さくらももこさんが亡くなったというメールが、
日本の友人と、ハワイに住む友人からほぼ同時に届いた。
同年代の死は、それが有名人であっても身につまされるものだ。
メールをくれた友人たちも、同じ気持ちだろう。
あまり長生きしないで、ほどほどのところでぽっくりいきたい。
多くの人がそう思っているかもしれない。
私だってそうだ。
その「ほどほどのところ」は、今は七十代後半だったり八十だったりするが
そこに近くなれば、きっと先に延びるような気がする。
いつ死ぬかわからないと口では言いながら、
自分だけは元気で長生きすると、タカをくくっている。
命をおびやかすような病気や怪我をしたことがない私の、大きな甘えである。
さくらももこさんが育った街は、私の実家の隣の市で、
最初の結婚時代の何年かは同じ市に住んでいた。
だから、『ちびまるこちゃん』の中に出てくる方言や、出来事は、そのまんま私の思い出でもある。
>昭和を書ける人がまた逝ってしまった
友人がメールにそう書いてきた。
ヒデキもいない、さくらももこさんもいない。
これからもっと、櫛の歯が抜けるようにいなくなってしまうのだろう。
それにしても、五十代は早すぎる。
ご本人にとっても、残された人にとっても。
さくらももこさんのご冥福を心からお祈りします。
にほんブログ村
日本の友人と、ハワイに住む友人からほぼ同時に届いた。
同年代の死は、それが有名人であっても身につまされるものだ。
メールをくれた友人たちも、同じ気持ちだろう。
あまり長生きしないで、ほどほどのところでぽっくりいきたい。
多くの人がそう思っているかもしれない。
私だってそうだ。
その「ほどほどのところ」は、今は七十代後半だったり八十だったりするが
そこに近くなれば、きっと先に延びるような気がする。
いつ死ぬかわからないと口では言いながら、
自分だけは元気で長生きすると、タカをくくっている。
命をおびやかすような病気や怪我をしたことがない私の、大きな甘えである。
さくらももこさんが育った街は、私の実家の隣の市で、
最初の結婚時代の何年かは同じ市に住んでいた。
だから、『ちびまるこちゃん』の中に出てくる方言や、出来事は、そのまんま私の思い出でもある。
>昭和を書ける人がまた逝ってしまった
友人がメールにそう書いてきた。
ヒデキもいない、さくらももこさんもいない。
これからもっと、櫛の歯が抜けるようにいなくなってしまうのだろう。
それにしても、五十代は早すぎる。
ご本人にとっても、残された人にとっても。
さくらももこさんのご冥福を心からお祈りします。
にほんブログ村