https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180625-00010001-nknatiogeo-sctch
社会は違法薬物の問題に取り組み続けているが、下水とともに川や海に流れ込んだ薬物がほかの種に及ぼす影響はよくわかっていない。
そこで、科学者たちは研究のため、ヨーロッパウナギを50日間、川に含まれている程度の微量のコカインにさらし、その影響を観察することにした。
ヨーロッパウナギの生活パターンは複雑だ。ヨーロッパの淡水域または汽水域にやってきた稚魚は成長しつつ5~20年を過ごし、その後、産卵のために大西洋へ出る。目的地はカリブ海と米国東海岸のすぐ東にある北大西洋のサルガッソー海だ。野生の個体数は減少しており、国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでは「近絶滅種(critically endangered)」に分類されている。ダム建設などによって水路が変わり、移動が妨げられているほか、乱獲や水質汚染も減少の一因となっている。
論文によると、ヨーロッパウナギは特に稚魚の段階で、微量濃度のコカインの影響を受けやすいという。
今回の研究を率いたイタリア、フェデリコ2世ナポリ大学の生物学者アナ・カパルド氏は「世界中の表層水に違法薬物とその代謝物質が存在することをデータが示しています」と話す。なかでも都市に近い水域は深刻らしく、カパルド氏によると、英国ロンドンの国会議事堂前を流れるテムズ川とイタリア、アルノ川のピサの斜塔付近は特に濃度が高いと言う。
カパルド氏の研究チームは微量のコカインを含む水にヨーロッパウナギを入れた。コカインの濃度は実際の川に含まれる濃度を参考にした。ウナギたちはとても活発になったが、健康状態はコカインにさらされていない個体と変わらなかった。しかし、その体内では異変が起きていた。
まず、脳や筋肉、えら、皮膚などの組織にコカインが蓄積していた。筋肉は腫れ、損傷も見られた。生理機能を調節するホルモンにも変化が起きていた。コカイン入りの水からウナギたちを出し、10日間のリハビリを行った後も、これらの問題は解消されなかった。
「主な機能が何もかも変わってしまう可能性があります」とカパルド氏は話す。
特に心配なのは、コカインによってコルチゾールの濃度が高まることだ。コルチゾールはストレスによって分泌されるホルモンで、脂肪の消費を促す。ヨーロッパウナギは脂肪を蓄えてから、繁殖のためサルガッソー海に移動する。そのため、コルチゾールの濃度が高まれば、移動のタイミングが遅れてしまう恐れがある。
カパルド氏はまた、コカインにさらされたウナギはドーパミンの濃度が高まっており、性成熟が止まってしまう恐れがあると指摘する。「このような状況では、繁殖が妨げられる可能性も十分あります」
そして何より、筋肉が腫れたり、損傷したりすれば、ウナギたちはサルガッソー海にたどり着くことさえできないかもしれない。
米ケアリー生態系研究所の上級研究員エマ・ロシ氏は第三者の立場で、カパルド氏らが実際の環境に則してコカインの濃度を設定したことを評価している。
これよりもはるかに高い濃度でなければ、薬物が生物の命を奪うことはないだろう。しかし、低濃度でも捕食者と被食者の関係などに影響を及ぼす可能性があると、ロシ氏は指摘する。
ロシ氏はフルオキセチン、アンフェタミンなどの抗うつ薬が水辺の生態系に及ぼす影響を研究している。そして、水中の細菌や藻の状態が変化し、昆虫の成長速度や生活環に影響が出る可能性があることを突き止めた。
カパルド氏によれば、コカインなどの違法薬物は問題の一部にすぎないという。川や海には、ほかの違法薬物や重金属、抗生物質、殺虫剤などの残留物も含まれている。「こうした物質がどのような影響をもたらすかはわかりませんが、ヨーロッパウナギの命や健康状態にも少なからず影響を及ぼすことは間違いありません」。カパルド氏はさらに、ウナギ以外の種もコカインにさらされれば、同じように体が変化する可能性があるとも言う。
カパルド氏は、下水処理のさらなる改善や違法薬物と決別することに問題解決の糸口があるのではないかと述べている。
一方、米ネブラスカ大学水質研究所の所長ダニエル・スノー氏は、違法薬物との決別による解決は難しいと考えている。「法律によって違法薬物の使用を抑制できているという証拠はありません」
スノー氏自身も、薬物などの汚染物質が水生生物に及ぼす影響を研究したことがある。そのため、カパルド氏らが今回行ったような研究がもっと注目され、人々がことの重大さを考えるきっかけになってほしいと願っている。ただし、スノー氏によれば、問題はむしろ工学で解決できる可能性が高いという。
「基本的に、対象が何であれ、ある程度の純度までは処理することが可能です。結局、下水処理にどれだけ金を投じるかという問題なのです」