https://dot.asahi.com/dot/2018112600027.html?page=1 略
■石けんは手をこすり合わせる時間も長くする
ロンドン大学衛生熱帯医学大学院から2011年に発表された研究では、20人のボランティアが協力し、公共の場所の手すりなどを触って手洗いした後に細菌がどれくらい残っているかを調べました。ここで調べた細菌は皮膚の常在菌ではなく、腸に住み着いている菌、つまり便由来と考えられる細菌です。この研究では手洗い方法のレクチャーはなく、ボランティアの人がいつもやっている方法で手洗いしてもらっています。
すると、便由来の細菌が検出されたのは、全く手洗いしないと44%、水だけで洗うと23%、石けんを使って洗うと8%でした。石けんを使ったほうが、手の汚れや微生物を浮き上がらせて落とすことができ、物理的に手をこすり合わせる時間も長くなるため、効果が高くなると考えられています。
石けんの手洗いをより効果的にするためには、しっかり時間をかけて手洗いすることも必要です。手洗いにかける時間は、アメリカやカナダをはじめとして、20秒以上としているガイドラインが多いようです。アメリカの石けんメーカーが2008年に行った研究では、手洗い時間15秒と30秒で、手についた細菌をどれだけ減らせるか調べています。その結果、殺菌成分が配合された抗菌石けんだと15秒より30秒の方が細菌が減る傾向にありましたが、普通の石けんだと抗菌石けんよりは菌が残ってしまい、手洗い時間を伸ばしても菌量は変わらないことがわかりました。石けんメーカーの研究なので利益相反がありますが、同じ論文で、使う石けんの量が多いほど菌量が減るという実験結果も出ています。
この結果をみると、石けんは殺菌成分が含まれたものが良いのではないかと思えます。しかし、抗菌石けんを使った方が普通の石けんよりも病気が減るかということについては、実は証明されていません。
■抗菌石けん使用で、薬が効かない耐性菌を生むリスク
2004年にアメリカのコロンビア大学から発表された研究では、238の一般の家庭を2グループに分け、一方には殺菌成分入りのハンドソープや衣類用洗剤を使ってもらい、もう一方には殺菌成分の入っていないものを使ってもらいました。48週間に渡って、それぞれの家庭で咳や鼻水、喉の痛み、発熱、嘔吐、下痢などの感染症の症状があるかどうか追跡したところ、どちらのグループでも、症状の発生率に差はなかったのです。
これはよく考えると当たり前かもしれません。というのも、食中毒は確かに細菌が原因になりますが、風邪や胃腸炎などはほとんどウイルスが原因です。殺菌成分はウイルスに対する効果が不十分なことも多く、物理的に洗い落とすことが大切です。抗菌薬の使いすぎは薬が効かない耐性菌を生むリスクがありますが、石けんの殺菌成分も同じです。効果が無いのに耐性菌を生むリスクがあるならば、使わないほうが良いということになります。
そこで2016年9月に、アメリカ食品医薬品局は19種類の殺菌成分を含む石けんの一般販売を禁止すると発表しました。これは日本でもニュースになったので、覚えている方もいらっしゃるかもしれません。この発表を受けて、厚生労働省も同19成分を含まない製品に変更するようメーカーに要請し、現在ではこれらの成分を含んだハンドソープは基本的に市販されていません。しかしドラッグストアに行くと、ハンドソープは、「殺菌」と表示されたものがほとんどで、薬用でないハンドソープを探すほうが難しいかもしれません。他の殺菌成分に切り替えられて、たくさんの抗菌石けんが販売されているのです。
抗菌石けんを使う方が、普通の石けんを使うより手についた菌は減りますし、殺菌成分自体が非常に体に悪いとまでは言えないでしょう。しかし、耐性菌のリスクを考えると、あえて抗菌石けんを使う必要はないと思います。
病気の予防のためには、抗菌石けんを使うことではなく、石けんで手洗いする回数を増やすことが大切です。手洗いするタイミングは、トイレから出たとき、オムツ替えの後、外出から帰ったとき、動物を触った後、調理や食事の前などがあります。お子さんの鼻水を拭いた後も要注意です。こまめに石けんやハンドソープを使って手洗いするようにし、できれば20秒以上かけて、しっかりと手をこすり合わせながら洗ってみてください。