猟師の合図に応えて、猟犬がほら穴へ勢いよく飛び込んでいく。確信があった。丸々とした野兎が、このほら穴に逃げ込むのを見たのだ。さして深そうなほら穴でもなし、きっと間もなく愛犬が、獲物をくわえて意気揚々と姿を見せるだろう。五分、十分……犬は戻らない。不安がきざす。十五分、二十分……もう待てなかった。思ったより穴が深かったのか、予期せぬ何かが潜んでいたのか。愛犬を見殺しにはできない。覚悟を決め、ほら穴に踏み込む。後悔はすぐに襲ってきた。どれほど長く放置されていたのか。至るところ蜘蛛の巣やら綿埃やらに溢れ、進むごとに粉塵が舞い上がる。狩どころではない。巨大な蜘蛛の巣に絡まっていた猟犬を助け出し、埃まみれで猟師は逃げ出した。静けさを取り戻したほら穴から、「やれ、驚いた」野兎の変化(へんげ)を解いた牧の神が、「兎いぬかと穴に入りゃ、兎いもせず用もなや、埃ばかりが取れてくる……」陽気な小唄を口ずさみながら現れた。
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