https://news.yahoo.co.jp/articles/17d4cf61a40cdef7a4901b099c73863d7e60e575
「赤」を当てる
電離層がフレアなど太陽の影響を強く受けることは前述した。電離層の変化がフレアによるものなのか地震エネルギーの解放によるものなのかをどう判別するのか。
「我々が19年に発表した研究では、16年に発生したM6・4の台湾南部地震を取り上げました。その中で、地震が起こる前の複数の人工衛星のデータを解析すると、震源地付近をある特定の入射角で通る人工衛星のみが電離層の電子数の変化を捉えていたことが分かったのです」(同)
これにより、震源地上空の電離層の電子数の変化は、他の要因ではなく地震の前兆現象であることが明確になった。なぜなら、
「フレアではその影響が広範囲に及ぶため、震源地付近を通る特定の入射角の人工衛星だけではなく、別の人工衛星でも電子数の変化が捉えられているはずだからです」(同)
現在は京都大学の花山天文台や潮岬の観測所、準天頂衛星システムの「みちびき」やイオノゾンデという観測レーダーを使ってデータの収集をしているという梅野教授。さらに多くのデータを集められれば、より精度の高い地震予測を実現できるという。
この梅野教授と共同研究を行っているのが、先述した地震予測システム「S-CAST」。そもそもこのシステムの根幹をなす理論を編み出したのは、日本地震予知学会の初代会長で電気通信大学名誉教授の早川正士氏である。
梅野教授によると、
「電離層の変化から地震の発生を電磁気学的に見るという方法は我々と共通していますが、早川さんらは『電子が下に降りる力が発生し、電離層の位置が下がる』という地震の前兆現象を捉えています」
解析に使うのはVLF(超長波)/LF(長波)電波である。電離層に電波を反射する性質があることは前述したが、早川氏の研究チームはVLF/LF電波の送信局と受信局を複数用意し、ある地点からある地点までの電波の届く時間を調べる。電波が届く時間が通常より短くなっていれば、電離層が下がっている(攪乱が起きている)可能性がある、というわけだ。
「この方法を使えば、理論的には、起こる地震のマグニチュードと、地震の震源地を100キロから200キロほどの範囲で予測することができます」
そう話すのは、「S-CAST」を運営する「富士防災警備」の担当者である。
「『S-CAST』では週2回メールでレポートを定期配信しており、M7・0以上の巨大地震規模の前兆現象を解析した際には警戒レベルの『赤色』を、それに至らない規模の前兆現象を解析した際には注意レベルの『黄色』を発表します」
これまでに配信した「赤色」は精度拡充前のもので、実際に起きた地震は、最大震度4だった。
「それは2014年のことで、当時における赤色の基準はM6・0であり、震度は4でしたがマグニチュードは6・0でした。この後、赤色を発表する基準を引き上げました」
現在、首都圏を中心に千件ほどの利用があり、3~4割が個人だという。
「個人のお客さんには、月5千円程度で登録できるプランもあります。ちなみに、我々が予測を出したもののうち、実際に起きた地震の割合は84%に上ります」(同)
無論、「赤」を当てることこそが「S-CAST」に課せられた絶対的使命。このサービスの「南海トラフ地震対策ユニット」を今年4月に導入した和歌山南漁協の担当者によると、
「『S-CAST』の担当者に“赤が出て避難したが外れだったとなったらどうするんだ”と聞いたことがあります。すると、“外れたら地震予知のビジネスは止めます”と言っていたのもあり、信用しました」
台湾では国家プロジェクト
その将来性に期待を抱かせる「電離層前兆予測」。ただ、そこには難もある。この予測方法は国の支援を全く受けられない中で研究が続けられているのだ。
「東日本大震災は地震研究に大きな変化をもたらしました。まず、あの震災を全く予測できなかった国の地震予知研究に厳しい評価がなされました」
と、先の長尾氏は言う。
「それを受け、13年の南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループの下に設置された調査部会で『現在の科学的知見からは、確度の高い地震の予測は難しい』などの見解を発表。さらに、17年の内閣府・中央防災会議に設置されたワーキンググループでも同様の結論を発表しました。つまり、国は南海トラフをはじめとする巨大地震は、予測不可能だと結論付けたのです」
その一方、東日本大震災後、地震学者だけでなく異分野の専門家が予測に関する研究に参入するようになった。その一人が梅野教授だ。
「東日本大震災は、発生の40分前から電離層に兆候があったことが明らかになっています。つまり、電離層の変化を観測し続ければ今後大地震の直前予測が可能になるかもしれないと判明したのです。しかしながら梅野教授らの研究内容が発表されたのは15年頃。国が地震の予測は不可能だと、負けを認めてしまった後のことでした」(同)
地震研究の「総本山」である東大地震研究所は、もとより短期予測の研究に熱心ではなかったというが、
「それでも30年以上前には短期予測に取り組む研究者も今よりは多くいました。短期予測から長期予測に転じたきっかけは阪神・淡路大震災です」
と、長尾氏が続けて語る。
「日本では1923年の関東大震災以降、本格的な地震研究が続けられてきました。にもかかわらずあの震災の発生を予測できなかった。このことは地震研にとっても相当ショックだったようです。地震現象には未解明な部分がまだ多いと考え、予知より発生メカニズムの解明など基礎研究重視に舵を切ったのです」
とはいえ地震予測という考え自体を捨てたわけではなく、
「『30年以内に70%の確率で南海トラフ地震が起こる』といった長期予測は今後も出されます」(同)
では、日本以外の国はどうなのか。世界を見渡せば、短期予測に関する研究が進んでいる国もあるという。
「中国やロシアはアプローチが異なっています。中長期予測は地震学者が、短期予測は物理学者が担う、と役割が分かれている」(同)
また、台湾では電離層の変化と地震予知に関する研究を17年から国家プロジェクトとしてスタートさせている。国からの研究費がびた一文出ない日本とは雲泥の差である。
先の梅野教授は、
「地震予測を行うには、リアルタイムのデータを集める必要がある。全国に1300カ所ある電子基準点の測位衛星データを利用することができれば予測の精度が格段に上がると思います」
として、こう訴える。
「国土地理院はこのリアルタイムデータを1カ所あたり月2万円で有償提供しています。1カ月で2600万円ほどかかるこの費用を、我々の研究費から捻出することは難しい。地震予測という多くの国民の人命を救う研究なので、せめてこのデータを無償で使わせてもらえたら、と思わずにいられません」
コメントから
大地震の発生を予測できることが最も意味のある地震研究だろう。深い海中に検測機器を設置していることを聞いたことがあるが、かなりの金額がかかっているはず。
「1カ月で2600万円ほどかかる」ということは年間約3億円。電離層予測の方がコスト的にはるかに安くつく。
大地震の予測ができない地震研には桁違いの金を出しているだろうか