胸が締め付けられました。

 この統廃合は教育委員会として行政行為です。この行政行為によって、市民を代表する議員が苦しんでいる。地域・保護者が対立している、行政の目的があったとしても、もう一度、丁寧な説明をする意味で、陳情が出された今議会にこだわらず、あと少しでも地域に時間を与えることができなかったのか、そう思います。

 教育委員会は統合の目的を、子ども達の為に、適正な一定規模の人数が必要だとし、子ども達のよりよい教育のためだとしています。しかし、この期に及んでは、果たして統合された4月以降、地域の子ども達が楽しく学校生活を送れるんだろうかと心配します。

 同じ小学校の保護者同士での混乱もあり、統合される学校どうしの対立、隣り合う校区、地域どうしの分断など、ここまで地域を混乱に追い込んでしまい。その影響は当然、子ども達にも及んでしまいます。市曰く、子ども達のための学校統合であるはずなのに、その主体者である子ども達が、その保護者・地域の対立の板挟みになって、悲しませるなんて、本末転倒です。

 私は昨年度まで市のPTAで活動をしていて、門司区を含む他地域のPTA会長さんや保護者の方と一緒に、様々な活動を行う機会がありました。だれもが悩み、苦しんでいます。

 教育委員会は今後、さらに市内全域での学校の統廃合を進めるとしています。他都市と比べて地域活動が活発で、シビックプライド、わが町、わが地域を愛する住民や子ども達が多い本市において、今後、どれだけの対立と混乱をもたらそうとしているのでしょうか。どれだけの子ども達を悲しませるのでしょうか。

 ニューユー・新しいことを始めやすい都市。各地域で伝統の祭りがあり、地域愛の強い我が街・北九州。またそれを推進している本市において、結果として街の絆を壊すようなことになっている。このことは、考え直す必要があるのではないでしょうか。

 私はこの議案に反対の立場でここに立っていますが、何といっても、今後の小森江の子ども達のケアをどうするのか、対立を乗り越えて、どう和解していくのか。子ども達が新しい友達と一緒に仲良くできるのか。一緒に遊び、一緒に給食を食べ、運動する。

 その大切な仕事が現場の教員任せでいいはずはありません。学校現場の今の教員定数でも圧倒的にマンパワーが不足しているからです。

教育委員会挙げて、一丸となって、この教育行政による混乱を終息させる。子ども達が楽しく学校に通えるように全力を挙げる。地域の協力を得るように努力する。今後、教育委員会がどう行動するかで、結果が大きく左右されると思います。

 小森江の子ども達の健やかな教育環境を守り、整えるために、教育委員会をはじめ、関係の皆様方のお力添えを心より願いまして、私の討論を終わります。